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「お嬢様?」
「サリ、少し横になります」
そう言って、私はブランケットに潜った。
私の思考のキャパを越えた、もう無理、何をどうしたらいいか分からない。
離れないと約束したセスがいない。もう無理だよ、私。
全部夢ならいいのに。
『本当に、そう思う?』
「えっ?」
『ねぇ起きているよね、話そう』
不思議な声が聞こえる。
えっ……今度はなに? ごめん、今、私、本当に無理!
気のせい、気のせい、聞こえな~い。
『約束したよね。こっちで、少し話そう』
私は、ブランケットの中で静かに目を開けた。
細身の美しい少年が草原に立っていた。また、異空間のようだ。
「貴方は?」
『君が名前を付けてよ』
「えっ、あなた刀剣でしょ? あの綺麗な日本刀……」
鈍色の瞳と髪が印象的な、美しい少年だ。
『驚かないとはねぇ、説明が省けてよかった。ちなみに今は、太刀の姿ではないよ』
「そう、変幻自在なの?」
『ねえ、名前』
少年の姿から浮かんだのは「白銀」という文字だった。
シロだと犬みたいだし、シロガネは長いし、ハクかな?
『ハクだね。ローズ、僕はハクだ』
「…………」
なぜ、ローズと呼ぶ?
『あれ? 君はローズと呼んでくれる人がいなくて寂しかったのでは?』
そうだけど……なんか違う。
『違うと言われても……』
「言ってない!」
私の手を取ったハクが、草原の一角の花畑に向かって歩き出した。
私は何の抵抗もなく、美しい少年ハクに手を引かれて進んだ。
花畑の真ん中にティーテーブルがあった。
『そうだよ、またお茶だよ。座って』
ハクに思考を先回りされた。
久しぶりにアイスコーヒーでもと思っているうちに、アイスコーヒーがテーブルの上に現れた。プチガトー付きだ。
『ローズと話したかった。でも、君の意識が強すぎて……召喚の間では君の警戒心が強く、その後は他人の頭髪の心配ばかりしていたし……』
ふふ、そうなのよぉ~。
あれから二人の頭髪を確認するのが私の密かな日課だ、ふっと笑みが漏れた。
『やっと、笑ったね』
私は、アイスコーヒーを飲んでから尋ねた。
「ハク? ご用件は?」
『ローズは、冷たいなぁ~。
今日はもう時間がないみたい。ローズ、またね』
「えっ、待って……」
ハクが、目を開けていられないほどの強い光を放った。
私は思わず目を閉じた、数秒してからそっと目を開いた。
「……マイ・レディ?」
「ヒース、どうしたの? 泣きそうな顔をして……」
「フォード卿が『ローズが消えてしまう』と意識が無いのに叫ばれましてマイ・レディの様子を確認したところ寝台にはいらっしゃらなくてお部屋にもいらっしゃらないため王宮中を──」
そういえば、ベッドにしては硬いし冷たい……。
私、パジャマにロングカーディガンを羽織って床の上で寝てた? ここどこ?
「──必死で捜索したところ召喚の間に通じる廊下に倒れられていて意識も曖昧で慌てて深層意識に私の魔術を展開したのですが届かず──」
ヒース、お願い! 息継ぎをして、ゆっくり話して……。
深層意識にどうとか? なんかサラリと凄いことを言った?
バタバタと、人が近寄る気配がした。
「ココ!! 無事か?」
「陛下、こちらに倒れておりました。意識も曖昧で……」
「わかった、ひとまず部屋へ運ぼう」
国王陛下に抱き上げられた私は、白い自室に運ばれた。
「サリは?」
「ココの専属のサリは、体調を崩して別室で休んでいる」
「そうでしたか、ごめんなさい」
「ココ、何があった?」
何だか現実味がない、さっきのお茶会と美しい刀剣君……。
あれ? ハクの声と顔が記憶から薄れていく。夢だったの?
「ベッドのブランケットに潜って、気付いたらヒースが泣きそうな顔で……」
「そうか、怪我や攻撃を受けていないか確認させてくれ」
私は金色の魔法陣に包まれた。
「ココ、大丈夫だ。昨日の攻撃魔法の残骸が少し残っているだけだ──」
「陛下に申し上げます、フォード卿が持ち直しました」
「そうかっ!!」
側近の報告に国王陛下とヒースは、喜んだ。
セスは、そんなに悪いの?
「陛下、おそらくフォード卿とマイ・レディの距離を近づけるだけでも、フォード卿の回復は早まると思われます」
「ヒース少し時間をくれ、医師と魔術師に確認する」
「かしこまりました」
「ココ、朝食を用意した。少しでも何か口にしてくれ……」
「はい」
ヒースを残し、陛下は退室した。
朝食? 時計を見た。私が、ブランケットに潜ってからほとんど時間が経っていなかった。ハクは夢?
「マイ・レディ、朝食を」
「ヒースも食事と睡眠を取ってくださいね」
国王陛下とヒースはいつ寝ているの?
セスの二の舞は、やめてぇ~!
私は、自室のダイニングテーブルで朝食を軽く取った。
一人の朝食は、食器の音だけで静かに過ぎていった。
朝食後、私はまた眠らされた。
睡眠術といっても、人によって違う。
国王陛下のそれは、一瞬で眠りに落ちる。
ヒースのそれは、ゆっくりと静かに眠りに落ちる。
ゆっくりと薄れゆく意識の中で、私は二人の睡眠術の違いを考察した。
※
『ラムセス、聞こえているだろ、そのままで聞いてくれ』
陛下の声が聞こえる、浅い意識に話しかけてくれている。
やはり、陛下は無事だったか……。
ローズは? ローズは戻ったのか?
『ココは、無事に戻った、安心してくれ。
ココの体調に問題はない、昨日の攻撃魔法の残骸が残っているが、ヒースが付いている』
ローズはちゃんと食事したのだろうか?
『今、ココは朝食を取っている』
ローズの歯磨きをしてあげたいなぁ~。
『朝食後、ヒースが軽い睡眠術をもう一度ココにかける予定だ。午後にはこの部屋に来られるだろう』
そうか、そこまで回復したのか、良かった。
『ラムセスが倒れた時、必死で手当てするココの姿は美しかったぞ。ラムセスの血を浴びながらも取り乱さず、その止血方法は医師が褒めるほどだ』
ローズは、また涙を堪えてしまったのか?
ローズは、陛下の知っている強いココではない、繊細な15歳の少女だ。
『ラムセス、ココの周囲の空気洗浄術を解け、ヒースと私で責任を持つ。今は回復に専念してくれ、いつまでココを一人にする気だ?』
ローズ、君に会いたい、君の声を聞きたい。
まだ、声を出せない、目を開けられない。
陛下、もう少し待ってください。それまでローズをお願いします。
ローズ、君の側にいられない私を許してくれ、だからせめて君の側の空気に私の思いを託そう。
『ラムセス、解くのだ。ココのまわりの洗浄術を解け! ラムセス──』
私の意識は深いところに落ちていった。
※
朝食後、ヒースによって眠らされた私は、お昼前に目が覚めた。
睡眠術の効果は、三時間なのかな?
「レディ・カグヤ、お召し物はいかがなさいますか?」
「ミヤに全てお任せします」
「かしこまりました」
ダークブラウン色のステッチとボタンが目を引く、ミルク色のスエード素材のミモレ丈シャツワンピースを着た。ダブルカフスの長袖が新鮮だった。
ウエストを共ベルトでキュッと絞り、髪飾りもミュールもワンピースとお揃いのスエードを使ったものだった。また、色々と増えてる?
サリは大丈夫かな?
セスの事は泣いてしまいそうで聞けない。
私は、いつも最悪のシナリオを考えて生きていた。
今は、怖くて何も考えられない。
セスにとっての最悪のシナリオが怖い。
いつから、私はこんなにも弱くなってしまったのだろう……。
「マイ・レディ、昼食は陛下と一緒にお取りください。その際に説明があると思いますが、午後はフォード卿が眠っている部屋でお過しいただけますか?」
「はい。……ヒース、セス様は大丈夫なの?」
「はい、陛下からの説明をお待ちください。サロンダイニングに参りましょう」
ヒースが、手を差し出した。
私は、ヒースの手を取った。
この世界では、女性は一人で歩かないの? 一人で歩かせないの?
この世界では、女性は扉を開けたり、椅子を引いたりしないの?
それは……女性に何もさせないという事、女性に考えさせないという事?
だったら、もう色々と考えるのをやめようかな?
それって……考える自由と権利を自ら放棄するということか……。
考えを止めてはいけない、怖くても、辛くても、少しずつ考えよう。
そして、辛くても食事をちゃんと取ろう。




