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私は、ローズの腰に手をまわし、そっと引き寄せた。
「ローズ、もう少し休んだら買い物を続けよう。大丈夫だから」
「ありがとうございます」
「ヒースが待ちくたびれて心配しているかもしれない、戻れそうかな?」
「はい、セス様」
少し潤んだ赤い目で、寂しそうにローズは笑った。
ローズは発作が出ても隠し、気づかれないように吸入薬を使う。
発作を隠し切れない時、ローズは謝罪の言葉を口にする。
ローズが発作を起こすと、元の世界の人々はローズを責めたのか?
ローズは何に罪悪感をいだいているのだ?
その後、ローズはいつもと変わらない様子でお茶を続け、買い物を続け、急な雨の中を馬車でフォード邸に帰った。
馬車の中で、買ったオルゴールの音色を楽しむローズが可愛かった。
実は、全曲分のオルゴールを買った。ローズが目を止め、手にしたものを全て買った。
すでに屋敷には届いているはずだ、折を見てローズにあげよう。
ローズ、溺れるほどの愛を君に捧げるよう。
ローズ、僕のこの愛に気づいた時、君は笑ってくれるかな?
※
買い物を終えて、フォード邸に戻った。
フォード邸の空気は、私の喉に優しい。
いつもより少し遅い昼食が終わった。
セスが部屋まで送ってくれた。
ソファーに誘導され座るようにと軽くセスの手が肩に触れた。
「ローズ、明後日が花のワルツの最終日で、陛下から招待状が来ている」
「もう終わってしまうのですか?」
「ローズ、明日も観劇する?」
「また、連れて行っていただけるのですね。これからは、幕間でちゃんと吸入薬を使います」
「ローズ……」
「旦那様、戻りました」
「サリ、どうだった?」
「旦那様、間違いございません。お嬢様のお召しになったドレスの形、髪型、バッグを真似たご令嬢だらけでした。髪の色を黒色に変えるご令嬢も増えたとか……」
「サリ、何の話?」
「お嬢様のプレデビューは鮮烈で、多くのご令嬢がその真似をなさっているのです、それを確認してまいりました。次の観劇の日はお決まりですか?」
サリの目がキラリンとしている。
サリは、公休ではなかったの?
「そうか、そこまでだったか……。
サリ、新しいドレスは仕上がっているのか?」
「はい、二日前に最後の合わせを済ませ、多数仕上がっております。あえて、黒色を外しますか?」
「そうだな──」
うん? また私は置き去りになっているようだ。
お昼過ぎかぁ~、きっとドレス合わせがもう少ししたら始まるだろう。
今度は、ストレートラインがいいなぁ~。大人っぽくマーメードラインとかも着てみたい。でも、ロングドレスは裾を踏みそうだ……。天覧に合わせなくても、一人でコッソリとかは難しいのかしら?
この流れだと二日続けての劇場は無くなったかな、明日はゴロゴロできるかな?
あっ、万年筆。
「ヒース」
「はい、何でしょうか?」
「これ、今日のお礼というか記念に……」
「マイ・レディ。私にですか?」
「そう、ヒースへ。今日は本当にありがとうございました。また買い物に連れて行ってくださいね」
「もちろんでございます。この万年筆を大事に…致します……」
さむっ、寒い! 突然、背中に冷気を感じる。
「ヒース、なんだか急に寒くない?」
「……マイ・レディ……その、それは……」
まぁいいやっ。もう一つの箱を手にした。
「こちらは、セス様の分なの色違いなの、気に入っていただけるかな?」
「もちろんでございます、フォード卿は間違いなくお喜びになられます」
「普段使いにと、あえて高価なものではないのだけど……」
「すでに…お喜びかと……」
あっ冷気が引いた。何だったのかしら?
「ヒース、フォンテーヌのお向かいの行列ができていたのは何だったの?」
「開店したてのヤムチャカフェでございます」
「飲茶!」
「ローズ? どうしたの……」
「飲茶カフェ! 行きたい。ヒース、フォンテーヌには入っていないの?」
「高級路線で来月出店予定です」
来月まで待とう。
まず、大根餅・焼売・餃子・叉焼まん・レタス炒飯、プーアール茶で油を流して……。あとは、胡麻団子・エッグタルト、高山烏龍茶とかあるのかしら?
「ローズっ」
「あっ、セス様?」
「ローズ、飲茶カフェに行きたいの?」
「はい、そのうち」
「今すぐ行く? やはり、この国の食事は合わない?」
えっ、なんで?
あっ……、私の少食は生まれつきです。
「飲茶は私の住んでいたお隣の国の食の一つで、それで……」
「それで?」
「少し懐かしくなっただけです、すぐ行きたいわけでは」
「他にはどんな料理が懐かしい?」
「香辛料を使ったピリ辛料理とか、逆に出汁のきいた優しい味とか、すぐには思いつきません。でもフレンチやイタリアンも好きだから、フォンテ国のお食事はまさにそれと同じで、一番馴染んで食べやすいお食事です」
これは本当だ。
「ローズ、明日飲茶カフェの予約を取ろう」
えっ、行列なのに予約できるのかしら?
「私は……並ぶのは苦手です」
「なぜ、ローズが並ぶの?」
そう、こういうところが違うんだ。良いとか悪いとかでなく……。
特権階級は行列と無縁なのね、きっと。
「では、明日。よろしくお願いします」
「ああ、是非行こう。ヒース、予約をとるようヨハンに伝えてくれ」
「かしこまりました」
「セス様、これを贈らせてください、一緒にお金を使った記念というか、お礼です」
「ローズ、ありがとう。大切に使うね」
「はい、でも高価なものではないので、気兼ねなく普段使いしてください」
とろけるような笑顔をセスが浮かべた、この笑顔が私の心臓に良くない。
「ローズ、私は嬉しんだ。君といられることが、君と同じ時間を過ごせることが」
色香と優しさに溢れたその笑顔と声に、私は静かに微笑み返すしかなかった。
その後も、ドレス選びは難航した。
私は、離れたソファーに座って見ているだけだった。
「ヒース、劇場にはヒースも一緒に来てくれるの?」
「はい、私も参ります」
「ヒース、本当は陛下の側近とか、王宮魔術師の方が良いのでは?」
「マイ・レディ、私に至らぬ点でも?」
「至らない点が無いから、そう思うの。今度、国王陛下に進言しておきます。ヒースは、エティエンヌ家の執事には過ぎた人材で国政の中心にいるべきだ。と」
「マイ・レディが、今現在の国政の中心でいらっしゃいます」
「…………」
もっと、内政・国防・外交等と色々とあるのでは?
でも、適合が終わるまでは一理あるかもしれない。
全然、刀剣の声が聞こえないのだけど……。
「ヒース、アカデミーで学びたいことがあったら聴講でもなんでも通ってね、まだ若いから知識を吸収してください」
「マイ・レディ、アカデミーで学びたいことは?」
「私は、行かないつもりです。でも魔法が使えたら楽しいかも」
「魔術関連科目だけでも受講されては?」
「私でも簡単な魔法を使えるようになるのかしら?」
「はい、魔石があります。魔道具も開発されています」
魔法ってそんなにお手軽なの?
「魔力を持たなくても、大丈夫なの?」
「はい、大丈夫でございます」
「本当に!? そうだったら、楽しそう~」
「はい、大丈夫でございます」
さむっ! 先ほどから時々寒いのだけど……。
「ローズ? 何の話をしていたの?」
「セス様、ドレスは決まりましたか?」
「ローズ、何の話をしていたの?」
あれ、また冷たい風を感じる。
「魔法の話です、私でも魔法が使えるようになるのですか?」
「ローズ、専科に通いたいの?」
「そういう訳ではなくて、魔法が使えたら楽しそうだなって」
「私が、ローズに教えます」
「いえっ、筆頭魔術師の方でなくても……」
「ローズ、魔法で何をしたいの?」
「歯磨き・ネイル……今のところはそれぐらいです」
「それは僕がやります」
「いえっ、本当に結構です」
「ローズ!」
「きゃっ」
一瞬の事だった、気づくとセスが私の座っていた場所に座り、私はセスの膝の上に座りセスに抱き寄せられている。
「ローズ、どうして僕に甘えてくれないの?」
そう、この『僕』……いつからか、時々、セスの一人称が変わる。
いつの間にか、言葉もフランクになっている。
ローズと呼ぶ声に感情が乗って色香が漂ってくるような……?
それに近い! いや、やたらと接触されている。
セスはその高い鼻を私の顔や首に擦り付け始めた。
やはりペットのような……猫扱い?




