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ヒースに手を引かれサロンダイニングに着いた時、後ろから声がした。
「ココ、大丈夫か?」
「大丈夫でございます」
「昼食をしながら話がしたい」
私は、頷いた。
席に着き、綺麗なお皿が次々と運ばれる。
少しずつ食べようとした……。
「ココ、今日一日は安静にして欲しい、ただ午後からはラムセスの側で過ごして欲しい。
まず、ラムセスの今の状態だが……。
昨日、ココが攻撃されたことで、ラムセスはその痛みを共有した。その状態で中和魔法と回復魔法と防衛・攻撃魔法を展開し、外傷を負い出血に至った。
ラムセスは、魔力と血液を大量に失った。以前のラムセスならば瀕死の状態でも一晩で回復していたが、今回は様子が違う」
昨夜、聞いてしまった内容とほぼ同じだ。
「推測なのだが、ラムセスがココの存在を無意識で探し空気洗浄術を展開している、そのため魔力放出が続き回復に支障が出ていると考えられる。
今朝、洗浄術を解くようラムセスに話しかけたが、かえって魔力放出が増した……」
このバングルも空気清浄機だったはず、異世界は理解不能だ。それに……。
「話しかける? 一度、セス様の意識が戻ったのですか?」
「いや、違う。ラナの称号を持つ魔術師は、眠っていても浅い意識状態の時は、こちらの声を拾える」
浅い意識? どうやって判断するの? 異世界だわっ。
「ヒースが言うように、ラムセスの洗浄術を解かせるより、ラムセスとココの距離を近づければ、ラムセスの負担が減り回復が早まると思われる。この後、ココにはラムセスの部屋で静かに過ごし欲しい」
「はい、わかりました」
昼食後のお茶のあと、ヒースに手を取られセスが眠る部屋へ行った。
セスの寝顔を初めて見た。
彫刻のよう、ずっと眠っていなかったなんて……。
私にいつも綺麗な空気を供給してくれる「いつも」って召喚直後から24時間にわたってだったのね。
分担して国王陛下が適合や喘息について調べていたのにも驚いた。でも……国王陛下とセスは、喘息の資料がないこの国でどうやって調べていたの?
紅茶の淹れ方や、バレエについて……どうしてセスはそんな事をしていたの?
セスがマグカップに淹れてくれる紅茶は、確かに美味しかった。でもセスは上演中のバレエを観ていなかったような……。
いつも私の知らないところで……。
どうして? 言ってくれないの?
「頼んでない、やめて!」なんて言わないのに。
「ありがとう」と言ったのに。
せめて私との共有による負荷を減らしたい。
私はセスの綺麗な寝顔を覗き込んだ。
ねぇ、セス起きて。ローズって呼んで、いつもの優しい笑顔をみせて。
「セス様?」
※
どれぐらい眠っただろうか?
また意識が浮上した、浅い睡眠に戻った。まだ体が重く、動けない。声も出せない、目も開けられない。
ローズの気配がする、これは夢か?
『セス様?』
ローズの声が聞こえる。
午後になったのか? ローズが来ているのに起きられないのか私は……。
ローズ、安静にしていなくて良いの?
ローズ、お昼はちゃんと食べた?
ローズ、お茶菓子もしっかりと食べた?
弱っているローズにご飯を食べさせてあげたい。
ローズに中和処置と回復魔法をしなくては……。
カチカチ カチカチ
ローズがバングルを触っている。
ローズ、もう一度、僕の名前を呼んで……。
『マイ・レディ。先ほどから何を?』
『ヒース、御守りをセス様に返した方が良いのでは?』
『マイ・レディ。おやめください』
カチカチ カチカチ
『あれ? はずれない?』
ローズ、バングルを何故、はずそうとする……。
『今は本来あるべきところに御守りを返した方が良いと思うの……』
『マイ・レディ、今だけはおやめください』
そうだ、やめてくれ……。夢の中でもそんなことをしないでくれ、はずれないように魔力を使いたいが、まだそこまで回復していない。
身体が重い、声が出ない。
カチカチ カチカチ
「あれ?」
ローズ、やめ……やめてくれ!
グッと夢の中のローズの手首を力いっぱい掴んだ。
「きゃっ!」
私はローズの小さな悲鳴を聞いた。
可愛い悲鳴でもダメだ、バングルをはずさないでくれ。私は、まだ君から拒絶の言葉を受けていない。
「ローズ、それは結婚を申し込んだ証のバングルだ、私を嫌っていないのなら……はずさないでくれ……」
言葉は口の中で空回りして、音にならない……。
「あっ、セス様。気がつかれましたね。人を呼びます、手を放して──」
頭が痛む、やめてくれ夢の中なのに、私から離れないでくれ。
君さえいれば……、人なんて呼ばないでくれ。
掴んだローズの腕を引き寄せた。寝台に横たわる私を覗き込んでいたローズはバランスを崩し、私の身体の上に倒れ込んだ。
ローズが離れないように、人を呼ばないように、ローズの頭に手を添えて髪に指を絡め、ローズの口を自分の唇で塞いだ。
「……ぅっ……ぁ……」
ローズから、吐息が漏れ、力が抜けた。
あ~、ローズの熱を感じる。
夢に君がいるだけで、こんなにも僕の身体が軽くなる。
ローズ、このままずっと僕の胸の上にいて。
私は、この夢が覚めないようにと願った。
ローズの身体に腕を巻き付けてローズの唇を堪能する。
目が覚めたら、ローズに中和処置と回復魔法をしなくては……。
そう、こんな風に……。私はローズの唇をより強く求めながら、ローズを撫でまわした。なんて甘美な夢なんだ。
その時、誰かによって回復魔法と睡眠術が私に施された。
やめてくれっ、また深い睡眠に入る必要も、目覚める必要もない。
もう少しだけ夢の中でローズの熱だけを分けてもらいたい、やめてくれ~。
私の体内で魔力が、一斉に循環を始めた。私は、深い睡眠に支配された。
どれぐらい経っただろうか、私は目覚めた。
「ラムセス、やっと気づいたか」
「陛下、ローズは? ローズは、無事ですか?」
「ああ、無事だ。残骸も全て消えた。でも、部屋に籠ってしまったぞ」
「えっ、ローズに何があったのですか?」
陛下は大きな溜め息をついた。
「……ラムセス、幸せな夢を見なかったか?」
ああ、幸せな甘い熱で包まれるような夢だった。夢を良いことにローズの唇をむさぼり、強く……途中から熱情的な感覚に襲われた。思い出すだけで身体が熱くなる。
「ラムセス、意識を取り戻して間もないが、早い方が良いと思うから言っておく。
ラムセスが顔を赤らめるような幸せな夢は、夢ではない。意識が薄らいでいたとはいえ、ココに無体な真似を……」
「えっ、陛下? ……まさか! ……えっ、あれは……」
自分の身体が発火するほどの熱に襲われた。
「そんなに赤くなって……冷徹なラムセスはどうした? とにかくもう少し休め」
「陛下、ローズは?」
「知らん、しばらくは会えないと思えっ」
「陛下、ローズにすぐ会わせてください」
「もう少し、休めっ」
すぐにローズに会わなくては……。
陛下が睡眠術を展開し、弱っていた私は再び深い眠りについてしまった。




