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「ローズ様、このバングルはローズ様にとって大切なものですか?」
「はい」
ランカスター卿の問いに即答した。
セスという人と過ごした日々の象徴のようなものだ。
キラキラの思い出になるはず。
「ローズ様、私は今からフォード邸に向かいます。
フォード卿が記憶操作術を展開する前にバングルに込めた魔力を開放してもらいましょう。私にお預けいただけますか?」
「はい」
私は、手首からバングルをはずそうとした。
「ローズ様、お待ちください。お部屋までお送りします、そこでバングルをはずし、私にお預けください。その後、私が外からローズ様の部屋とそのフロアの結界を展開致します。王宮内でも万全を尽くしましょう」
凄い警戒だ。
セスという魔術師がいないことが、こんなにも皆を不安にさせるのか?
急に不安が襲ってきた。
「ランカスター卿、そうしていただけると私も心強いです」
白い自室に入ってから、バングルをランカスター卿に預けた。
ミヤとヒースが部屋に待機した状態で、外から結界が張られた、たぶん。
私は、王宮の白い自室で思いを巡らせる。
もし、私が刀剣に触れられなければ計画は中断する。
もし、国王陛下がセスと同じ考えのままだったら?
もし、セスの記憶をいじれなかったら?
もし、セスが刀剣の力を執行する前に記憶操作を解いてしまったら?
不安は尽きない……。
これは勝負だ!
この国のためでもない、セスのためでもない、私の願いを叶えるための勝負だ。
あのバングルはもう戻ってこないかも……。
深夜、国王陛下とランカスター卿は、魔力切れを起こしたセスを連れて王宮へ戻ってきた。セスは隣室で眠っていると説明された。
「ココ、フォード邸の皆からココの記憶は抜けた」
「はい」
「ローズ様。こちらを、フォード卿の魔力は抜けています」
私は、ランカスター卿から二本の細いバングルを受け取り、手首に通す。
「ココ、確認する。予定通りで良いのだな」
「はい、よろしくお願いします」
国王陛下が今後の流れを説明し、ランカスター卿・ヒース・私は頷いた。
「ココ、この世界との適合はどのように?」
「国王陛下、ここまで私の話を信じていただきありがとうございます。
この世界との適合要件は『召喚された者が刀剣に触れる』ことです。
今すぐに、召喚の間にお連れください」
「なに!?」
国王陛下とヒースは驚き、ランカスター卿は頷いた。
「ココ、本当にたったそれだけなのか……」
ハクが教えてくれたから……と言葉が出ない。
ランカスター卿が「大丈夫」と私に笑いかけた。
「陛下、私から申し上げます。
召喚された者には刀剣が導きを与えるのです、しかし召喚された者がそれを口にするのは難しいと、エリカが申しておりました。おそらくローズ様も……」
「そうか……導きを……召喚の間に急ごう。召喚の間に入るための準備を」
チッチッチッ、コスプレは不要です。
私は心の中で人差し指を左右に振った。
「準備は不要です。あっ、お菓子を少し」
私が菓子皿へ視線を動かすと、すかさずヒースが菓子皿を手にした。
国王陛下に続いてランカスター卿・ヒース・私は召喚の間へ向かう。
召還の間に通じる行き止まりの廊下、国王陛下が魔力を展開し浮遊感に襲われた。
そこは……ハクの城でお茶をした部屋と同じ空間だった。
「ハク?」心の中で私は呼んだ、今日はお客様が多いから出てこないのかな?
センターテーブルの上に短い棒が浮かんでいる。
相変わらず、鞘も柄もなくむき出しの刀身が……危ないなぁ~。
国王陛下が反応した。
「これは、変化した後の刀剣だ」
そういえば……ハクは太刀ではないと言っていた、これは脇差かな?
『ローズ、皆さん、ようこそ』
「「「おおっ」」」
「ハク、お菓子を持って来たの」
『もう一人のラナは?』
「今、眠っているの」
美しい少年ハクは、ランカスター卿に目を留めた。
『エリカは、もう泣いてない?』
「はっ、はい。常々、エリカは『信じずに申し訳なかった』と申しておりました。
私がエリカを幸せにします」
『任せるよ』
ハクは、国王陛下を見た。
『血の提供者でありフォンテ国の王、決断に迷いはないか?』
国王陛下は力強く頷き迷いが無いことを示した。
ハクが国王陛下の耳元で何かを囁き、国王陛下の表情が険しくなった。
なになに、ハクは何を言ってるの?
……ハクが偉い人より偉そう。
『ローズ、適合後の共有継続は?』
「不要です」
『ローズ、その刀剣で目的を果たす場面を想像しながら触れて』
私は、ネイビー色の目、漆黒の髪の魔術師が颯爽と召喚魔導書を刀剣で貫く姿を想像した。
私は、刀身の茎に手を伸ばした。
スッと刀剣が私の手のひらに吸い付くような感覚がした。
刀剣が光り、部屋中が光に包まれた。
私の手には、美しい西洋細剣レイピアが握られていた。
剣身と一体化したスウェプト・ヒルトが芸術的で美しい。
私は、この世界と適合した。
血の提供者・術式の展開者との共有は切れた。
「ココ、最終確認をさせてくれ」
「はい?」
「刀剣の力を、召喚時の目的通りに使うことに迷いは?」
「ありません、セス様にピッタリの美しい剣です。
国王陛下、セス様の記憶操作をどうぞよろしくお願いいたします」
「ああ、そうだな」
私は、細剣を国王陛下に手渡した。
『ローズ』
えっ、どなた? 美しい青年が立っていた。
ハク!?
髪と瞳の鈍色は変わらない、それ以外はかなり麗しく変化したハクだった。
『ローズ、君はその役目を果たした。
おめでとう、刀剣は力を有した』
「ありがとう、ハク。それにしても……本当に変幻自在ね」
『刀剣に連動して姿が変わる、今度の姿はどうかな?』
「素敵よ!」
美形男子だ。始めに会ったのが少年姿のハクで良かった、今のハクだったら美しすぎて妖刀に思えたかも。
『ローズ、そろそろ戻った方が……』
「えっ、ハク、また会えるよね。刀剣の力を執行するまでは会えるよね」
『会えるよ、待っているよ。またね』
次の瞬間、私達4人は召喚の間に続く廊下に立っていた。
国王陛下の手にはレイピアが握られていた。
ランカスター卿は呆然としている。
ヒースは空の菓子皿を眺めている。
「ヒース、私がここに倒れていた真相はこれなの……
いつも見つけてくれてありがとう――」
「安心いたしました、マイ・レディが忽然と消える事が不安でしたので」
ヒースはフッと笑顔を浮かべた。
「謝ることは何もないぞ、ココ。これでココが消える不安が解消した。安心して私は全力でラムセスに記憶操作を行おう」
「私も陛下の補助に入ります」
「ランカスター卿、その必要はなくなった。私一人で大丈夫だ」
「ははっ、では陛下の回復術は私が行います」
「セス様の記憶操作を国王陛下が一人で行うのですか?」
「ああ、今の私ならば問題ない。リミッターを外してもらった」
うん? また理解不能だ。
「ココ、眠っているラムセスに会うか?」
「いえ、お別れはすでにしました」
そう答えながら私は、無意識に左手のバングルを触っていた。
カチカチと鈍い音がした。これが戻っただけでもう十分だ。
陛下とランカスター卿がセスの客間に入った。
私はヒースに手を引かれ自室に戻った。
今夜は、なかなか眠れそうにない。




