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 コンコンコン


「ローズ?」


 返事がない……リビングのソファーに座ってローズは珍しくうたた寝をしていた。私は静かにローズの左隣に座り、ローズの肩と頭に手を回し、私にもたれかけさせた。


 ローズは王宮に少し慣れたのかもしれない。

 私は、ローズの髪を撫でた、可愛いなぁ。

 これからは、こうやってローズが眠っているときしか近づけないかもしれない。


 ローズの左腕が、その膝からスルリと座面に落ちた。

 音がしない! ローズの左手首に二本のバングルがない。


「……っ!!」


 どういうことだ……ローズ!


 私の動揺がローズに伝わり、ローズはビクッと身体を震わし目覚めた。


「セス、さま……? あれ?」


 また、ふにゃふにゃのローズだ。王命治療を朝にすれば、毎朝こんな可愛いローズに会えた……私は早まったのか?


 私は、ローズの正面に跪き、ローズの両手を包むように握った。


「ローズ、君の名を呼ぶことを許してくれる?」

「はい」

「ローズ、こうして君の側にいる事を許してくれる?」

「はい」

「ローズ、これからも僕の治療を受けてくれる?」

「はい」

「ローズ、適合より先に僕が就任することを許してくれる?」

「…………」


 ローズは勢いで「はい」とは言ってくれない。

 ふにゃふにゃのローズは消えてしまった。


「僕は、君との心と病の共有を切りたくない!」

「それだけですか?」


「今の私にはそれが一番大事な事だから」

「11カ月後に適合した後に就任しても良かったのでは?」


 そうだね、君の言う通りだよ。


「ローズ、適合より先に僕が就任することは、バングルをはずすほど許せない?」

「あっ……えっと……これは、先ほど汚してしまって洗うためにはずして、洗った後は寝室のサイドテーブルに置いて……もう乾いたかな?」


 慌てたローズは口数が増えた。


 ローズ、あのバングルには汚れは付かない。


「ローズ、君の手に傷や汚れがないか見せて」

「えっ……」


 私はローズの左手を丁寧に触り撫で続けた。

 ローズは不思議そうに困った笑顔を作った。


「傷は、無いみたいだね」

「はい、大丈夫です」

「少し意地悪だったかな? ごめんね、ローズ」


 私は、ローズの背中に手を回し、そっと抱きしめた。


 君は、いまだに私に甘えてくれない、頼ってくれない。

 病気が怖い、喘息発作が苦しい、その不安を私に向けない、

 君は、召喚されたことで病気治療の継続が困難になったことを嘆かない。


「セス様?」


 吸入薬が無くなる前に一刻も早く私の魔力量を上げたい。

 魔力量を上げたい一番の理由は、何とも言えない違和感だ、ローズ自身が離れてしまいそうだ。


「ローズ、ごめんね」

「セス様、……何に対する謝罪ですか?」


 ローズ、もっと僕に感情をぶつけて。


「異世界召喚を正しく終わらせて筆頭魔術師に就任する約束を守れない事に対して、ローズを失望させた事に対して、それでもローズに私の思いを告げようとしている事に対して……。

 ローズ、君がいないとダメだ、僕は君がいないと生きていけない」


「もうダメと思ってからが長いのです。セス様なら大丈夫です」


 ローズ、容赦なさすぎだよぉ。


「君がいなくなったら、私はまた色を失うかもしれない」

「自ら約束を守らないセス様が何を嘆いて浸っているのですか?」


 ローズ、厳しいよぉ。


「ローズとの心と病の共有は、一生継続したいぐらいだ」

「適合を急がない理由は分かりました、就任を急いだのは?」


「ローズの治療を優先したい。それと……ローズがどこかに行ってしまうから、もっと力が欲しくて就任を前倒しにした。

 ここ数日、何度も君の気配が消えてしまうからだ、ローズ心当たりは?」


 思わず陛下にすら言っていない真相が私の口から漏れた。

 ローズは答えない。瞬きをしない、口数も増えない。

 ローズは何のことかわからないみたいだ。


「ローズ、具体的に何が許せない?」



 ※



「──ここ数日、何度も君の気配が消えてしまうからだ、ローズ心当たりは?」


 そんな……ハクが飴を舐めれば大丈夫って……違ったの?

 就任前倒しは、それが理由なの? 

 それって、私とハクのせい? ハクと会わなければ前倒ししなかったの?


 これって、変な事をせずにセスの言う通りにするのが最善だと暗示しているの?

 もう残されているのは「私の治療を優先していただき、ありがとうございます」とお礼を言うこと?


 それでも……私は必死でハクの事を説明しようとして、逆に固まってしまった。


「ローズ、具体的に何が許せない?」


 えっ、具体的に……?


 異世界召喚を正しく終わらせて筆頭魔術師に就任する、セスにはその約束を守って欲しかった。


 なぜ? 当初の目的通りだから、ポイントが高いから?


『君の心はもうハッキリしているようだけど』

『カードを切る順番』

『本当に失ってはいけないもの』


 ハクの言葉が浮かぶ。


 始めは、ランカスター卿の話を聞いて前回の召喚は「報われない」と思った。

 その二の舞は避けたかった、さらに「私の生き方を不確かなものには頼らない」と思っていた。でも、刀剣の力は不確かではない。


 では、私が順番にこだわり始めたのは、ハクからポイントを聞いたから?

 ちがう、セスが魔力と血液を失って倒れた時からだ。

 もうあんな動かないセスを見るのが嫌だから。争いの種になる召喚魔導書の消滅を私が望んだからだ。


 セスは私の存在にこだわって、私はセスのために召喚魔導書消滅にこだわった。


 私は召喚を正しく終わらせたい。


 でも待って……「誰かのせい」「誰かのため」が付くと本質を見失いがちだ。

 本当にセスのため? 「正しく」って何? 


 もしかしたら召喚ルールを知った私は、知らず知らずに打算が働いて、セスが就任し13~23倍の魔力を有したセスに私の今後全ての病気を治して欲しかっただけなのかもしれない。それをセスのためって思いこんだとしたら?


 私が怒るとか許さないとかいうのは、筋違いなのかも……。

 私、何様のつもりだったの?


 就任するのはセスだ。

 就任を前倒しすると国王陛下が決断をした、それだけの事だ……。

 私が口を挟む立場にない。


 でも……こっそり適合だけはすべきかな? それも余計な事?

 でも……私の治療のためと口にするセスも何かを見落としているのでは?


 ダメだぁ〜思考が渦巻いて禅問答にはまってしまったかも……。


「ローズ?」


 なんだか私が全て悪い、私が全ての元凶の気がしてきた。


「私が私を許せないのかもしれません。私に持病がなければ──」

「ローズ!」


 セスが、私の言葉を遮った。


「ローズ、喘息根治治療法の術式を私が確立した時は、刀剣の力を召喚魔導書の消滅に使う。何もローズが気に病むことはない。

 ローズ、今は不安かもしれないけれど私を信じて欲しい」


 就任による魔力増加がなくても、歴代筆頭魔術師より最強の力をすでに有するセスなら、今の発言内容のような奇跡を起こすかもしれない。

 そう私は信じれば良いの?


 一昨日の言葉を翻したセスを私は信じられる?

 それに「信じて欲しい」って口にする人って……微妙よね。



 コンコンコンコン


「新しいお菓子をお持ちしました」


 ヒースが新しいお菓子を持って戻ってきた。

 近ごろ、ヒースはメイド達にお皿を触らせないのよね……?


「ローズ、お茶にしよう。もうそんなに暗い顔をしないで」

「…………」

「ローズ、大好きだよ」


 セスのその爽やかな物言いに、恋愛耐性のない私は煙に巻かれた気がする。

 余計にモヤモヤする、釈然としない。


 その直後、セスによって私の左手首にバングルが戻ってきた。

 セスがバングルを私の腕に通すと、ネイルが変わった。


「あっ、綺麗! 雪の結晶ネイル」


 しまった、完全にセスによる機嫌取りにはまった。ネイルに浮かれている場合ではない!

 でも、ウルウルで綺麗! あ~懐柔されたな私、はぁ~。


「ローズ、お菓子はどれにする?」

「……チョコがけフロランタン」


 私は自分に呆れながら答えた。

 セスのキラキラ笑顔と共に静かにお茶の時間が過ぎていった。



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