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「ココ、お茶は何にする?」
「ホットストレートティーをお願いします」
「ココ、厨房がお菓子を用意した、無理のない範囲で食べてくれ」
「はい。あっ、イチゴタルト!」
ローズの目がキラキラと輝いた。可愛い、可愛くて仕方がない。
「ラムセス、いつまで立っているのだ? 早くココの隣につけ、お茶を始められないぞ」
「はっ、はい」
「セス様、お茶はどうしますか?」
「ローズと同じものを」
「セス様、今日はイチゴタルトがあるから濃いめですが大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫だよ」
近ごろの陛下はローズとの食事やお茶を楽しみにしている。
陛下はローズのいた世界の話を話題にした。
時見の書で眺めているだけでは理解できなかった部分の補足をローズに求める。
ローズは何通りもの解釈を示す、そのいずれもが全く違う価値観で興味深い。
陛下はこの国の問題点をローズに投げかけた。
ローズは慎重に言葉を選び、元の世界・この世界に肯定も否定も示さない、視点と価値観と時期の問題だという。
ローズのこの独特の雰囲気が周囲を惹きつける。
「ココ、あんなことがあった後だが、王宮にしばらく滞在してくれないか?」
「陛下!」
「ラムセスもだ」
陛下はローズとの距離を詰めるつもりか?
ローズに陛下からの申し出を断れるわけがないだろう。
ローズは一週間前に屋敷に戻りたいと泣いたばかりだ。
「陛下、どういうおつもりですか? ローズの居所指定権は、私が有しております」
「ああ、そうだったな」
陛下は一呼吸おいてから言った。
「では、こうしよう……ラムセス、王立劇場襲撃をはじめその他の事件の追跡捜査のため出仕を命ずる、解決までの帰宅を認めない」
「陛下っ!」
「ラムセス、そうなるとココが王宮にいた方が良いのでは? ラムセスは、今の客間を使ってくれ」
陛下は私からローズを奪うつもりか?
ローズはフォード邸のあの部屋を気に入っているのだ、苦しくないとまで言った。
「陛下、ローズの意志を確認させてください。もし、ローズが王宮滞在を希望したら、私がローズの部屋で執務を行うことをお許しください」
「ああ、そうしよう。ココ、王宮滞在は嫌か?」
「陛下、ローズに対してそのような誘導はやめてください」
「ココの意志を確認せよとラムセスが申したから……」
ローズからの強い視線を感じ、陛下と私は口論をやめた。
「あの、お二人の意見がまとまらず、私に最終選択権があるのなら……」
「ココ、申してみよ」
ローズ、私の屋敷に帰りたいと言ってくれ!
「私は、ホテル・フォンテーヌで暮らします」
「ローズ!!」
「ココ、ならぬ!!」
あまりの大声に、近衛や警護官が構えを取った。
ローズは、白いその手で耳を塞いでいる。
ヨハンとヒースが、呆れた表情でこちらを見ている。
ヨハン、その目をやめてくれ、私はまた間違えたのか?
「マイ・レディ。お部屋に戻られますか?」
「はい、二人でゆっくりお茶をお続けください。先に失礼します」
ローズは軽く頭を下げて、ヒースの手を取ってガゼボから去った。
「ローズ……」
「ココ……」
ローズのコート姿が可愛いな、と見惚れ現実逃避している場合ではない。
あ~、失態だ。大失態だ。
ローズは、陛下も私も選ばないという選択をするのか……。
「ラムセス、ココが去ってしまった……」
陛下の呟きとともに、ガゼボの中に冬の冷たい風が吹きすさぶ。
「陛下、このガゼボ冷えますね」
「そうだな、寒いな。なぁ、ラムセス……ココがいなくなったとたん、結界を解かなくても良いだろうに……」
「陛下、この状況での必要性を感じません」
私はローズの席を見た。
ローズは結局、イチゴタルトに手を付けなかったのか……。
ローズが春色と言ったイチゴが綺麗に並んでいる。
「陛下、正直になりましょう、陛下にとってローズの存在は?」
「ココは、大事な存在だ」
「いつものように、大切だから遠ざけたいですか? それとも……」
「ラムセス、酷な質問だな……」
陛下は多くのものを失ってきた。
降って湧いた望まない王座の代償は、理不尽なものばかりだ。
陛下の欲しいものは何一つ手に入らない。
陛下は人としての幸せを諦めてしまっている。
陛下の力になりたい。だが、ローズだけは別だ。
「陛下、陛下への忠誠は変わりません……」
「ああ、そうだな、変わらぬ忠誠に感謝する」
「ラムセス、ココはこの世界に適合するだろうか? 消えてしまいそうだ」
「陛下、それで王宮滞在を?」
「いや、九割はラムセスの勘繰り通りだよ。今のココが、私の知っていたココ以上に魅力的で……気になって、構わずにはいられない」
陛下、それを恋というのです。
甘くて、切なくて、苦しくて……焦がれずにはいられない。
「陛下、紳士協定を結びましょう」
「……そうだな、ローズ・カグヤ・エティエンヌの意志を尊重する。我々は、抜け駆けをしない、自己にも他者にも第一にココに対して恥ずべき事はしないと約束しよう」
「陛下、私も約束します」
陛下と私に、熱いお茶が淹れ直された。
「ココは、昼食までに機嫌を直してくれるだろうか?」
「私はローズがフォンテーヌへ向かおうとしてないかハラハラしております」
「なに! ラムセス、すぐに止めろ」
「その時は、ヒースが連絡をくれます。ヒースの姿が見えないうちは大丈夫です」
「ラムセス、余裕だな。ヒースだって……」
「陛下、必ずローズが私を選んでくれるように私は努力します。でも万が一、ローズが私を選ばなかったとき、陛下かヒースを選んでくれれば良いと思うこともあります。言っていることが矛盾して無責任ですね……」
「ラムセス、ココがこの世界と適合し幸せになってくれればそれで良い。なんて綺麗事はやめろ、辛いぞ。ラムセスの手を取るココをどんな思いで見ていたか……」
「陛下、10年前のあの内乱から、我々は人としての心の時間を止めてしまったのでしようか?」
「そうだな……ラムセス。この10年、お茶を美味しいと思った事があったか? 食事が楽しいと思った事があったか? 明日が待ち遠しいと思った事は……」
「ローズが来てから、私の視界に光と色が溢れました」
「そうか、私はココに再び会ってから味覚が回復したぞ」
陛下にも私にも辛い10年だった。
親を断罪し、兄弟姉妹を殺され、親族に裏切られ、友人知人を切り捨て、冷徹だの冷酷だのと陰口を叩かれ……。微かに見える遠い光を頼りに走り続けた。
そして、視界は色付いた。
「ラムセス、戻るか?」
「はい、陛下。戻りましょう」
※
国王陛下とセスの仲の良い口論を継続させるために、私はガゼボから逃げ自分の部屋に戻ってきた。あれは、どう見ても恒例のイチャラブでしょ……。
「マイ・レディ。お茶の続きをなさいますか?」
どうしよう? 自分の部屋で、一人お茶? 微妙だ。
「お茶というか、冷えたライム水をお願いします。ヒースも休んで」
私は、ライム水で喉を潤しながら。本を読むか、ゴロゴロするかを悩んだ。
王宮ではなぜかゴロゴロしにくい……。
「お嬢様、足エステをなさいますか?」
「サリ、良いのですか? サリの体調は?」
「私は大丈夫です」
「お昼までに終わりそう?」
「お嬢様、大丈夫でございます」
私は寝室のソファーに座りオットマンに足を乗せた。




