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ヒースがハーブティーを入れてくれた。
「ヒース、就任の儀が終わり次第、王宮を出ていこうと思うの」
「マイ・レディ!!」
「国王陛下もセス様も知らない場所……どこが良いかしら? ヒースが用意してくれた隠れ家には住めそうかしら?」
「おやめください」
「でも、今しかないと思うの……なんなら明日にでも出ていこうかと」
適合し共有を切った、緊張も切れた、私の役目は終わった。
次に何かを見つけないと私はダメになる気がする。
共有がなくなった今、私の保護や監視は多少なりとも弱まるはず。
動くのは、今! そんな気がする。
ヒースが、私の手を取った。
「マイ・レディ、目を閉じてください」
私は目を閉じた。
「マイ・レディ、この世界との適合、おめでとうございます。
召喚されてからずっと、気を張り詰めていらっしゃいましたね」
そうかもしれない……心と病の共有を知ってからは、特に辛かった。
「マイ・レディ、明日の朝も考えが変わらなかったら、万全の準備をしてからここを出ましょう。
今日はもうお休みください」
ヒースが睡眠術を放った。
「そうね」と同意を示す前に、私は眠りについた。
1月5日
朝の吸入を行う。カウンター残15。
白い自室で朝食をすませお茶を飲んでいる時、国王陛下がお越しになった。
一晩で、やつれている……本来の輝く金髪と瞳はどうしたのかしら?
記憶操作で力を使いきったのかしら?
「おはようございます、国王陛下」
「ココ、おはよう」
「ラムセスの記憶操作は無事に終わった」
「ありがとうございます」
「午後に少し話をしたい、時間をあけてくれ」
「はい」
よろよろと国王陛下は去った。髪が心配だわ~。
「ヒース、昨日の話だけど……」
「マイ・レディ、お心は変わりませんか?」
「はい」
「では、就任の儀と同日に決行致しましょう。
それまでは、いつものようにお過ごしください」
なんと!? ヒースは完全に体制側の人だと思っていたけど。違った。
「マイ・レディ、意外そうですね」
「はい、てっきり……だから一人で出ていこうかと考えたりもして……」
全くのノープランだけど……。
「マイ・レディ、少し心を休め、体力を戻しましょう。
ここを出る準備は私の方で致しますのでご安心ください
それまではのんびりとお過ごしください」
昼食もお茶も自室で取った。
セスがいないだけでサロンダイニングまで歩くのが寂しかった。
その反面、広いリビングダイニングを有効活用できて、それはそれで満足できた。
午後お茶の時間に国王陛下と紅茶紳士が現れた。
「ココ、このあと、奥の新館へ移って欲しい」
「はい」
「就任の儀までは、そこからは出ないで欲しい」
「はい」
「ヒースとミヤとエルを連れて行ってくれ、責任者はエルだ」
へぇ~、紅茶紳士はエルという名だった。
「レディ・カグヤ、申し遅れました。エルネスト・ロベールと申します。エルとお呼びください」
「よろしくお願いします」
私は、頭を下げながら……ロベール侯爵家当主と同姓同名な事に触れないことにした。過去に失礼な事をしていないよね……?
私は、そこで就任の儀までの引きこもり生活に入った。
意外にも、「ローズ」と優しく呼んでくれる人がいない寂しさは少なかった。
私って薄情……いや、意外とやること多くて、感傷に浸る時間がないだけ……。
エルが王家の歴史とダンスを私に教えるようになった。
王家の歴史は長かった。でも、何かある度に起死回生の政策を打ち出し存続する家系のようだ。三書のおかげ? その存在に頼り過ぎないせい? 時見の書は形骸化していたし……。
周辺国と王家の因縁も説明された、これって必要なの?
ダンスの練習は謎だった。息が切れない程度に5分練習10分休憩を4回繰り返すと、明日に持ち越しになった。蟻の歩みより遅いよっ!
ミヤが王宮マナーやその不文律について教えてくれた。
社交を免除されている私に必要なのだろうか?
不文律の一つ、この国には、季節ごとに使う色があるらしく、それをどう取り入れるかをミヤと話し合った。服はシンプルに、小物で季節の色を取り入れる事にした。サリ、元気かな?
ヒースは、ハクのために献上用の豪華なお菓子を準備してくれるようになった。
ハクの飴を舐めなくても、献上用のお菓子を持って「ハク?」と呼ぶだけで簡単に会えるようになった。美しい青年ハクは、犬ではないのに……。
「ハク、お菓子の時間にしましょう」
『ローズ、待っていたよ』
「相談というか、あらたな心配事が……セス様が就任し膨大な魔力を有した後、記憶操作が解けたときの最悪のシナリオを考えてしまって……」
『そうだね、あのラナはローズを監禁しそうだね』
「えっ、そうなの?」
『あははっ、それは、冗談だよ。
きっと、あのラナは全てを知ったあとは精神的にかなり不安定になり壊れそうになるかも』
えっ、セスが壊れてしまうの? それは困る。
『壊れないまでも、時間が経つにつれて自分自身を攻撃しそうだね』
「国王陛下とセス様の仲が悪くなり、セスが国に反逆するような最悪の事態にはならないよね?」
『そうならないように、血の提供者に条件付きで魔力を少し預けようかと考えている』
「おまけポイントの10~20ポイントを分割するの?」
『おまけポイントって、ははっ、ローズらしい表現だね
今回の血の提供者は、フォンテ家の血筋だからね、色々と融通が利いてね……』
三書は王家のためにある、というのが大前提なのだろう。
『そうだね、だけど僕はローズが好きだよ、ローズのためになる方法を考えている』
「ハク、ありがとう。
ハク、1月9日に刀剣の力で召喚魔導書を……」
『そうみたいだね。ローズから聞けて良かった』
「1月9日、遊びに来ても……?」
『ローズ、来ないで。その時、どうなるかは僕もわからない、だから……』
「そう、それまでは頻繁に遊びに来ても良いかな?」
『もちろんだよ。ローズは強くて優しいね。忘れないで、幸せは君次第だよ』
1月9日 朝
食後のお茶の時間を過ごしていた。
『ローズ、ありがとう』
ハクの声を聞いた。
ハクが去った。
セスが召喚魔導書の消滅に成功した瞬間を悟った。
「ハク、ありがとう」
私はそう呟いて、ハクが好きだったお菓子を食べた。
ここまできた、もう取り返しはつかない、もう思い残すことは……。
ヒースが私の手を握り、私の涙を拭いてくれた。
私はハッとした、ヒースの忠誠には目を見張るものがある。
今まで気が張っていて思い至らなかったが……前途洋洋のヒースを私の逃亡に巻き込んで良いのだろうか?
喘息発作は落ち着いている、吸入薬もまだ11回分ある。
王命治療がなくても何とかならないかな?
「マイ・レディ、私を置いて行かないでください」
「えっ、ヒース、何を言い出すの?」
「ここにきて、一人で身を隠すおつもりですか?」
「ヒース、心が読めるの? でも読み違っているけど……」
焦りから私は支離滅裂な発言をしてしまった。
正直なところ、私はヒースに頼らざるを得ない。
潜伏先の生活に慣れるまでの一カ月、いや一週間はヒースの協力が不可欠だ。
「ヒース、明日は華麗なる逃亡を果たしましょう、そろそろ手順を聞かせて」
「かしこまりました、マイ・レディが変に構えないように少しだけ説明します」
ヒースの計画では、就任の儀の開始時刻が逃亡の開始時刻らしい。
持ち物は、吸入薬とバングル、あとは着の身着のままらしい。
逃亡手段と潜伏先等は、当日のお楽しみらしい。
明日は、慣れたブーツを選び、ラフな服にしよう。念のため多少の貴金属を持ち出そう。
その日の就寝前、召喚されてからの日々を思い出した。
色々とあった……そのすべてが華やかな色で溢れていた。
明日は王宮から逃げて、その先はヒースを開放してあげなくては……。
薄氷を踏むような計画の連続だった、でもここまで順調だった。大丈夫。
弱い喉でこの寒い時期に無謀だけど、今しかない……。
豪華な旅行が終わっただけだ、明日からは身の丈に合った生活を始めよう。
やがて私は一人の生活に戻るだけ、だから大丈夫、大丈、だ……すやすや~。




