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ローズは屋外が苦手だと思っていたが、イチゴ狩りという言葉に反応した。
見慣れない服装に身を包み、楽しそうにイチゴを選んでは口に運んでいる。
そして、あの特別の笑顔を見せてくれた。
イチゴ数個でローズの体重減少が止まるのだろうか?
歯磨きが面倒なんて可愛いことを言い出したが、それだけだろうか?
この国の食事が合わないのだろうか?
「ローズ、マスカットの他には?」
「梨、あと果物以外でキノコとか……」
「キノコ?」
なんだそれは?
「ランス、キノコ? というものは栽培しているか?」
「はい、しております。旦那様がお好きなマッシュルーム・エリンギ・ポルチーニ以外にも数々の菌糸類を栽培しております」
「ああ、菌糸類の事か……」
「お嬢様は、キノコの中で何がお好きですか?」
「マイタケ、シメジ、ホワイトマッシュルームとかです。キノコとチキンのクリームシチューとか好きでした」
「ローズ、キノコ狩りもする?」
「キノコは、難しいのでは?」
ローズがランスに視線を送った。
「ランス、難しいものなのか?」
「キノコは自生状態にしておりますので、その服装での採取は難しいかと。また毒キノコとの区別も必要です。厨房が責任を持って、新鮮で安全なキノコをご用意いたします」
「楽しみです。私は、生野菜が苦手だからキノコでビタミンとミネラルを――」
ローズは栄養素という言葉を用いランスと話し始めた。
「ローズ、クリームシチューの他に食べたいものは?」
「毎回こちらのお料理が美味しくて、私からのリクエストは思いつきません」
「お嬢様、お嬢様の食べたいものを毎食一品ご用意させていただきたいのです。
例えば、前菜にキノコのマリネを添えるとか、毎回コンソメスープでなくクリームスープにするとか? いかがでしょうか?」
「でも、あのコンソメスープは美味しいから、毎日でも……」
ランスは、陛下から国一番のコンソメスープだと褒められた時より喜んでいる。
ローズは人たらしだ。周囲を味方にしてしまう。
そんなに皆から好かれないでくれ。
「ローズ、ランスのクリーム系のスープもかなりのものだよ」
「では近日中でかまいませんので、キノコのクリームスープをリクエストさせてください」
「では、本日ご用意させていただきます」
「楽しみです」
イチゴ狩りを終え、ローズを部屋に送り、執務室に向かった。
「旦那様、国王陛下と王宮料理長・メイド長あてに、旦那様とお嬢様の連名でイチゴをお送りいたしました。きっと驚かれることでしょう、木箱に入ったイチゴなんて……。お嬢様の『全てのスタッフに行き届くぐらいの数を!』と仰られた気前の良さにも驚きました」
「ローズの国では、高級果実を木箱に綺麗に詰めて贈答品にすることは珍しくないそうだ」
「旦那様、お嬢様に暴力を振るった令嬢の家から、お詫びに伺いたいと書面が来ておりますが」
「陛下へ回送してくれ」
「かしこまりました」
「ヨハン、ローズを屋敷の外に出すのは危険だろうか?」
「前回は、相手が女性ということで旦那様だけでなくヒース殿も警護も油断してしまいましたが、もう大丈夫では?
幸いにもお嬢様は、この屋敷内でも一人で行動することはありません」
「逆に、人の気配がローズを疲れさせるのか?」
「一理ございますね、日中のメイドの数を減らしますか?」
「それは難しい。執務中は、ローズにこの部屋で過してもらうのは?」
「旦那様……」
「それもダメか」
ローズは一人になりたがる。ローズが疲れない程度にローズの興味のあることを探そう。買い物、カフェ、劇場にも行こう。
※
イチゴ狩りを終えて部屋に戻ってきた。あんなにきれいなイチゴをジャムにしていたなんて、ジャムの美味しさに改めて納得した。材料が良すぎ!
「お嬢様、お召替えを」
「はい……少し、横になりたいのですが」
「どうかなさいましたか?」
「このお部屋に戻れたらそうしたくて、セス様には言わないでね。サリも休んでください」
「では、30分後に戻りますね、それからお昼のお召替えの準備を致しましょう」
サリが出ていくのを確認してから、ブーツを脱ぎパーカーのフードをかぶった。長いソファーでゴロゴロしてみた。幸せだ。
お昼までの少しの惰眠を楽しもう。
また、猫になった夢を見た。
なでなでされている、優しい手だ。
生まれ変わったら猫になって、優しい飼い主と幸せに暮したい。
フォード邸に戻ってきて、2回目の朝がきた。
吸入を行う、吸入薬のカウンターは残38。
「ローズ、これが紙幣、こちらが硬貨、これが小切手だよ」
「はい」
「まず紙幣を額面順に並べるから……」
今日もゴロゴロと過ごしたいと思っていた。が……。
朝食の時、セスに買い物に行こうと言われた。そのためのセスの買い物講座が始まった。本当のところは、ままごと遊びのようだ。通貨単位は10進法で抵抗なく馴染んだ。
シャランシャラン シャランシャラン
ホテル・フォンテーヌ斜め前の百貨店に着いた。
百貨店で額縁を探したが、気に入る物を見つけられず。
服、靴、バッグ、宝石を見た。すぐにセスが何かを買いそうになるので困った。
私は、フォンテーヌ内のショップが気になって買うどころではない。
変なところで義理堅い自分に呆れるというか感心した。
「マイ・レディ。実用文具や雑貨はいかがですか? フォンテーヌに入っておりません」
アカデミー大学部専科に通うつもりはない。文具は微妙だ、日記でも書く? いやいや続かないでしょう。やめよっ。
ブックマーカーを勧められた、速読は得意だがジックリ読む癖は無い。お断りしよう。
オルゴールを見つけた。モバイルバッテリーが終わったら音の鳴る物が無くなる。オルゴール買おうかしら?
オルゴールは、正二十面体のカクカクコロコロした形でゴルフボールぐらいの大きさ、動力は魔石だ。細かい仕組みを説明されたけど……?
手のひらで転がしたり振ったりすると演奏が始まる。転がし方、振り方で曲の長さが変わるらしい。
いくつかを転がしていたら、オルゴールを大人買いしそうになっている魔術師を見つけて、ヒースと二人でとめた。
セスとヒースに一つずつオルゴールを選んでもらった。
「さあ、セス様。支払いです」
「ローズ、まず私に支払いをさせてくれ」
「では、私はここでお待ちします」
売り場ごとの会計だった。
私は少し離れて、セスの支払いを見ていた。
セスが、内ポケットから裸のお札の束を出した。
支払いをしている。
あっ、お釣りをもらい忘れている?
というか「釣りはいらねぇよっ、取っときなっ」状態かしら?
「ヒース、お財布というかお札入れやお札クリップってあるの?」
「ございます、ただ使う人は少ないかと」
「フォンテーヌにそういったお店は入っているのかしら?」
「いえっ、フォンテーヌをご利用なさる方は、通貨を触ることのない階層です」
そうでした、お財布という庶民の発想で申し訳ございません。
「この後、革製品、お財布を扱っているところへ行きましょう」
「かしこまりました」
ヒースは、百貨店の責任者と相談しながら次の目的地を決めてくれた。
セスが、現金を持つのは今日だけかもしれない。
でも、今はセスにとって役立つものだろう。
セスが、会計済みの商品を持って近づいて来た。
「ローズ、買ってきたよ」
「ありがとうございます」
売り場を動いて、ヒースと相談しながらセスの札入れを探した。
「ローズ、それは何に使うの?」
「セス様、ちょっと持ってみてください。次はこれを……」
セスの手に合う黒のガラスレザーの札入れに決めた。
私は、元の世界で札入れとコインケースを分けて使っていた。
今日は、日本円を抜き、そこにフォンテ国の小ぶりの紙幣を入れ、空のコインケースも持参していた。
「セス様、私これを買ってみます。隣にいてくださいね」
商品は今すぐ使うと伝え、会計をした。
私は、バッグから札入れを取り出し、紙幣で支払ってお釣りをコンイケースに戻した。
買い物の仕方が、元の世界と同じなのに……久しぶりの支払いに私は緊張した。
「ローズ、ちゃんとできているよ」
「はい、嬉しいです。
セス様、今日しか使わないかもしれないけど、これをどうぞ」
「ローズ?」
「お札を入れるものです。裸のままお札は可哀そうだから」
「私のために選んでいたの?」
「はい、セス様の手に合っていました。コインケースも考えたのですが、今のセス様には不要だと思いました。必要になったら、その時に贈らせてください」
「ローズ、ありがとう」
「いえ、あまり出番がないかもしれませんが、今日は使ってください。今日は、私の我儘に付き合ってくださってありがとうございます」
ヒースがその場を借りて、セスの持っていた紙幣の一部を買ったばかりの札入れにおさめた。
「ローズお茶の時間だ、フォンテーヌに行こう」




