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国王陛下に言われて、私はセスの回復のためにセスの部屋に行き側にいた。
それなのに、突然セスは私に中和処置と回復魔法を施した。そのせいでセスはより消耗してしまうという本末転倒の結果になった。
国王陛下は、真っ赤な顔で語気も荒く、セスの腕に捕まった私を引き離し「しばらくラムセスにココを近寄らせるな!」と言い放った。
あれは怒っていた、でも何に?
何だかわからないけど、私に八つ当たりされてもねぇ……酷いよぉ~。
弱っているはずのセスの腕力は強すぎて、不覚にも乙女の唇を奪われてしまった。
弱っていると見せかけて、狼になったセス。もう回復したのでは……。
私は、唇を触った。
セスは、誰かと間違えたのかな?
あの時、周りに結構な数の人がいたよね。恥ずかしいよぉ~。
私だけ、割に合わない気がする。
モヤモヤが止まらない、猛烈にイライラしてきた。
もういい、ここから出ない、籠城してやる!
ちゃんと食事を取ると決心したけど、もういい!
何も考えず、一人静かにゴロゴロ過ごす。
ヒースとミヤが退室した隙に、他のメイド達にも部屋から出て行ってもらった。
扉の外の廊下に「誰とも話したくありません、立入禁止」のメモを置いた。
見える扉は全て内側の鍵をかけた。
隠し扉・通路があるだろうけど、そう簡単にそこは使わないはず。
扉向こうの廊下が騒がしいけど……知らない。
はい、私には、何も聞こえません!
クローゼットへ行き、ラフな服に着替えた。
寝室に入り、そこの扉の鍵も閉める。窓の鍵も確認する。
さぁ~、ゴロゴロしましょう。
唇にセスの熱が残っている気がするけど、それももう知らない。
自分に向かって「おやすみなさい」と挨拶して目を閉じた。
すぐに私の意識は夢と現実の狭間を漂い始めた。私、今日起きていたのはトータルで三時間ぐらいかしら? さようなら、規則正しい理想の生活。
うとうと うとうと
『ローズ』
「…………」
『ローズ』
「ハク?」
『そう、ローズ、こっちだよ』
今、至福のまどろみタイムなのに……。
『ローズ、起きて』
そうだ、ハクがあの刀剣というならば……。
私は飛び起きた。くらぁ~、あっ眩暈が……。
『うわっ……、元気な寝起きだね』
「ねぇ、ハク! 私、適合できるの?」
『できるよ、ローズはもう適合できる』
『ローズ、立て籠もっているから時間あるよね』
「時間はある、考えないといけないことも多くある」
『そうだね、行こう』
美しい少年ハクに手を引かれ、私は木漏れ日が差し込む明るい森を歩く。
今度は、どの空間に繋がるのだろう?
森を抜けると湖があり、水上に古めかしい神殿があった。
『ローズ、僕の城へようこそ、歓迎するよ』
「ハク、刀剣が助けてくれるって聞いたのだけど、本当?」
『助けると言うより、真実を告げるだけだよ』
「ハク、貴方は召喚魔導書そのものなの?」
『そうだよ、今は魔導書と刀剣に分かれているけど同じだよ』
「ハクを創造したのは、この国の人?」
『ローズは神とか信じないの?』
「信じないわけでないけど、魔導書という形態を取るのは人の発想だから……」
『僕達は、違う時間軸から来た』
「僕達?」
『時見の書は知っているよね、あと筆頭魔術師就任の書』
筆頭魔術師就任の書ねぇ~、そんな物もあるのね。
「そう、仲間だったの……」
『そう、時見の書・就任の書・召喚の書と以前は呼ばれていた。
時見の書は王家のため、就任の書はラナのため、召喚の書は召喚された者のためという役割もあってね──』
ここで、また新しい知識はやめて欲しい。
『わかった、ローズの質問に答えるよ』
あっ、気を使ってくれている? ごめんね、ありがとう。
ハクが、少し笑った。
国王陛下から召喚に関して説明を受けても、ずっと色々な事が曖昧だった。
しかも、刀剣がここまで擬人化しているなんて……余計に混乱する。
「ハク、召喚の目的を知っていながら、なぜ召喚に応じたの? 自殺行為だよね」
『随分前に、時見の書・就任の書・召喚の書を手にして、違う時間軸からこの時間軸に逃げてきた一族があってね。この地に住む場所や食料をもらうために魔導書をこの国の人に渡したんだ。
それがいつだったか、なぜ逃げてきたのかも、我々はもう忘れてしまった……』
「その一族の末裔が、今の国王陛下なの?」
『違う、100年も経たずしてその一族の血は途絶えた。三書を渡した相手がフォンテ王家だよっ』
「そう……寂しい?」
『寂しくはない』
ハクが、辛そうに言った。
「この世界でハクは幸せじゃなかったの?」
『多くの召喚に関わった者の涙と後悔を見てきた。恨みや憎しみを買うばかりだった、もう終わらせたい』
召喚された方は悲喜交交だけど、召喚に成功した方は幸せなのでは?
宝くじの高額当選者が幸せとは限らない的な事かしら?
『宝くじって、なに?』
「ハク、私の意識をつかめるなら会話は不要では?」
『全ては解らない、だから話したかった』
「ハク、どうして召喚直後に私に話しかけてくれなかったの?」
『僕の声が届く条件として、ローズの本当の名前とローズの迷いが必要だった』
「名前は……、迷いはあったはずよ」
『いや、ローズに迷いは無かった。現状と死を受け入れて生きている』
「迷子のような気分で泣いたこともあったじゃない、それに人はいつか死ぬのよ」
『いつも召喚術式の展開者が側にいた』
そうだった、いつも「ローズ」って呼んでくれる人がいた。
『ローズは今も……命に関わる話をしない』
命に関わる話って何?
『元の世界に戻れないことに安心している、吸入薬の複製は上手くいかないと予想している』
やはり、吸入薬の複製は無理なのね。
『あっ……、いや、ローズ、違う……今のままでは……というか…………』
慌てて取り繕うハクが可愛い。
ふふっと笑いながら、私の頭は冴え始めた。
そう、ずっと頭の中で考えないようにしていたシナリオがある。
刀剣の力で、私が延命する方法だ。
それはランカスター卿の話にもあった悪手だ。
私は、国王陛下やセスにその悪手を選ばないで欲しいと願っている。
私は、私の生き方を不確かなものには頼らない。
「ハク! 私は望まない」
『ローズ、僕は僕自身を終わらせるために、この召喚に応じた。でも、やはり……この先を知りたいと思う事もある。そして、ローズを見ていてローズを助けられるなら──』
「ハク、やめて! 私が望むのは、穏やかな最期だよ」
人懐こいハクの表情が寂しそうな表情に変わった。
『ローズ、よくわかった……もう言わない』
「ハク、私の望みは、ハクには申し訳ないけど……。
あの二人が、召喚の目的を果たし、セスが筆頭魔術師に就任する。
私は、長くても短くても穏やかに生きて終わる事なの」
『ローズは、ブレないね。強いね』
「私は、強くない。もう病苦から逃げたい、もう許して欲しいだけだよ」
いくら今をしのいでも、かならず難病が出てくるはず。
長患いは、本当に疲弊する。家族に一番に気を遣い、周囲にお礼を言い続け、治療で嫌な思いも多い。身体的・精神的・経済的にボロボロになる。
仮に刀剣の力で喘息が治ったと言われても、苦しい喘息発作の恐怖は忘れられない。本当に治っているの? と疑問を持ち続ける。
風邪を引こうものなら真剣に怯えるだろう。ここには、抗生物質もステロイド薬も救急車も酸素吸入器もない。
今のような穏やかな生活は……セスの献身によるところが大きい。
そして……その結果、セスがまだ目覚めない。




