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「ローズお茶の時間だ、フォンテーヌに行こう」
私は急に万年筆が欲しくなった。
正確には、セスとヒースに万年筆を贈りたかった。
「まだ、買いたいものが……もう一度、文具売り場に戻りたいのですが……」
「ローズ、人が増えてきた。日を改めよう」
「マイ・レディ。高級文具店でしたら、フォンテーヌにもございます」
気づくと、遠巻きに人だかりができている。
こんな人前でセスにお金を使わせて、セスには屈辱的だったかな?
貸し切りの代わりに、人の少ない開店と同時に来たのに、時間にしたら1時間も経っていない。
「ローズ、手を」
「はい」
セスが笑顔で手を差し出した時、黄色い歓声が飛んだ。
なんだか目立っている?
ホテル・フォンテーヌの一階はチェックアウトの時間もあり混んでいた。
「おかえりなさいませ、エティエンヌ公爵。
ようこそお越しくださいましたフォード公爵」
そうか「おかえりなさい」になるのか、悪くない。
「エッシャー総支配人、混んでいる時間にごめんなさい。お茶をしたいのですが……」
「エティエンヌ公爵、そのようなお気遣いは不要でございます。どうぞこちらへ」
一階ラウンジの奥まった静かな席に通された。
「セス様、紙幣を使うのはどうでしたか?」
「楽しかったよ」
「良かった。この国ではあまり現金を使わないみたいだから、変な我儘を言ってしまって……。あと少しだけ、お金を使わせてください」
「ローズ、何を気にしているの?」
「セス様ほどの身分の方が、自分で支払いをするのは……」
「ローズ?」
「マイ・レディは、人前で庶民的な事をフォード卿に無理強いしてしまったと気になさっていらっしゃるのでは?」
「ローズ、そうなの?」
「あんなに人に囲まれるとは思わなくて、申し訳ございませんでした」
「ローズ! ああ、私の言葉が足りなかったかな? 私は楽しかったよ、紙幣も便利だと思った。これからは少し現金を持ち歩こうと思ったぐらいだよ」
「そうですか?」
「そうだよ。ところでローズはなんで硬貨を持ち帰ってきたの?」
「えっと、硬貨も現金だから……」
うん、何かが大きく違う。
私が、気に留めることは、ここの世界では見当違いになることがよく分かった。
付き添いのメイドとセスの従者は少し離れたところで待機している。
この会話をヒースはどんな思いで聞いているのかしら?
「お菓子のサンプルをお持ちしました」
色とりどりのケーキが並べられていた。
「ローズ、どれにする?」
「全部!」
「「えっ」」
「綺麗で美味しそうで選べなくて……」
「マイ・レディ。少しずつ全部お願いしますか?」
一つの味をシッカリと味わいたい派だ。
「栗のケーキとチェリーパイにします。あとは紅茶を」
※
ローズが、二つもケーキを選んだ。
ローズが選んだケーキと同じものを屋敷にも届けて、ランスに作らせよう。
いや、『全部』と言った、全種類をすぐに屋敷に届けさせよう。
焼き菓子より、生菓子だと食べるのだろうか?
「セス様は、どれにしますか?」
「サバランにするよ」
「それ、私も迷いました。今日は、ヒースも同席してお茶しましょう」
「いえ、私は……」
「今日のヒースは、初めての買い物のナビゲーターだから、一緒に甘いものをいただきましょう」
「ヒース、是非そうしてくれ」
「かしこまりました」
嬉しそうにケーキを食べ始めたローズだったが、予想通りローズは食べきれなかった。「無念」と呟き残念そうにするローズが可愛かった。
ローズは、ラウンジ内を眺めている。
また、心が離れていきそうだ。
「ローズ、何を見ているの?」
「このホテルに泊まった人がチェックアウトしていく姿、ラウンジで楽しそうにくつろぐ人の姿、久しぶりの再会を楽しむ姿とか……」
「気になる?」
「以前、友人と異国を巡った時、観光して、買い物して、疲れるとホテルラウンジやカフェでお茶をしながらその国の人々をこうやって眺めていました。それぞれに生活があってホテルという非日常空間で、すれ違うだけだけど皆が幸せそうに見えて……」
ローズは、言葉を切った。
「私も幸せそうに見えるのかしら?」
ローズ、君は幸せではないと……。
ローズは、憂いを浮かべ遠くに視線を送っている。
「マイ・レディは、憧れの存在ですよ」
「えっ、憧れ?」
「おそらく、百貨店でマイ・レディが触った商品は全て完売になるでしょう。現に、先ほどお選びになったケーキの注文が殺到していますよ」
ローズが、ラウンジ内の席を見回した。
「あっ、どのテーブルにも栗のケーキとチェリーパイが乗っているような。あっ、運ばれているケーキも……、全種類注文すれば売り上げに貢献できたかしら?」
「それは、どうでしょうか? 真似できる少し上がよろしいかと」
「確かにそうですね。ねぇ、でも……セス様とヒースが選んだケーキも続々とオーダーが……。ふふっ、なにこの現象、二人こそ憧れの存在で人気者なのでは?」
ローズは、フォンテーヌの売り上げに貢献しようとしている。
こういう気遣いが心身の消耗に繋がるのでは?
先ほども、私に札入れが必要と判断し選んだり、人前で現金を使わせたことを詫びたり……。
あ~、どうして君は……。
「ローズ、今日は帰ろう」
「はい、額縁店と文具店に寄ってから帰りましょう」
「ローズ、その気遣いをやめて欲しい」
一瞬、ローズは強い困惑の視線を私に向けた。
「違うんだ、ローズ……」
ローズが、スッと立ち上がった。
「ローズ?」
「お化粧室に行ってまいります」
「あっ、化粧室内の安全を確認したい。一緒に行こう」
「はい」
ローズがいつものように私の手を取ってくれて、私は少し落ち着いた。
私は、貴賓用化粧室内の安全を確認し、空気洗浄術を施した。
メイドが付き添って、ローズは化粧室に入った
私が化粧室の前でローズを待っていた時、喉に痒みが走った。
喉の奥が痛痒い、ローズ!? 喘息発作か?
すぐに喉の痛痒さのような違和感は引いた。
おそらく、ローズは吸入薬を使った。
化粧室から出てきたローズは、いつもと変わらない様子だった。
「セス様、お化粧室の前で待たれるのは……少し恥ずかしいかも……」
ローズは、かすれ気味の声でそう言い、小さく笑った。
「ローズ、喉は大丈夫?」
「…………」
「ローズ、発作が出て吸入薬を使ったね?」
「やはり、気づかれましたか、ご不快な思いをさせてしまって……」
少しかすれ気味の声で最後まで言い切れずに、ローズが頭を下げた。
なぜ、謝るんだ。
「ローズ、念のために今日はもう帰ろう」
「セス様、大丈夫です。今日は買い物を続けたいのです……だから吸入薬を早めに使ったし……それをちゃんと申告しました」
吸入薬を使った後のローズは、いつも話しにくそうだ。
言葉も切れ切れで、続かない。
「ローズ、どうしてそんなに買い物にこだわるの?」
「違うんです。出かけるたびに体調を悪くして、予定が中断されるのが残念で……変なこだわりなのは自覚しています」
私は左手をローズの背中に、右手をローズの喉下に当てた。
少し驚いたローズの黒い瞳が、私を見つめた。
「気休めかもしれないけど、治癒魔法をかけさせて欲しい」
「お願いします、外出中に喘息発作が出ても、少し休めば元通りになるという実績を作りたいから……」
何の、誰のための実績だ……。
私は、ローズの喉の炎症を取ろうと治癒魔法を施した後に、手を離した。
「ローズ、次に発作が出たら、今日の買い物は諦めて……」
「はい、ありが……とう……」
ローズの目が潤んだ。
「ローズ! 苦しいの?」
ローズは首を左右に振る。
「ローズ、怒っているわけではないんだよ」
「はい……」
「ローズ?」
どうしたら君の望むことをしてあげられるんだ……やるせない。
「いつも喘息の発作で予定をこなせず……約束を守れず……」
「ローズ、今は話さなくていいから」
かすれた声で話さないでくれ。
私は、ローズの涙を拭いた。
「期待を裏切ったと責められ……、なにもかも制限されるようになって……、望みを持つことを諦めさせられて……」
ローズが、辛い過去を語っている。
買い物中断が、トリガーになったのか?




