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 我々はバー・ブルームーンに案内され席についた。眼下に広がる王街を眺めながらローズは、興味深いことを口にした。


「セス様、先ほどの飲茶カフェの責任者は、かなり高貴な身分の方では?」

「ローズは何か気になるの?」

「服の色と翡翠飾りが気になりました。高位の方がお忍びで見えているのでは?」


 あの髪飾りは、確かにローズの髪に映えるだろう。


「ローズ、招待を断り髪飾りを受け取らなかったのは?」


 ローズは軽く驚いた。


「えっ、セス様は私が受けとると? それは意外というか心外です」


 ああ、私は何を言っている……。

 あの者の言葉は威厳に満ち、逆らえないものがあった。だから、ローズも従うと……私があの者の雰囲気にのまれたのか? ローズは思慮深く対応していたというのに……。


「ローズの咄嗟の判断力の高さに脱帽だよ……」


「当ホテルのお客様と知らなければ対応も変わっていたかもしれません。

 私は、純粋に開店してから一般客として訪れたいのです。

 あの翡翠飾りの人は私達を招いて集客を上げたいのかもしれません。

 まして翡翠の簪を受け取ってしまうと第三者に誤解される可能性があります。

 物を贈ればセス様や私に来店してもらえる、と思われるのは不本意です」


「君は帝王学や君主論を学んだことがあるの?」


「いえ、単に金品を要求していると誤解されるような行為に注意すべきかと、しばらくは外での食事を控えるべきかもしれませんね」


 ローズが少し寂しそうにした。


 フォンテーヌが出店許可を出すまでに、店主や責任者や出資者の身元は厳重に調べている。だが、勘の鋭いローズのことだ、何かを感じ取ったのかもしれない。

 今にして思えば、ただの商人が話しかけてきたとは思えない空気感があった。陛下に再調査を依頼しよう。翡翠飾りの人かぁ……。


 ローズは翡翠が好きなのかな? 黒髪に翡翠か……確かに映えるだろう。

 自分の色ではなく、ローズに似合う色の装飾品を少し買い足そう。


「ローズ、緑色の石でローズのお気に入りは?」

「ペリドットかな?」


 黒髪ならエメラルドも似合うはずだ。


「エメラルドは?」

「エメラルドは高級で繊細な石なので気を使います。ある程度の大きさになるとペリドットはエメラルド級の値が付きますが……私は普段使いできる小さいサイズのペリドットのカット石が好きです。……て、急にどうしたのですか?」


「ローズ、先日行ったメゾンに行こう、君の髪に合う髪飾りを探そう」

「えっ、まだ身に着けていないものが多くありますが……」

「緑色のものは無かったはずだけど」

「いえ、そんなに要りません」

「赤色やピンク色の石と、ああ紫色の石も……」

「セス様、本当に今は要りません。でもメゾンには行きたいかも」

「では明日にでも行こう」


 明日は少し変装を取り入れてみよう。


「おまたせ致しました」


 注文したカクテルが運ばれてきた。


「ローズ、このブルームーンという名のカクテルは紫色なの?」

「はい、パルフェタムール……すみれのリキュールの色によって色は変わります。

 赤色の時もあったような……」


 ローズはカクテルグラスのステムを指先でスッと持ち、軽く胸の高さまでグラスを持ち上げてから、私の目を見ながら「奇跡の予感に」と言い微笑んでから、グラスを口に運んだ。


 優美だ! なんて洗練された仕草だろう。

 バーの客たちがこちらを見ている。いや、私と同じ様に見惚れている。


「セス様、この味がブルームーンです」

「このカクテルはこのバーの名と同じだね、何かあるのかな?」

「私のお気に入りのカクテルです」


 そうか、陛下は知っていたのか。

 収益率の良い国営ホテルをローズに与えたのも、出会いがホテルだったからだろう。そして、このバーをローズのために作った。

 陛下の思いの伝え方は難解だ。だが……ローズは気づいているかもしれない。


「今日は良いことというよりも……」

「ローズ?」


 ローズは、言葉を切った。静かに息を吐き、静かに続けた。


「私のいた世界には、カクテル言葉がありました」

「花言葉みたいなもの……」

「はい、カクテルにも意味がある時があって」

「ブルームーンにはどんな意味があるの?」

「叶わぬ恋、お断り、という意味が……」


 えっ、ローズなんて不吉な事を。


「でも、完全な愛、奇跡の予感、という意味もあります」


 ローズ、それは僕の思いに応えてくれるの?


「完全な愛とは素敵だね」

「そう、それに今日は奇跡を祈りたくて」

「では、君の願う素敵な奇跡に」


 私はそう言ってからグラスに口を付けた。そこそこ強いお酒のはずだが、口当たりがよく独特な甘みが口の中にひろがり、最後にすみれの香りがした。


 カクテルのミステリアスな雰囲気が、ローズに重なった。


「何かお持ちしましょうか?」


 ローズの空のグラスを見たバーの責任者が声をかけてきた。


「ローズ! 君はこんなに強いお酒をクイッと飲んでしまったの?」

「はい、美味しくて! それにぃ~ショートカクテルは、時間をかけて飲んだら味が崩れます~。

 次は……澄んだ赤色のぉ、おすすめショートカクテルをお願いします」


 ローズが楽しそうにオーダーした。


「あっ、セス様も同じものを頼みましょ~ふふ」


 とても楽しそうだが……ローズ、もしかして酔っている?


「ローズ、今日は失礼しよう」

「ダメです、もう一杯いただきましょう~よぉ~」


「チェイサーは何をお持ちしましょうか?」

「ミネラルウォーターを頼む、ガス入りで……」


「ローズ、これを飲んで」


 私はローズに炭酸水を飲ませた。


「ローズ、僕の事をセスと呼んで」

「前に決めたから、それはダメです」


 酔ってないのかな?


「ローズ、就任の儀が終わったら病気を治して、一緒に歩むと誓って」

「ん? あっ、はい!! 奇跡を信じて」

「ローズ、昨日の涙の理由は?」

「う~ん、セス様と過ごす時間が少ないから?」

「今、なんでそんなに楽しそうなの?」

「セス様と楽しいお酒の時間を過ごしているから」


 ダメだ、私の方がローズに酔っている……。

 表情をコロコロ変えるローズが、あまりにも可愛くてクラクラしてきた。


「おまたせ致しました、コスモポリタンでございます」

「メインバーテンダーの方ですね、このカクテルはウォッカベースでしたよね?」

「はい、さようでございます。お二人の華やかさをイメージいたしました」

「まあ、それは楽しみです」


 いつもの凛としたローズだ。


 ローズが軽くカクテルグラスを持ち、「セス様の華麗な未来に」と言い私を見つめている。


 君の強く清んだ大人びた眼差しに、再び酔いそうだ。


「ああ、君と共にする輝く未来に」


 私はそう言って、ローズも私も手に持つグラスに口を付けた。ローズは「美味しい」と微笑んだが、私にはお酒の味は記憶に残らず、ただローズの美しい瞳を眺め続けた。

 ローズがあまりにも大人びて、妖艶で……。


 今、私の目の前にいるこの女性が……陛下が恋焦がれたココと呼ばれる女性だろう。そして、その女性のためにこのバーを用意した。


 陛下と競う日がくることを覚悟しよう。


「セス様、そろそろ失礼しましょう」

「ああっ、ローズまた来ようね」


 一瞬視線をさ迷わせたローズは、私を見つめ艶やかな微笑みを浮かべた。


 焦らすような意味ありげなその視線に、私の身体は一気に熱くなった。







 12月31日


 ローズとフォード邸に戻って、4、5日が経った。この間、ローズの体調は落ち着いていた。


 毎日、ローズを連れて街に出た。

 ローズは、買い物よりも街歩きを楽しんでいた。


 街歩きの途中で綺麗なものを見つけるとローズは欲しがるようになった。疲れると「カフェでお茶をしたい」とはっきり意思表示するようになった。


 残念なのが、気付くとローズが欲しいものを自分で購入している事が多く続いたことだ。

 来年からローズだけはお財布使用禁止とするか? 「ではセス様も」と言い返されたら……ローズから贈られた札入れを使えなくなる、ダメだ。


 ドアを叩く音がした、ヨハンが朝の挨拶に来たと思ったが、扉を開いたのはサリだった。



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