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馬車の中でも誰が私のエスコートをするかで揉めていたけど……。
そういう事だったの? 王妃候補ねぇ~、まぁ、大変。
大変と言えば、私は二人の頭髪を見た。ふさふさだ、ホッ。
「ローズ、手を」
えっ……? 私は、ヨハンとヒースを見た、頷いている。
国王陛下も苦笑しながら頷いた。
私は静かに口角を上げてセスの手を取った。
国王陛下が私達を手招きし、劇場正面扉前に三人が横並びになった。
視界を占める劇場前広場の大観衆から歓声が上がった。
壮観な景色を前にし、私は穏やかな生活とは正反対の場所にいることを悟った。
私はこの国のトップレディになっている!
そうか爵位授与後の違和感、外堀は完全に埋まっていたのね。
国王陛下に妻はいない、先王の妻もいない。
王家の姫たちを記憶の中で探すが、いない。
公爵位を持つ女性は、私だけだ。気づくのが遅すぎた。
国王陛下に続いて、セスにエスコートされ王立劇場内の王家控室に入った。
国王陛下が、アンジュ王女殿下について説明している。
ミランダ国内での酷い行いが度重なり、アンジュ王女殿下はすでに王籍を剥奪され裁判中だった。納得いかないアンジュはフォンテ国王妃になれば元通りになると思い込み、国の管理下から逃亡を図り指名手配されていた。身柄を確保した際は、隣国へ送還する段取りで話がついたと、事件中に連絡が入ったらしい。
それにしても凄い歓声だった、耳がまだ変だ。
「あの距離まで接近できたということは、協力者がいるということです」
「ああ、ラムセスのいう通りだ、気を抜くな」
「ははっ」
私は、広い控室で豪華な椅子に座り美しい室内を眺めながら、ボヤボヤする耳で国王陛下とセスと近衛の偉い人達の会話をなんとなく聞いていた。
持て余す自分の立場を考えないように、今日のバレエに思いを馳せていた時だった、私の背後から悪意の込められた太い声が響いた。
「おい女、動くなっ!」
えっ? そう思うと同時に私の首に冷たい硬い感触が……首に刃物を突きつけられたようだ。
「ココに何をするっ!!」
「ローズっ!」
「お嬢様ぁ~」
国王陛下とセスが大声を上げた。サリは悲鳴に近かった。
何だか、セスの周りにいくつもの魔法陣がキラキラしはじめた。綺麗だ。
「うるさい、静かにしろ。変な事をするなっ、この女のせいでアンジュ王女殿下がどれほど泣かされたかを俺は知っているぞっ」
いやいや泣かしてないし、何を知っているの?
アンジュって可愛い名前よね、なのに残念な方よねぇ~。また、現実逃避が始まった、私は脈絡の無い事を考え始めた。
「目的は何だ、ローズを離せっ!」
「アンジュ様を開放しろ、逃走資金を用意しろ、そうしたら離してやる」
う~ん、私、やはり人質になっている?
単独犯なら時間の問題だろう、解決まで静かにしていよう……本当に単独?
近衛兵と王宮魔術師が、私達を囲んでいる。サーベルと魔法陣が光っている。
各魔術師の髪や目の色と同色系の魔法陣が展開している。
ヒースが斜め後ろで白色と水色の魔法陣をキラキラさせているのを視界の端に捉えた。
寒い、なんだか冷えてきた。
「ルイス、やめろっ!!」
「隊長、これは正義です」
へぇ~、犯人は現職近衛兵か、刃物を持って何が正義だ、最低だねっ。
国王陛下の魔法陣も綺麗で複雑な魔法陣だ。異世界だなぁ~。
陛下の横のブルネットの髪の人は魔術を展開していない、サーベルを抜いていないから魔術師だよね。透明の魔法陣かな?
「早く用意しろっ!」
ナイフの位置が首から肩に動いた。
なんだか、膠着状態……? 緊張が続いて咳が出たら肩から流血なの?
このドレス、防護魔法が付与されていたよね。
「国王陛下、セス様。こんな交渉に応じないでください」
「女、黙れ!」
「ローズ、今は黙ってくれ」
私は、予定どおりバレエを楽しみたい。
もし私が怪我をしても治癒魔法で治してくれるのよね?
決めたっ! 喘息発作が出る前に終わらせよう。
私は、最上級の笑顔で挑発の言葉を吐いた。
「拘束されるアンジュ王女殿下をあの場で見捨て、今になって私に刃物を向ける近衛兵くずれが正義を語るなんて……くすっ」
「何だ、こいつっ!」
「ローズ!」
ルイスと呼ばれた男は、激情のままナイフを振り上げた。
その瞬間、セスの氷攻撃魔法が放たれた。
ルイスの右肩からナイフまでが凍結し、その身体は床にたたきつけられ唸り声を上げた。飛びかかった近衛兵によって、刃物男は一瞬で捕縛された。
「ナイフを振り上げるなんて愚かね、そのままナイフをグッと押し付けるべきだったのよ、荒事に慣れてないというか無計画というか稚拙ね。近衛隊にも迷惑かけて何がしたかったの?」
なんだか私、アドレナリンが出てハイになっているのかしら?
犯人に向かって変な事を言っている、止まらない……。
「ローズ!」
私はセスに抱きしめられた。うっ、苦しい。あ~セスの鼓動だ、落ち着く。
「ラムセス、ココが窒息する。ココ大丈夫か、怪我は?」
「ローズ、怪我の確認をするから少し動かないで」
セスは私の頭の上から手をかざして何かを確認している。
あっ、サリが泣き崩れている。ヨハンがついているから大丈夫かぁ。
「ヒースは? 無事なの……」
「ココ、ヒースは無事だ。今はラムセスの言う通りに」
控室は、大変な騒ぎだ。バタバタと近衛兵が出入りしている。
ヒースは、引き続き私の背面を守ってくれていた。
※
私は、慎重にローズに傷が無い事を確認する。
このまま、白い布に包んで家に連れ帰りたい。
「ラムセスどうだ?」
「はい、もう少しです」
「ココ、大丈夫か? ラムセスから離れるな。近衛隊長、報告を」
「陛下に申し上げます──」
陛下は、事件の収集に向けて指示を出し始めた。
「セス様、魔法陣って綺麗ですね、透明で見えない魔法陣もあるのですか?」
「魔法陣は、攻撃対象と真横からは見えない時もある」
「えっ、それって──」
ローズは、事件後の興奮状態が抜けず話を続けようとする。
私は、ローズの首にナイフを向けられた時の場面が頭から離れない。
「ローズっ! なぜ犯人を煽るような危ないことをした!」
ローズは、私の声に驚きの表情を浮かべた。
ローズに外傷はない、攻撃魔法の痕跡も無かった。
「陛下、ローズは無事です」
陛下は、軽く頷いた。
「ローズ、良かった。身体は何ともないよ」
「……セス様。
私、海外のプロファイリング系刑事ドラマをよく見ていて……、近衛所属の単独犯で感情的だから揺さぶれば隙ができて、必ずそのタイミングで誰かが助けてくれるって思って……」
ローズはナイフを突きつけられながら、瞬時にそこまで読み切っていたのか?
犯人を煽る言葉を吐きながら、ローズが浮かべたあの笑顔、ゾクッとして痺れそうだった、美しすぎだ。それにしてもローズの言動は危険極まりない。
「ローズ、お願いだ、もう二度と自らその身を危険にさらさないでくれ」
「軽率でした……ごめんなさい……」
小さい声でそう言ったローズは、その場で俯いてしまった。
「ローズ、大きい声を出してごめんね」
「…………」
ローズが私の袖口を掴んだ、ローズが震えている。
「ローズ! 具合が悪いの?」
「……こ、怖かった……」
怖さを紛らわせるために、あんなに話し続けていたのか?
私は、壊れ物を扱うようにローズを腕の中におさめた。
少し前まであんなに気丈だったのに……小さい肩が震えている。
こんな細い首や肩にナイフを当てられて、さぞ怖かっただろう。
「ローズ、怖かったね。私も怖かった、もう大丈夫だから」
「…………」
ローズの髪を撫でた、震えが伝わってくる。
「ローズ、一度息を吐いて静かに……そう……静かに息を吸って……。
ローズもう大丈夫だからね」
「……はい」
息を整えるとローズが少し落ち着きをみせた。




