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長い沈黙を破ったのは国王陛下だった。
「ココ、フォード家の人達の協力を得られると思うか?」
この話に国王陛下が乗った。もう少しだ、慎重を期して。
「それですが、フォード家の人達からも私の記憶を消していただくのが一番かと」
酷いことを言っている。でも、それしかない。
私は、私が正しいと信じたことをすると決めた。
セスの意志に反するからセスの記憶操作が解けたときには、大きなわだかまりが残るだろうけど……それを加味しても……フォンテ国、国王陛下、セスにとって悪い話ではない。
それに……もしかしたら……。
国王陛下が王命を下せば、パッパッと吸入薬の複製ができるかもしれない。
だって、就任後のセスの魔力増強は凄まじいものが予想されるのだから……。
そうなれば、私にも悪い話ではない。
私はこの交渉の成功のために、自信ありげに悠然と見えるよう笑顔を作った。
国王陛下の表情が変わった。何かしら?
「ココ、これだけの事をいつ計画した?」
この数日、私は猛烈に考え続けた、髪が抜けそうなほど……。
「なんとなく……ずっと考えていました。今のままではダメだと。
セス様の治療を受けるたびに、セス様の顔色は悪くなります。
ああ~、このままでは、いつか共倒れになるなって……。
セス様の就任の儀の決定を聞いた時、私の考えは計画へと移行しました」
私には、少しずつ手札が増えていった。ランカスター卿やエリカ様、ハクが冷静に教えてくれた。
順番を間違わないように、モヤモヤして、髪が抜ける~と叫びたくなった。それを耐えて慎重にカードを何度も並べ直した。何度も検証した。
「セスから離れない」という最強のカードを手放すことに思い至った時、この計画は現実味を帯びた。私は納得のいく答えを導き出した。
この計画が成功したら私は壮絶に後悔しそう。それでも、今のままよりはマシ。
セスに会えなくなっても、セスの将来に落ちる影が少しでも減ればそれが一番。
私はセスに良くしてもらった、もう十分だ。
そろそろ、この辺で……去り際の見極めって大事よね。
「ココ、すまない! ココを辛い目に合わせてばかりだな」
「国王陛下も辛そうですよっ」
「ココ、時間をくれ……」
あれ、聞いたからには協力してくれるのでは……この交渉は失敗した?
「ココ、明日には具体的な流れの打ち合わせをしよう」
ああ~、私は最強の協力者を得た、この計画は動き始めた。
私が今からやるべきことは、体調管理、適合と共有をどのタイミングでどうするかをもう一度考えよう……。
私は、静かに長い息を吐いた。
打ち合わせの機会は、明日を待たずに、その日の午後に訪れた。
昼食後、セスは回復術後に睡眠術を受けた。その間が作戦会議の時間となった。
国王陛下、ランカスター卿、ヒース、私の4人が私の部屋に集まった。
この作戦会議の冒頭、「いかなる場合でも召喚された者の意見や考えを尊重すべきだ」とランカスター卿が国王陛下に対して以前から強い主張をしていた事実を私は知った。ありがとうございます。
どおりで話が早い。
私を含めた4人は、「魔力量の増加が見込めない就任を何とかすべきだ」「今のセスは刀剣が力を有したら、間違いなくそれを私の治療に使う」という共通見解だった。そのためセスへの説得等は考えず、私の提案が採用された。
国王陛下を含め3人のラナが難題としたのは、最強の魔術師セスと魔力保有者が多いフォード邸の人々の記憶をほぼ同時に消すことだった。
「ラムセスも記憶操作術を使えるだけに、かかりにくく、解けやすい」
「セス様とフォード邸の人の記憶操作に必要なラナの人数は?」
「ラムセスがいない状態でヒースをココの側から離すことはできない。
ラムセスの記憶操作は、私とランカスター卿で行うとして、フォード邸の全員の記憶操作に上級ラナが二人は必要だが……」
ランカスター卿とヒースが頷く。
へぇ~、ラナには級があったのね。
私を除く三人が具体的に上級ラナの名前を挙げ人選を検討する。国防の関係で辺境や外国にいるラナや療養中のラナが多い事を知った。
ちなみに、国王陛下、セス、ランカスター卿、ヒースは、上級が何人集まっても超えられない規格外の最上級ラナという位置付けらしい。
……不安になってきた。
すぐにラナの選定に行き詰まった。
「ローズ様、就任の日を変えられない今となっては、ローズ様が適合した後の就任であれば、フォード卿にも有利になるのでは? 最悪の場合はその覚悟も……」
当然、真っ先に私はそれを考えた。
でもまだその段階ではない、まだ手はあるはず、もっと良い手が……。
「セス様の記憶操作は就任の日まで、いえ刀剣の力を執行するまでで良いのです」
誰からも反応がない、私は独り言を呟いたつもりは無い。
えっ、皆お地蔵様になってしまったの? 英会話教室のよう。
計画を根本から変えるべきかしら?
「あの?」
「なんだ、ココ」
「私が死んだ事にするのはどうでしょう? 適合直後に死んだ事に」
「ココ、それは無理だ。ラムセスが壊れる、刀剣の力でココを蘇らせるか、時を戻しかねない」
「そうです、一番避けるべきことです。ローズ様」
そうね、短絡過ぎだった。
「陛下、ご婚姻のご予定は?」
「いや、具体的には何も進んでいない」
ランカスター卿が変な事を言い出した、現実逃避しないで欲しい。
「陛下の婚姻話が進行していないのならば、巷の噂どおり陛下がローズ様を妻にすれば、フォード卿は失恋の痛手で刀剣の力を当初の予定通りに執行するかもしれません」
うん? 今、さらりと何を言った?
「私がココを妻に迎えるのは問題ないが、それでもラムセスはココの治療に刀剣の力を使うだろう。ラムセスにとっては、召喚した事の償いは続いている、ココが謝罪を受け入れても召喚を無かった事にはできないと言っていたぐらいだ」
ちょっと待って、何の話をしているの? 記憶操作の話に戻って!
「そうですか、失恋作戦は無理ですかぁ」
そう言うと、ランカスター卿は口を閉じた。
ちょっと、長めの幻聴が……うん、気のせい!!
まず、この3人が、何としても成し遂げるという意思を持ってもらわないと、冷静に……嘘と本当を織り交ぜて。
「私は諦めが悪く、しかも欲深いのです。
国にとっても、セス様にとっても魔力増加は望ましい事です。
それに、私は喘息だけ治してもらっても足りません。喘息発作のコントロールと難病の寛解を難なくセス様の魔法で実現していただきたい。だから、セス様の力を少しでも強くすることを望みます」
そう言いながら……私だけが、こだわりすぎ? 私が変に駄々をこねて迷惑をかけているだけに思えてきた、困惑の波にのまれそう……。
潔く諦めて、二倍で手を打った方がスマートで皆にもそれが良いのでは?
また決心と覚悟がユラユラしてきた。
もともとこの件には人の数だけ正解がある。
そして唯一絶対の正解は存在しない、だから絶対の正解を求めるな。
当初の予定通りに進める!これが一番の方法、自分の判断を疑うな!!
でも……。
つい、綺麗な雪の結晶ネイルを見てしまう。
「マイ・レディ、喉は大丈夫ですか? 雪が……」
ヒースの声でハッとして顔を上げた、窓の外に雪がちらついている。
「ヒース、ありがとう、今にところ大丈夫みたい」
そう答えながら、思った。
―― 次の雪だ ――




