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セスの膝の上に乗せられて、セスからの鼻すりすり……。
俯瞰して考えると今のこの状態、甘々。恥ずかしい。
まず鼻すりすりを止めさせて、膝から降りなくては……。
「セス様、この前の黒いドレスではダメですか?」
「ローズ、あのドレスは私と二人で過す時だけにして欲しい」
「プレデビューで来たドレスではダメですか?」
「あれも素敵だけど、今度はローズの身分も考えて前回よりも豪華にしたい」
男子も幼い頃にお人形遊びをした方が良いと思う。
大人が、生きた私で着せ替えを楽しまないで欲しい。
「ローズはどんなイメージにしたい?」
「楽日ですよね、初日よりは軽快な感じが良いかと」
「そういうものなの?」
「ただ天覧となると私には分からなくて……」
私はセスの膝から降りたい、開放して欲しい。
笑顔のセスと息がかかる距離で話すのにも限界を感じる。
「旦那様、陛下からの信書です。お嬢様には贈り物が届いております」
ヨハンの言葉で、私はセスの膝と腕から解放された。
信書を読んでセスの顔が曇った。
ん? と思っていたら、部屋中に小さい歓声とため息が漏れた。
私に贈られた数々の箱をメイド達が開封し始めていた。
小さい箱を開けると金色のバラが敷き詰められその下にアクセサリーを収めた箱があった。
次々に箱を開くとまず金色のバラが目に飛び込んでくる、その下からドレス・靴・バッグ・扇子と続く。
梱包・クッション材に金色のバラの造花を使うなんて……、国王陛下って乙女な部分があるのね、意外。
大人になっても梱包材のプチプチを潰して遊んでいた私としては、このバラも何かに使ってから……。
「あの、その綺麗なバラを捨てないでください」
「捨てるなんて!
お嬢様、ご安心ください、私の責任で管理致します。
サリ、手伝ってください。サリ以外は少し離れて……」
「「かしこまりまた」」
ヨハンにしては、早口だった。
「ヨハン、私が扱おう」
「旦那様、お願いいたします」
いやっ、なにもそこまで……。
セスが、金色のバラを箱から一つずつ取り出し、ヨハンが持つシルバートレイの上に丁寧に並べている。
綺麗だ、生花より潤い輝いて見える。
大小様々、全てのバラが取り出された。
シルバートレイの上に盛られた金色のバラを私に見せながら、セスが言った。
「はい、ローズ。これは陛下からの最上級の贈り物だよ」
「最上級?」
「あとで説明するね、まずはドレス姿を見せてもらえるかな?」
「はい」
セスをはじめ男性陣は部屋から出て行った。
ドレスは、フリル・リボン・レースといった装飾は一切なく。
一見モスグリーン色だが、光の加減で偏光し山吹茶色にも見える光沢あるシルクタフタ素材のドレスだった。
シルエットが圧巻だった。
夜会でもないのに、襟や肩紐すらないビスチェドレス、上半身の布の分量の少なさに反して腰から下は後ろに大きく膨らむドレス、ボリューミーだ。
このドレス、かなり恥ずかしいなぁ……。
ビスチェだから通す袖も無い、ベールも無いのに背骨をこんなに見せてどうするの? 何でも包む文化の日本人としては、これは羞恥心を育てる? 削る? 何の修行だろうか?
「お嬢様、素敵ですよ。旦那様をお呼びして」
えっ、待って……サリって何でも似合うというタイプだったの?
*
ローズのドレス合わせの間、私はヒースと共に執務室に向かった。
「騎士服帯剣命令だ、ヒースもこれを読むようにとのことだ」
私は、陛下からの信書をヒースに渡した。
「ミランダ国アンジェ第一王女殿下が、内密に入国……?」
「ああ、アンジュ王女殿下はローズを害そうと寝室に魔毒を仕込んだ真犯人だ」
「目的は?」
「陛下との縁組なら公式に入国するはずだ。内密となると狙いは、ローズかもしれない」
「マイ・レディが!?」
「おそらく、近日中に必ず仕掛けてくるはずだ……」
妙なのは、王女殿下自らが動いていることだ。
陛下は、前回同様に公式ルートでミランダ国に第一王女殿下の身柄についての確認を入れているだろう。
「明日・明後日の外出はいかがなさいますか?」
「ああ、外出の際は騎士服帯剣が必要になる。ローズは怖がるだろう……」
召喚の間でローズは刀剣に近づくのを怖がった。鞘に納まった剣ならば大丈夫だろうか?
ラナにまで騎士服帯剣命令とは、陛下の本気度合いを感じる。
先日、公爵位のローズが貴族令嬢に傷つけられた事、魔毒を仕掛けられた事、そのいずれもが王宮で起こった事に陛下は甚くご立腹だということだ。
陛下の内に秘めた激しい一面だ。
「フォード卿、公爵であるマイ・レディにも帯剣の必要があるのでは?」
「ああ、ローズにはその代わりに陛下からのドレスを着用する条件が出ている」
「先ほどのドレスですか?」
「ああ、あれは王家のドレスだ。正確には、ドレスと一緒に贈られた金色のバラ飾りが重要だ。
金色のバラ飾りを身につけたローズを傷つける者がいたら、相手が誰であっても、その場で剣を振れという意味だ。金色のバラ飾りは、王配・王妃・王太子妃等の候補・内定者に贈られ準王族を意味する。私よりローズの扱いは上だ」
「では、マイ・レディは王妃候補という位置づけに?」
「陛下にそのつもりが無くても、周囲はそう思うだろう。内外ともにローズを害そうとする者への陛下からの強い牽制だろう。だが……」
ある意味、ローズを囮にするようなものだ。
ローズに選ばせるべきか? 帯剣かバラ飾りか?
反体制過激派の残党も気になる動きをみせている。
目立つところにローズを連れ出すのは……。
結論を出せないうちに、ローズの着替えが終わったと連絡が来た。
コンコンコン
「ローズ?」
「セス様……どうですか?」
うっ、美しい……。眩しいぐらいだ。それに可愛い。
可愛いと美しいが両立するなんて……。
「旦那様、いかがですか? お嬢様は、これだけの分量のドレスを見事に着こなしていらっしゃいますよ」
「ああ……」
ローズ美しいよっ、だけど……。
私は、自分の上着を脱いですぐローズに羽織らせた。
あ~、正気を失わずに済んで良かった。
こんなにも肩や背中を露出した妖艶で魅惑的なドレスはダメだ。
今回、劇場は諦めてもらおう。
私は、全てをローズに話すことにした。
王宮のローズの寝室に、深夜魔毒を仕掛けた真犯人である隣国のアンジュ王女殿下が内密に入国し、狙いはローズかもしれないという事、バラ飾りの意味、反体制過激派が動き出す予兆がある事をローズが怯えないように、私は慎重に言葉を選び話した。
ローズの反応は、私の予想しないものだった。
「帯剣かこのドレスとバラ飾りですか?」
「ローズ、今回は出席を見合わせる?」
「セス様、私が帯剣する時は、コスプレ……じゃなくて、騎士服を着る必要がありますか?」
ローズ、どうしてそこに行きついたのだ?
ヒースもヨハンも驚き、サリに至っては目を輝かせて歌うように言った。
「お嬢様~! 帯剣なさる時は、やはり騎士服ですよぉ~~」
「サリ、私もそう思うのっ、少しでもオスカル様のように……魅力的よねぇ」
ローズは何を言っている、オスカルとは誰だ?
「お嬢様、乗馬服でしたらすぐにご用意できますが、騎士服となると旦那様の幼年期の礼服を手直しするのがよろしいかと」
「身長が高く見えるのはどちらですか?」
「そうですね──」
私の礼服をローズが着用してくれるのか……。
ダメだ、あの頃のものは中性的で、私ですら襲われた。ローズに着せるなんて危ない、サリ黙ってくれ! あ~、他のメイドまで……。
理解できない展開だが、ローズが怯えるよりはマシなのかもしれない?
それより、オスカルとは誰だ?
早急の課題は、とにかく今着ている陛下からのドレスもダメだということだ。
15歳のローズには、フェミニンな雰囲気が一番似合う。
「セス様、明日の飲茶カフェは騎士服帯剣という格好を試してみます。
劇場へは、少し……かなり恥ずかしいけど、このドレスとバラ飾りで……」
「ローズ、明日の飲茶カフェは延期しよう」
「はい……?」
「ローズ、劇場も延期、いや今回は見合わせよう」
「えっ……?」
「あと、オスカルとは誰だ?」
「オスカル様は、物語の中の男装の令嬢です」
そう言って恥ずかしそうに私の上着におさまっているローズが可愛い。
私は、また病気が進行したようだ。ローズがどんな格好をしても動悸が止まらない。
とにかく可愛いローズに、こんな妖艶なドレスはダメだ!




