68
陛下によって私はローズの部屋から連れ出された。
「ラムセス、もう立っているのもやっとだろ、無理をするな」
「ですが陛下。ローズの側を離れるのは危険です」
「ヒースがいる。大丈夫だ」
私は、ローズの部屋の隣に用意された客間に戻り、少し前まで横になっていた寝台に座った。
「ヒースから聞いた。睡眠を取っていないそうだな、いつからだ?」
「ローズと過ごすようになってからです」
「その結果、ラムセスの回復が遅れたわけだが、どう考える?」
「不覚にも回復が遅れてしまい、申し訳ございません」
「ラムセス、自分が頑張れば何とかなると思っているのか?」
私は肯定も否定もできない。
「陛下、私はローズを助けたいのです」
「ラムセス、皆がそう思っている。
私は過去に『ローズ嬢の側に居てくれ』と言ったはずだ。いつものようにラムセスが回復していれば、いつものようにココの側にいれば、ココはあんなに泣かなかったぞ」
そうだ、いつもの私ならば今朝、いや未明、いや深夜には回復していたはずだ、ローズの失踪騒ぎも防げたかもしれない。
「ラムセスがローズと呼ぶ少女の中にはココの部分がある、ラムセスの腕の中で泣く姿が全てでない。ラムセス、それを忘れるな」
「陛下?」
「ココを一人にしないでくれ、一番苦しい時に人前で弱音を吐かない強さと弱さがある。ココを一人で泣かせるな」
「ローズは一人で泣いたのですか?」
「ああ、深夜に忍び泣いていた。涙の原因を聞いても答えなかった」
「そうでしたか……」
「ラムセス、その時の私の心は冷えて固まった、日陰の解けない雪の塊が芯となって、次々に汚れた雪が降り重なって、暗闇の中で前後不覚になり一人立ち尽くしていた……それは寂しい共有だった」
ローズには孤独が満ちているのか?
ローズは手負いの獣のようだ、弱ると一人になり誰にも助けを求めない。
「ラムセスとココは似ているな。誰にも頼らない」
「陛下、そのようなことは……」
「無いと言えるのか?
全てをラムセスに解決しろと言ったことは無い、そのつもりもない。
ずっと寝ていない状態では、まともな判断も出来ないだろう。今のままのラムセスでは、ココの身上監護権の継続は難しいと考えている」
陛下は本気なのか?
「ラムラス、選べ。
ココから離れ適合と喘息治療の研究に没頭する。
研究は我々に任せてココの側にいる。
この二つから選べ」
なんて選択肢だ、最悪だ。
「陛下!」
「後者を選んで欲しい、今のところココが泣けるのはラムセスの側だけだ。
三番目の選択肢が増えるかどうかは、今後のラムセス次第だ。
ラムセス、今は回復を第一にしろ」
「ははっ」
寝ている場合ではない、考えなくてはローズの側にいながら、ローズを助ける第三の選択肢を探さなくては……。
「ラムセス、頼むから少し眠ってくれ。まず睡眠を取ることから改善を示せと言っただろうが……考えるのは回復してからにしろ」
陛下は静かにそう言い、私に強い睡眠術を放った。
瞬時に私は深い眠りについた。
深く眠り、身体が軽くなった爽快さで目が覚めた。
「旦那様、お目覚めですか?」
「ああ、ヨハン、心配をかけた。どれぐらい眠った? ローズは?」
「小一時間でございます。お嬢様は先ほど目覚められ、ヒース殿が付いております」
「そうか、着替えを頼む」
「かしこまりました」
陛下に示された選択肢は後回しにして、はやる気持ちを抑えてローズの部屋へ向かった。
コンコンコン
「ローズ?」
ローズはソファーに座り、ぼんやりと外を見ている。
あ~、またローズの心が遠くにいってしまった。
「マイ・レディ。フォード卿がいらっしゃいました」
「セス様、もう動いてよろしいのですか?」
ヒースの声に反応したローズは立ち上がり、私をその目に映した。
私はローズに近づき、その肩に手を置き髪を撫でた。
「ローズ、体調は?」
「私は大丈夫です。セス様は?」
「心配をかけてしまったね、もう大丈夫だよ」
ローズは、静かな微笑みを浮かべた。
その時、私の心に一斉に花開くような光風が吹いた。
あぁ〜、ローズが私の回復をこんなに喜んでくれているのか? だとしたら夢のようだ。
「今夜からは、ちゃんと眠ってくださいね。寝不足は髪にも良くないです」
「髪? ああ、そうする」
「セス様、私は喘息発作で夜に眠れない日が何日も続くことがありました。横になって息をして眠れるということは本当に幸せな事です、睡眠を楽しんでください」
「ローズが夢に出てきてくれれば……」
「ふふっ、それは難しいですね~」
ローズが夢に出てくるのは危険すぎる。私は目覚められなくなるかもしれない。
陛下のおっしゃる通りだ、こんな幸せに浮かれた状態で冷静にローズを守れるだろうか?
私がローズに会わないという選択肢を選ぶことはない。その上で睡眠を確保するとなると調査研究が進まない。
「セス様? まだ具合が悪いですか?」
考え込んだ私をローズが心配している。
「迷惑をかけたね、もう大丈夫だよ」
「私の方こそ、セス様にずっと迷惑をかけているので……」
ローズ、どうしてそんな事を言うの?
「ローズ、何を言っているの? 迷惑? 私はそんな風に思ったことはないよ」
「だったら、私も同じです。セス様に迷惑をかけられたことは無いです」
※
-迷惑-
人様に迷惑をかけないように。と人々は口々にそう言う。
本当に、そんな事が可能だろうか?
生きている限り、存在する限り、迷惑をかけ、迷惑をかけられて生きている気がする。
極論、息をするだけで空気を汚す。迷惑をかけないようにとは、大きい迷惑ということか?
小さな親切、大きなお世話。と言うぐらいだ、その逆もあるはずだ。
自分が迷惑をかけたと思っても、相手がどう取るかは分からない。
私はよく『ご迷惑をおかけしました』を使っている。
でも、セスから『迷惑をかけたね』と言われてわかった……そうだ……。
「ありがとうございます、セス様。私を助けていただいて感謝します」
「ローズ! 私はなんて言葉で表現したら良いのだろうか? 私が側にいながら私を庇う形で君が攻撃を受けたというのに、君はそんなに優しいし……可愛いし……」
セスが泣きそうだ、最後の方は何を言っているのか聞き取れなかった。
どうして、そんなに起伏に富んだ発言や出来事はないような……。
う~、困った。どうしよう?
「旦那様、お嬢様。お食事のお時間です」
「ああ、ローズ、手を」
「はい、セス様」
セスの手を取った時、私の左腕のバングルが音を立てた。
ハクとの話を思い出した。
バングルが結婚の申し込みとは驚いた……セスは本気なの?
出会ってすぐに意味のあるバングルを私に贈ったの?
私にとって結婚はかなり優先順位が低い。
どうするのかな、私。
バングルの意味がハクの言う通りだとしても、セスが何か言うまでこのままにしておこう。
そう、この綺麗なバングルは御守り、綺麗な御守り……。




