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 あ~、やっと一人になれた。


 この部屋で目覚めてから色々あったなぁ、名前も誕生日も身分も変わってしまった。持病の事も知られてしまった。

 色々と一人になって考えたかったけれど、現段階で考えても仕方ない事ばかりなのかもしれない。


 吸入薬の有無で私の未来は変わるだろう。

 吸入薬の複製は無理な気がする。それができるなら召喚時や治癒魔法で喘息発作をコントロールできたはずだ……。

 その反面、適合が終わるまでは吸入薬がなくても生きられるような気がする。

『一年以内』という具体的な期限が、私の余命を暗示し、逆にその期限を保証しているように思える。


 無理やり関係づけたところで、明日うっかり大怪我して明後日には天に召されるかもしれないし……。成るようにしか成らない。


 先の事は、誰にも分からない。

 考えても仕方ない、吸入薬はまだある、もう今日は、寝よう。


 ベッドに入って、横になった。

 仰向けで眠れそうだ。


 丁寧に生きて穏やかに毎日を過ごそう。

 明日も普通の穏やかな一日になりますように。



 なでなで

 なでなで


 ……なでなで? 

 私の髪や手が、誰かに優しく撫でられている? 

 寝つき際に幸せな夢を見ているようだ。きっと猫になった夢だろう。生まれ変わったら猫になりたいと常々思っているせいだろう。


『旦那様、お戻りください』

『ローズの様子が気になっただけだ』

『マイ・レディは、大丈夫でございます』

『ローズ、おやすみ』


 めちゃくちゃな夢だ、セスやヨハンやヒースまで出てきた。

 あ~、色々とありすぎたから、脳が記憶の整理をしているのだろう。


 私は不思議な夢の狭間を漂いながら、睡魔に支配され夢の中のセスにおやすみなさいと言うことができず、深い眠りに入り夢が途切れた。




 強い日差しで目が覚めた。

 そう、この感じです!

 戻ってきたって実感する。


 吸入薬を使う、カウンターは残39。


 コンコンコン


「ローズ、おはよう」

「おはようございます、セス様」


 なぜ、また起き抜けに?


「ローズ、気分は?」

「はい、よく眠れました」

「よかった、サリを呼んでくるね」


「お嬢様、おはようございます」

「おはようございます」

「旦那様が、どうしても朝一番に挨拶をなさりたいと」

「そうだったのですか? なんだか心配をかけてしまっているようですね」

「私には、旦那様が浮かれているように見えますが」

「そう? そうですか……」



 大きな窓が開け放たれ、その先のテラスに白いクロスのかかった円形の大きなダイニングテーブルが置かれている。

 いつもの朝ダイニングでセスが、笑顔で迎えてくれる。


 朝食は、いつもの定番をお願いした。落ち着く。


 朝食後のお茶が始まった。


「ローズ、少し痩せてしまったね」

「えっ、そんなことは無いかと?」

「君を抱き上げた時に、軽いと思ったんだ」


 いつの話だ? 王宮の白い部屋でのこと?


「それって、着ているもので変わります」

「気のせいだったかな?」

「はい、セス様の気のせいです」


「ローズ、お茶の時にお菓子をあまり食べないのはなぜ?」

「それは……」


 召喚時に得た無駄な脂肪やむくみの無い細身の綺麗な身体、治療痕もない白い歯、色々な物を守りたいから~! なんて言いにくく、あまつさえ歯磨きが面倒だからなんて言えない。

 一日、きちんと三食取っているせいで、間食の必要を感じない。それに、お菓子は食べ馴れると習慣化する。私のお部屋にもお菓子は潤沢に用意され、時おり手に取るとすぐに補充され量が増える。お菓子は好きだけど、体重増加は避けたい。そして、歯を大事にしたい。


「食後のお茶の時は、食事で充分満たされていて……」

「ローズ、食事と食事の間のお茶のときは?」


 本当の親より親らしい発言だ。静かな口調、逆に責められている気がする。


 お菓子が、貴族の嗜みなのかしら?

 それとも、痩せるということが貴族として良くないの?


 本当の事を言うか……。


「その、歯磨きが面倒だから……」

「ローズ! そんな可愛い理由だったの? これからは私がローズの歯を磨くね」


 本当の事を言った私が愚かでした。

 大きなものを失いそう。


「いえっ、それはお断りします」

「どうして?」

「どうしてもです」


 私の洗顔も歯磨きもメイド達が丁寧にやってくれている。

 それにまだ慣れていない、たぶんずっと慣れないと思う。


「ローズ、イチゴ狩りというものを知っている?」


 急に、なぜイチゴ?


「はい! 大好きでした」

「ローズ、今日はイチゴ狩りをしよう」

「急にどうしたのですか?」

「ランスから提案された。調整区域で色々な作物を栽培していて一緒に収穫をしてはどうかと、今がイチゴの収穫時期らしい」

「摘みたてのイチゴは美味しいですよね~」

「ローズ、イチゴ狩りに行こう!」


 急に、強引にイチゴ狩りをすることになったような……なぜ?

 朝お茶のあと、自室に戻りイチゴ狩り用のお着替えが始まった。ここは、是非ラフな格好にしよう。

 アイスグレー色のコットンウール素材の長袖パーカーを着て、藍色のデニムのタイトスカートをはいて、キャップをかぶり、編み上げのキャメル色のブーツを履いた。


 歩いていくと思ったら、馬車に乗ることになった。

 大きな門を過ぎて調整区域に入り、すぐに馬車は停まった。

 私はセスに手を取られ木立の間を進む、キョロキョロしながらビニールハウスらしきものを探した。


「ローズ、危ないから前を向いて歩いて」

「はい」


 少し開けたところに、料理長のランスと数人の人影があった。


「旦那様、お嬢様、お待ちしておりました」

「ランス、ローズはイチゴ狩りというものを知っていたよ」

「さようでございましたか、こちらです」


 低い石壁がいくつも並んでいるのが見えてきた。

 石壁の裏を覗くと、びっしりと並んだ赤い実をつけたイチゴ苗に視覚を占拠され、甘い香りに包まれた。


「春の景色ですね、綺麗なイチゴ! しかも路地栽培なんて」

「お嬢様、いちごの摘み方を説明します」

「ランス料理長、お願いします」


 イチゴの綺麗な色に騙されて酸っぱい思いをした記憶も多々ある。

 ドキドキしながら口にした、美味しい!


 高級青果店で桐箱に入っているような、一粒に値段が付くようなイチゴだ。


 ふと視線を感じた。セス、ヒース、サリの三人の動きが変だ、まさか、イチゴ狩りをしたことないとか?

 確認するとイチゴ狩り以前の話だった、三人ともイチゴが実っているのを見たことが無かったらしい。そういえば、ヒースもサリも貴族でした。


 三人は、ランスの説明を受けてイチゴを選び取って口に運んだ。

 その後は、パクパクと楽しそうに食べ始めた。


「セス様、イチゴ狩りはお気に召しましたか?」

「これが、イチゴ狩りというものか……」

「春の味です。狩猟と違いダイナミックさに欠けますが、すぐに味を確かめることができる楽しさが格別です」


「セス様、このイチゴ、出荷したりするのですか?」

「いや、これは屋敷で食べるだけだ。市場にイチゴが出ることは無いから……」

「王宮でお世話になった方々に送りたいのですが、少し分けていただけますか?」

「ああ、あとで届けさせよう」

「ありがとうございます」


「お嬢様、イチゴの他に狩りたい果物はございますか?」

「マスカット!」

「もう少しお待ちください。年明けには収穫できる棚がございます」

「まあ、よろしいのですか?」

「ローズ、もちろんだよ」


 年明けかぁ~、喘息は落ち着いている、また吸入薬もある。

 きっと、大丈夫。


「はい、 楽しみです」



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