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私は、聞いてしまった。とんでもない話を……。
なぜ、隣の部屋のバルコニーで朝ミーティングをするの? なぜ、音の結界を張らないの? なぜ、私は今朝も窓を開けてしまったの?
落ち着け、私。オロオロすると二人が来てしまう。
まず、吸入薬を使おう。
王宮に来て、5回目の朝。
吸入薬を使う、カウンター残26。
コンコンコンコン
サリとミヤと挨拶し、朝の準備が始まった。
私の頭は、先ほど聞いた話と自分の思いでぐちゃぐちゃになっている。
「お嬢様?今朝のお召し物は?」
「あっ、お任せします。スッキリした感じで」
「かしこまりました、雪のイメージにしましょう」
「お願いします」
習慣とは恐ろしい、受け答えできているよね、冷静に見えるよね、私。
朝のバルコニーの話……二人に悪気が無いからタチが悪い。
ダメだ朝の話を思い出すと、私のオロオロと共有して二人が来てしまいそう。
視点を変えよう、私はどうしたい? 私はどうすべき?
そんな混沌とした思考のまま、朝食が始まった。
何にも味がしない。食べなきゃ、また面倒な事になる。
一昨日の朝に聞いた話は、セスが「喘息根治治療に刀剣の力を使う」と言い出して、国王陛下が止めてくれた。
今朝の話では、セスは「先に就任して増えた魔力で治療して、ダメだったら刀剣の力を使う」という主旨に変わっていた、事態は悪化している。
最大の原因というか問題は……私からは、召喚ルール・ポイントの事を国王陛下やセスに伝えられないという事だ。
そもそも私が考えても意味がない? 国政を担う立場ではない、未成年だし。
成るようにしか成らない、落ち着こう、泰然自若か明鏡止水でも目指そう。
目指す二つの四字熟語を見つけた私は交互にそれを唱え動揺を薄めた。
何はともあれ、今回も国王陛下が話を保留にした。さすが国王陛下。
今回も事なきを得た、これからもきっと大丈夫。
私が心の落ち着きを取り戻した時には、朝食後のお茶が始まっていた。
ホットチョコレートコーヒーの中に、マシュマロスノーマンが浮かんでいた。
チョコ色に染まるスノーマンが、少し可哀そうだった。
朝お茶が終わり、国王陛下とセスは仕事だと言って政務室へ仲良く消えた。
「マイ・レディ。今日は、王宮博物館を見学なさいますか?」
「自室で安静にしなくてもよろしいのですか?」
「王宮内、屋内の移動の許可が出ました。ただし、人目のないところ限定で、かつ警護官と騎士が付きます」
「そう、それなら自室で過ごします」
「かしこまりました、フォード卿がお喜びになります」
午前中のお茶の時間に、紅茶紳士があらわれ、美味しいお茶を淹れてくれた。
紅茶紳士は、時々登場する。そして、とびきりの紅茶を淹れてくれる。
芳醇な紅茶の香りが、私の不安を取り除いてくれた。
私は、のんびりと一人でお茶を堪能した。
あ~、幸せかも。
本日の仕事を終了したと、キラキラ笑顔のセスとの昼食が終わった。
食後のお茶の時間に、国王陛下があらわれた。
「ラムセス、今朝の話だ。ココも聞いてくれ」
うん? 働き者のこの方が、急にどうしたのかしら? 今朝の話?
「ラムセスの筆頭魔術師就任の儀を来年1月10日に執り行う事を決定した」
「陛下、ありがとうございます」
セスは満面の笑みで国王陛下に礼をとった。
「どうしてですか? 国王陛下! なぜ……」
「ココ、私の決断だ」
私の動揺の激しさに二人が困惑し、セスが口を開いた。
「ローズ、重ね重ねいつも申し訳ないと思っている、今回も君の意に沿わないかもしれない、私を許さなくていい……ローズ、長く安全な生きる道を君に……」
生きる道、召喚直後に毒を求めた私にセスが言った言葉だ。
私は、テーブルに肘をつき、こめかみに手を添えて俯いた。ハクから聞いた話をしたくても言葉が出ない。
どうして……。ハク、お願いだから……。
やっとのことで口にできたのは短い言葉だった。
「延期してください」
「ココ、それはできない」
「ローズ、本当にすまない。君との約束を守れなくて、私はローズとの共有を大事にしたい。ローズ、そんなに落胆しないで欲しい。君の治療を最優先にしたい」
落胆するでしょう、だって今就任してもセスの魔力は増加しないのよ、何のための召喚だったの?
私の治療で負荷が増えるだけの召喚なんて……。
なんで、国王陛下は許可したの?
なんなの? その臨機応変気取りの優柔不断は……。
で、どうして変なところで決断が早いの?
「マイ・レディ、お部屋へ戻りますか?」
私は、ただ頷いた。
「ローズ?」
「国王陛下、セス様、色々とご配慮いただきありがとうございました。気分がすぐれないので自室に下がらせていただきます」
私は、ヒースの手を取ってその場を辞した。
仮初めの幸せに浸って、何も考えずに決断を先送りしたバチが当たったのかもしれない。
ハクに会いたい。
今、ハクに会うのは、逃げるようなものだろうか?
※
「ラムセス、これで良かったのか?」
「はい、陛下」
「ココは喜ばなかったな、しばらく笑ってくれないのでは?」
「そうですね、退席の言葉はローズの悲鳴のようでしたね。
就任を先にすることをローズが喜んでくれるとは思っていませんでした。
ですが、あんなに感情を隠されるぐらいなら、恨み言の一つでもぶつけてくれる方が良かったかもしれません」
ローズは、また綺麗な言葉で感情を隠してしまった。
「陛下、喘息発作予防・緩和の術式は完成しました。最後の検証段階です。
ヒースはその術式を数日中には完全に取得する予定です。精神安定術に秀でたヒースならば私よりも完璧に展開するはずです」
ローズは、また私の治療を拒否するだろうか?
「陛下、あと数日だけはローズが私による王命治療を拒否しないようにお取り計らいください」
「ラムセス、この召喚は何だったのだ……」
「陛下が今、憂いている事は何ですか?」
「ラムセスとココの仲だ」
「それを聞いて安心しました。即位の誓いを遂行できず申し訳ございません。
私はローズが元気なら、ローズとの仲が多少――」
「ラムセス! そんな悲しい言葉を口にするな!!」
「陛下、私は色彩を取り戻しました。それ以外にも多くのものを得ました。
ローズには生きて欲しい、私を恨んででも生きて欲しい。生きていれば、ローズが心から笑ってくれる日が戻ってくることを私は信じます」
我々は失った多くのものをローズによって再び得た。
それは、生きていたからこそだ。
「陛下を巻き込んでしまい申し訳ございません」
「ラムセス、我々は間違いを重ねたのでは?
……いや、それは後でわかることだ。今は最善を尽くそう」
「はい、陛下。喘息発作予防・緩和術式確立の次は、喘息根治治療に取りかかります。そのためにも一日でも長く共有を継続し、ローズの呼吸を把握する必要があります。
ローズが11カ月後に適合できるようにしましょう。それまでにローズの喘息が完治したら、その時は力を有した刀剣で当初の目的を果たしましょう。そのための就任前倒しだったとなるよう、私は全力を尽くします」
以前「私の喘息は完治しない」とローズは寂しげに言った。11カ月後の適合までに喘息完治の術式を完成できなかったとき、私は刀剣の力で君を助ける。
「ああ、適合の道筋をランカスター卿に再度確認しよう。
まだ諦めるわけにはいかない、全てを諦めるな!」
「はい、陛下」
ローズ、少しでも君の力になるために全力を尽くすからね。




