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「ヨハンやサリは、怪我は無いの?」
「はい、大丈夫でございます。今、ヨハン様は旦那様に付いております」
「それなら安心ね」
「サリ、着替えさせてくれてありがとう、あのドレス大変だったでしょう?」
「お嬢様、今はそんな事は……」
「ねぇサリ、私はどれぐらい眠っていたの?」
「三時間ぐらいでございます」
「セス様、大丈夫かな?」
「大丈夫でございます」
「そう、良かった……」
「カーテンコールが無くなって演者さん寂しかったかな?」
「お嬢様、今はご自身の事を……」
「マイ・レディ。お許しください」
ヒースが綺麗な魔法陣を描いた、また眠らされちゃうの?
薄れる意識の中でヒースとサリの会話が聞こえた。
「ヒース様、お嬢様は大丈夫でしょうか?」
「大丈夫です。フォード卿が命懸けで守られましたから」
「お嬢様の診察は?」
「この状態でも診察はできます。少しでも眠っていただいて回復速度をあげましょう。マイ・レディには、まだ安静が必要です」
「旦那様は、大丈夫でしょうか?」
「意識が戻るまでは何とも……」
「そんなっ……」
サリガ泣いている、これは現実? 夢? 意識が薄れていく……。
『ねぇねぇ、起きて!』
「もう朝なの?」
『違う、話そうよ』
「私は今寝ておりますので、後ほど」
『じゃあ、あとでねっ約束だよ』
ハッとして私は飛び起きた、時計を見る。
あれ? 朝でもない、喘息発作でもない、深夜に目が覚めるなんて……。
私は、サイドテーブルの水差しの水を静かに飲んだ。
私はベッドから出てみた、ふらつくが歩けた。
寝室のソファーでうたた寝しているサリにストールをかけた。
リビングに人の気配がする。こんな深夜に……?
私は、リビングに続く扉に近寄った。あっ、誰か来た。
「陛下、こんな時間にいかがなさいましたか?」
「ヒース、起きていたのか、ココは?」
「眠っております、サリ殿が付いております」
「そうか……」
「陛下、ご体調は?」
「ココが受けた攻撃魔法をラムセスがすぐ中和したから、私はもう大丈夫だ」
「フォード卿のご容態は?」
「ああ、今までになく回復が遅い、出血は止まったが、魔力の放出が止まらない。
ヒース、ラムセスがそうなる原因に心当たりは?」
「フォード卿は、睡眠を取られていません」
「どういうことだ!」
「フォード卿は、日中はマイ・レディと過ごしています。マイ・レディがお休みになられると、書類仕事、適合の事、気管支喘息の事等を調べていらっしゃいました。時には、マイ・レディのために紅茶の淹れ方を習い、オペラ・バレエについても調べていらっしゃいました」
「どうしてだ? 少なくとも適合と喘息については、私が責任を持って調べると伝えてあったではないか……、ラムセスは何故そんな無理をした!」
「フォード卿は本当にマイ・レディを大事にしています、溺愛が過ぎます。自分の時間や体力はもとより、その生命を使う事になんの躊躇いも見られません。
そのうえ24時間、マイ・レディの周囲の空気に洗浄術をかけ続けています、今も無意識で展開しています」
「今もって、どういうことだ。いつからだ?」
「召喚後に陛下の側近として、フォード邸を訪れた時にはもう」
「召喚直後からか……」
「マイ・レディが気管支喘息とわかってからは、出力を上げていらっしゃいました」
「そうか……」
「私がエティエンヌ家の執事になった際に、フォード卿に空気洗浄術について教えを乞いました。その指導のための時間も快く割いてくださいました。
その甲斐あって、ここ数日は私が展開しておりました。しかし、外出時は私の洗浄術の上にフォード卿が何重にも空気洗浄術を展開しておりました」
「ラムセスは、その状態で戦っていたのか……」
「真っ白な真綿で包むような優しい術展開でした」
「ドレスがあったとはいえ、あれだけの攻撃を短時間で中和できたのも洗浄術が関係しているのか?」
「わかりませんが……。陛下、私がフォード卿の深層意識に、空気洗浄術だけでも止めるように干渉してみましょうか?」
「今は無理だ、あの状態で深層意識に干渉するのは危険だ。ラムセスが、もう少し回復したら頼む」
立ち聞きをしていた私は、呆然とした。思考もまとめられず、やがて強い倦怠感に襲われ扉から離れ、なんとかベッドに戻った。
サイドテーブルに置かれた水差しと吸入薬とバングルを眺めた。
私はバングルを手にして、今日の出来事を思い出した。
ドレスを着て、馬車に乗り、王宮に入り劇場へ、観衆の前に立った。色々な人達に悪意や敵意を向けられた。予定通りバレエ鑑賞し、カーテンコール直前に襲撃され、セスが負傷した。
そして今、立ち聞きしてしまった話……。
溺愛どころではない、献身が過ぎる。
私の心は、何かに囚われ意識は固まった。
「お嬢様、お嬢様……」
「ココ、どうした?」
「マイ・レディ?」
いつのまにか、皆が私のベッドに集まっている。
「ココ、ラムセスはまだ眠っているが、会いに行くか?」
「セス様……」
その言葉を口にして、固まった意識は少しほぐれ始めた。
国王陛下が、私の涙を拭いている。
ヒースが私の手を握っている。
「お嬢様、私がうたた寝してしまい、気付くとお嬢様は寝台に座られたまま涙を流されて……お声をかけても……」
「陛下、ひとまずマイ・レディの意識は大丈夫でございます」
「ココ、攻撃魔法の後遺症でココの意識は不安定だ。ヒースが、安定術を施した。船酔いのような感覚が残るが、時期に消える。
ココ、涙の原因は何だ?」
涙の原因?
「陛下、マイ・レディの意識がまた不安定に……」
「ココ、少し眠ってくれ」
金色の小さな魔法陣がキラッと輝いた。
私は、深い眠りについた。
「お嬢様、お目覚めください」
「レディ・カグヤ、吸入薬のお時間です」
……ん? 吸入薬の時間、それなに?
私は、目を開けた。朝のようだ。
「お嬢様、おはようございます」
「サリ、ミヤ、おはようございます」
サリが、吸入薬を差し出す。
吸入薬を使う、カウンターは残33。
「お嬢様、こちらで口をおすすぎください」
「サリ、洗面台まで行けます」
「いえ、こちらに。安静になさってください」
ここは集中治療室ですか?
でも、また迷惑をかけてもいけないから、水の入ったグラスを受取り、口をすすいで、サリの持つボウルを使った。
「サリ、セス様は?」
「お目覚めはまだのようでございます」
「そう……、私はいつまで安静が必要なの?」
「もう少ししたら、ヒース様が説明にまいります」
「そう……」
「旦那様がいらっしゃらないと、お寂しいですか?」
「そうね、寂しい……とても寂しい……」
そう答えた言葉は音にならなかった。
キラキラ笑顔で「おはよう」を言ってくれるセスがいない。
私を膝に乗せ、紅茶を飲ませようとするセスがいない。
私が甘える暇がないぐらいに、困惑するほどの優しさをくれるセスがいない。
ローズって優しく呼んでくれるセスがいない。
私の側にセスがいない。
深夜の涙の原因に気づいた。
寂しい! セスがいなくて、寂しい。
胸が苦しい、鼻の奥が痛い、目頭が熱い。
昨夜の立ち聞いた内容を思い出した。
困惑、感謝、後悔、納得、……色々な思いが浮かんでくる。
ダメだ、また泣いてしまう。




