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ローズの涙はおさまったが、私の腕の中で縮こまって動かない。
「ローズ、夕食は何が食べたい」
「……セス様の好きな物」
「えっ、私の好物……お肉になってしまうよ、大丈夫?」
「はい」
「では、ローストビーフにしよう。ローズは食べたことある」
「はい、大好きです」
ローズは色々な料理を知っている。
君が少しでも笑顔になってくれるなら、世界中の料理を集めよう。
ローズ、君の心が打ち震えて涙すら流せずに、縮こまってしまう理由は?
その晩、王命治療である喘息発作予防・緩和術のデータを取った。王宮医師団が前回の吸入薬使用時と今回の結果の比較検証作業に入った。
ローズが眠りについても、私はローズから離れることができなかった。
深夜に陛下がおみえになった。
「ラムセス、詳細はヒースから聞いたが……ココはどうだ?」
「眠りにつきました。ローズは『心が痛い』と……あの日を思い出しました」
「ああ、あの日以上に痛かったな……。
ラムセス、王宮医師団から良い知らせだ。ラムセスの確立した喘息発作予防・緩和術には吸入薬の80%程度の効果を見込めると連絡が入った」
「陛下、ありがとうございます。
もう少しです。もう少し術式を精査すればさらに効果は上がります」
「ラムセス、今日はもう眠ってくれ」
ローズは天候の影響を受けずに静かに眠り続けている。
「はい、そう致します」
「結界は、私が張ろう」
陛下と私はローズの部屋を後にした。
「ローズ、おはよう」
「おはようございます、セス様」
ふにゃふにゃしたローズの寝起きを見に行ったがローズは凛とし朝の挨拶を返してくれた。
ローズの吸入を見届ける。
吸入薬の残は、あと24回。
間に合う、必ず間に合わせる。
昼食後、フォード邸に戻ろうとしたところ陛下が私の客間に訪ねてきた。
「陛下、どうかなさいましたか?」
「ラムセス、確認させてくれ。ココの望みだとしても、召喚魔導書の消滅に刀剣の力を使うつもりは無いのだな?」
「はい、ローズの病気が根治しない限りは、あり得ません」
「わかった、回復術を受けてから帰れ、ココを頼むぞ」
「おまかせください」
※
「ココ、最終打合せだ」
「はい」
セスが回復術後のお昼寝に入ったその裏で、私の部屋に昨日と同じメンバーが集合した。
「ココの王命治療の手配はこちらが行う、ラムセスの指示に従ってくれ」
「はい」
「ラムセスにフォード邸の家人の記憶を操作させるのは1月5日を予定している。私が命じる、ココはなにも気にしないでくれ」
「はい」
「ココの適合を確認してからラムセスの記憶操作を行う予定だ」
「はい」
「ラムセスへ施した記憶操作は長くて一カ月、下手をすると就任後数日で解ける。就任後のラムセスの様子をみて強制解除も検討する。ココの希望は?」
「解除のタイミングについての希望はございません」
「ココ、この計画をやめたくなったら連絡をくれ」
「そのようなことは無いかと……」
「ああ、私は狡いな。
国王として、ココを愛する者として、なかなか立場を明確にできない。結局、またココを困惑させてしまうな」
どうして、国王陛下がこんなに苦しそうなの?
「ココ、ラムセスがこの計画に気づくことは無いと思うが、いつもと同じ行動を心がけてくれ」
「はい」
「ココの気持ちが不安定になると良くない、外出や買い物で気を紛らわせてくれ、辛くなりそうだったらヒースの安定術を受けてくれ」
「はい」
「毎日、ココの好きなチョコレートを届ける。
……ココ、泣かないでくれ……」
だって、国王陛下と呼ばれているいつもの姿はどこにもなく、25歳成人男子の等身大の姿で必死に紡いだ言葉を繋げ、苦しみを抑えて優しく振る舞うから、つい……。
辛いのは国王陛下かもしれない、かつての学友であり、重臣であり、高位貴族で筆頭魔術師内定者であるセスと事を構えるわけだ……。
「はい、まだ計画序盤です。細心の注意を払いながら過ごします
あと……後々、国王陛下をはじめこの計画に関わった人とセス様の関係悪化が最小で済むように、法的に不利益にならないように──」
「ココ、決断したのは王である私だ。細部まで任せてくれ、何も心配するな」
国王陛下は、自分自身が責任を全てかぶる覚悟のようだ。
「はい、ありがとうございます」
国王陛下は去って行った。次に会う時は、決行の時だ。
今日は12月27日、1月5日のその時まで、後悔しないように丁寧に過ごそう。
私は急いでハクに会いに行った。
セスの記憶を消し、召喚当初の目的を果たす予定だと報告した。これに対して、ハクは微笑むだけで何も言わなかった。
フォード邸でも飴を舐めればハクに会えることを確認した。ハクは「必ずバングルをはずして」とバングルに警戒を示した。
このバングルは、何なの? 意味は別として、こんなに綺麗なのに。
シャランシャラン シャランシャラン
馬車はホテル・フォンテーヌのメインエントランス前に止まった。
フォード邸に帰る前にフォンテーヌでお茶をすることになった。
一階、メインラウンジの前に人だかりができていた。
「エッシヤー総支配人、何かイベントでも?」
「いえ、前回お二人がいらっしゃった直後からこの状態です。
一階ラウンジでお茶をすると恋が成就する、と噂が広がりまして行列が絶えません。あの時にご注文いただきましたケーキに注文が殺到しております」
まぁ、道端の石を拾ってきてパワーストーンと称して売ろうかしら?
「お客様がお待ちならば、私達は日を改めます」
「いえ、エティエンヌ公爵がいつお戻りになられても良いようにお席は常にご用意しております」
「ローズは、注目を集めてしまいそうか?」
「はい、エティエンヌ公爵とフォード公爵を一目見たいと通われているお客様もおりまして……」
うん、すでに遠巻きに囲まれている。客寄せパンダかな、私。
パンダと言えば……。
「エッシヤー総支配人、飲茶カフェの開店は?」
「はい、年明け予定です」
「姫様!!」
遠巻きに私達を見ていた人だかりから、一人の男性が進み出て声をかけてきた。豪華な漢服を装い、堂々とした雰囲気を醸し出していた。
「姫様! 本日飲茶カフェへご招待させていただきたくご挨拶をお許しください」
ヒースが私の前へ出た。
エッシヤー総支配人がセスと私に小声で告げた。
「出店予定の飲茶カフェの責任者です。出店に向けて東の帝国からお見えになり、当ホテルに長期滞在中です」
飲茶カフェの責任者ねぇ? このホテルに長期滞在、商人らしからぬ体格と服装、翡翠飾りが凄い。高貴な方なのでは?
「ローズは飲茶を楽しみたい?」
「はい、でも開店の日は風水や八掛で決めたのでは? 変更しない方が……」
「姫様が当店の最初のお客様になるこの日以上の吉日はございません。開店準備はできております、ご招待させてください」
私の呟きを拾った翡翠飾りの人は切り返してきた。
「せっかくですが、日を改めます」
瞬時に断りの言葉を私は口にした。
「それは残念です、今日の記念にこちらを姫様に」
翡翠飾りの人はそう言いながら、翡翠の簪を差し出した。
「姫様の黒髪にさぞ映える事でしょう」
えっ、綺麗。でも断ろう。私はバングルで学んだ、それに……。
「お気持ちだけで、開店を楽しみにしております。ごきげんよう」
翡翠飾りの人は、私の返事を了承し静かに礼を取った。
「エッシヤー総支配人、バー・ブルームーンは空いているかしら?」
「はい、ここよりは幾分」
「ローズ、ブルームーンにしよう」
「はい、セス様」
※
ローズは飲茶カフェへの招待を断り、バー・ブルームーンを選んだ。




