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セスの献身に支えられた穏やかな生活は……。
そう、まさしく偽りの世界だ。過去の自分の発言を思い出して虚しくなった。
「ローズ、下を向かないで」
ハクは心配そうに私の手を引っ張る。
ハクの方こそ、そんな寂しい顔をしないで。
ハクは、生きたいのかな?
ハクは生命体というより、意識体という感じかな?
「そうだ、ハク! 召喚魔導書が消滅したら、私の身体を依り代にできないの? 私に憑依して私の寿命まで一緒に生きる?」
急にハクが涙を流した。なんて綺麗な涙なの?
見惚れている場合ではなかった、なんの涙……私、変な事を言った?
異世界的な、なかなかの発言だったように思うのだけど……。
「ハク……」
『ローズ、ありがとう。その言葉だけで僕は救われたよ』
何のお礼だろう?
ハクは、情緒不安定らしい。まぁ、私も人の事は言えない。
私は、周囲を見回した。無機質で綺麗な神殿……。
欲望渦巻く人たちが召喚術に手を出す、それをハクは叶えて、恨まれる。
なんだかハクも寂しいわね。
どう考えても異世界召喚は、良くない。
巻き込まれた身としては、この召喚を正しい形で終わらせたい。
「ハク、刀剣に触れられれば適合完了で共有は切れるのよね」
『そう』
「適合したことを共有している二人に隠すことはできる?」
『適合しても、共有を継続させれば……』
「それができるの?」
『刀剣の力の執行までならできるけど』
エリカ様はこの方法を取ったのね、たぶん。
「それって、いつまでにどうやってハクにお願いすればいいの?」
『適合の時に、共有継続を願えば大丈夫だよ』
召喚を正しい形で終わらせるために、何かが足りないというか、見落としている気がする。
あっ、そうた。大前提を確認しておこう。
「ハク、適合後に私が刀剣の力で召喚魔導書を消滅させることは可能?」
『それはできない。術式の展開者しか出来ないことだよ』
「そう。セス様だけが可能なのね……具体的な手順は?」
『術式の展開者が、適合後の刀剣に願いを込めて召喚魔導書を刺すと願いは叶う』
召喚魔導書は消滅できる。その方法も判明した。
良かった、この召喚は無駄にはならない。
『ローズ、そろそろ戻る? 二人が、血の提供者と術式の展開者が心配しているよ』
「私の籠城が伝わったのね、セス様は意識が戻ったのかな?」
『ローズ、僕と話を続けるなら、お茶を飲んでくれる? あとお菓子も………』
「もちろん、いただきます」
いつの間にか、目の前にお茶の用意がされていた。
ハクが紅茶を注いでくれた。
私は、紅茶とクッキーをいただいた。美味しい。
ハクはいつも一人なのだろうか?
私もここに住まわせてもらえないかな? お部屋余っているよね、ここ。
何か戻りたくないな、国王陛下はまだ怒っているのかな?
『ローズ、ずっと勘違いしている! 二人は、ローズの事が好きだよ』
「そうかな? 大事にはされているけど……」
セスは、義務とか責任感からだろう、たぶん。
国王陛下に関しては、ハクの勘違いだ。
それに、二人は相思相愛では?
『ローズ! どうして始めにそう思ったの? そこが謎だよ。
二人はローズの事が大好きだよ、愛するほどに』
「それは無いと思う」
『ローズ、薄々気づいているでしょ、二人の思いと愛に』
そうだとしても、失礼になろうとも、私は二人の心を受けることはできない。
『ローズは、どうして二人の心を受けることはできないと決めつけるの?
召喚されたことの謝罪の言葉を受け入れても、二人の気持ちを受け入れる自分を許せないから? それを隠すために二人を変に結び付けているの?』
鋭く難解な質問よね。
自分の深層心理に、いきなり踏み込まれても……。
『召喚に関わる人達は、お互いに惹かれ合う』
それ聞いたことある。
恋愛事は、私には無理よ。その手の話は苦手だ。
『その前に、ローズ! 病気があるから幸せになれないと思っているのはなぜ? ローズには幸せになる勇気を持って欲しい、僕はそれを君と話したい』
ハクは、私の核心に触れた。
病気知らずの無理がきく身体が欲しいなんて言わない、人並みの健康が欲しかった。
理解ある人達に囲まれて生きたいと思わない、ただ身近な家族にだけは病気を理由に私を攻撃し否定しないで欲しかった。
その幸せは叶わなかった。
だから私は私の幸福図を修正した……。
私の幸せは、親から逃げて、人に紛れて、静かに暮らす。
そして、ダメなりにもそれを叶えた。ささやかな幸せを手にした。
でも、異世界召喚でそれが奪われた、どうしろというの?
「ハク! 幸せになる勇気なんて……そんな無責任な事を言わないで欲しい」
『ローズ、それでも幸せを求めて欲しい』
「今だって、私は必死に考え抜いて丁寧に生きようしている」
籠城している私が言ってもねぇ……、ははっ。
『ローズ、お菓子を食べながら聞いて』
サクサク ポリポリ
『二人から贈られたバングルは、結婚の申し込みを意味している』
「えっ……」
ポロッ
セスが、最初に用意してくれた恋愛小説に、バングルを贈るシーンがあった。今やっと、バングルを贈られてヒロインが泣いた理由が判った。
へぇ~、て……。
えっ、ジャグリングの練習とか考えている場合ではなかったのね。
『ローズの周りにいるラナ達は、歴代筆頭魔術師以上の力がある。特に術式の展開者は強烈だね。
今回も、ローズを部屋に送り届ける前に迎えが来たみたい、そろそろ──』
「ハク、もう少しここに居させてよ、まだ聞きたいことが考えたいことも──」
『ローズ、もう時間切れみたい。立て籠もりは終わりだね、またね!』
ハクが白い強い光を放った。
「ローズ!」
あっ、久しぶりにセスの声が聞こえたような気がした。
※
ローズが部屋に籠ったと聞かされた後に、私は陛下によって深い睡眠に入った。
その睡眠術が切れかけた頃、陛下に起こされた。
「ラムセス、ココがいなくなった」
その発言内容と憔悴しきった陛下の姿に、私は驚いた。
「陛下! どういうことですか?」
「ココが部屋に籠ったので、ヒースに天井の隠し空間からココの様子を確認させていた。先ほど、そのヒースから『マイ・レディが確認できません、今朝のように忽然と消えました』と報告が来た、今探させている。
今朝といい、姿の消し方が普通ではない。ラムセス探れるか?」
「はい、ローズが消えてからどれぐらい? ローズが最後にいたところは?」
ローズの部屋の寝室に入った。
時間はそう経ってはいない、ローズがバングルをしていれば追える。
私は捜索術を展開し、バングルに込めた自分の魔力とローズの気配を追う。
私の意識は、白い霧の中に入った。
微かにローズの気配がする、見失わないように追う、気配が薄れる。
ローズ、どこへ行こうとしているの? ローズ!
何度かそれを繰り返すうちに少しずつローズに近づいていく確信をもった。
もう少しだ、近づいている。ローズ、もう少しで君に会える。
白い霧の中で白い光を見た、私はそこへと走った。
「ローズ!」
白い霧の中で、倒れているローズを見つけた。
ローズを抱き上げた、それだけで涙が出た。
ローズを失わずに済んだ。
「ラムセス、よくやった。ココが見つかった」
陛下の声で捜索術は解け、私の意識は白い霧から抜けた。
「陛下、ローズはどこですか? 無事ですか?」
「今、ヒースがこちらへ運んでいる」
「陛下、フォード卿、マイ・レティが今朝と同じ場所に倒れておりました。数分前には何もなかったところに……」
ヒースの腕の中にローズがいた。
そして、私の腕にローズが戻ってきた。
ローズの体温が伝わってきた。
あ~、やっとだ、やっとはっきりとした意識で君を手にすることができた。
私は、ローズが何らかの攻撃を受けていないかを確認する。
「大丈夫です、ローズは無事です。深い眠りについているだけです」
陛下をはじめ皆が安堵の表情を浮かべた。
私は、ローズを寝台にそっと寝かせ、寝台横の椅子に座りローズの手を握った。
ローズの左腕のバングルが揺れ小さな音がした。
私は、バングルの石にもっと強い魔力を込めよとした。




