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朝食後、セスは再び国王陛下に呼ばれ政務室へと消えた。
入れ替わるようにランカスター卿が訪ねてきた。
「フォード邸に戻られるようですね」
「はい、急ですが……。ランカスター卿、色々とありがとうございました。
エリカ様によろしくお伝えください」
「エリカからの伝言というか頼まれ事がございまして、お時間をよろしいですか?」
「私しかおりませんが……」
「ローズ様だけにお伝えしたいのです」
「前にも言いましたが、この世界との適合の前触れは、刀剣の発光です。これはすでに確認されていますね。昨夜も強く発光し変化したとか……」
えっ、そうなの? 私はまた蚊帳の外なのかしら。
「この世界との適合ですが、具体的には刀剣に触れられればこの世界との適合が完了します。
前兆として、刀剣の声が聞こえるようになります。その声が、召喚されたものを助けてくれます。
ローズ様の場合、近いうちに適合できます」
私の前だけで断言されても……。
「ありがとうございます。国王陛下にこのことをお話ししなくて……?」
「はい、ローズ様だけにお伝えします」
「私から伝えればよろしいのですか?」
「伝えるかどうかもローズ様にお任せします」
「えっ……」
「それがエリカの強い希望でした。召喚された者は不利だと、情報が少なくて悔しい思いをするだろうからと……」
えぇぇ~、そう言われても……そういう駆け引きは苦手なのよっ、私。
「ローズ様は、エリカが適合したことを口にしなかった理由は何だと思いますか? エリカは、現在に至ってもその点について何も語りません」
だからって、私に聞かれても……。
そもそも、人の気持ちを理解しようなんて、神じゃないから無理だと思う。
ランカスター卿の突然の面会目的は、実はこれかしら?
「召喚後三カ月間、エリカは部屋に引きこもり泣き続け、食事もとらない状態でした。
なんとか落ち着いた頃に、召喚について説明をすると近衛兵のサーベルを手にして我々を刺そうとしました……」
凄いパワーだ、三カ月引きこもるのも、そのあと人を刺そうとするのも、凄い気力と体力だ。尊敬する。私より元気で若い方が召喚されたのかな?
「激しい方ですね」
「エリカによると、召喚に関わった者は、結びつきが深く強いそうです」
いやっ、それは聞きたくなかったかも……。
「エリカ様は、そう断言なさったのですか?」
「はい、適合後にその事を知ったようです」
えっ、それを知った経緯は?
推測・願望とかではなく?
「エリカは、それを信じれば良かった。と今でも泣くことが……」
「お二人にとって、今も召喚は辛い記憶しか残っていないのですか?」
「いえっ、エリカが刀剣を手にして我々と共に、反体制派と戦っていた時は楽しかった。召喚に関わった、陛下・血の提供者・術の展開者の私とエリカの四人に笑顔は絶えませんでした。
その時、すでにエリカは適合の事実を隠していた訳で……」
刀剣を手にして戦うとか、勇者のようだ。
「それは……、エリカ様は四人の関係を崩したくなかったのでは? 適合によって新たに何かを失う事が怖かったのかもしれませんね。
真相は、ご本人にしか分かりませんが……」
異世界に召喚されて、三カ月も泣くほど元の世界への思いが強かったわけで、怒りも不安も大きくて、刀剣を手にして戦い始めて、笑えるようになった……。召喚の怒りを振り払うために刀剣を振り続けたのでは?
私は、泣く気も起きなかった。生存戦略を立てるにも不確定要素が多く、何となく今に至っている。
召喚直後を思い出して、何とも言えない気分に襲われた。
異世界召喚消息筋の悩む姿を見て、つい本音の一部が漏れてしまった。
「私は、そのうち捨てられるのかな? と考えることもあります。この世界と適合した後は用無し扱いされて……その前に綺麗に終わりたいと……」
「えっ……。ローズ様は、お二人から大事にされています!」
お二人って? セスと……国王陛下を指すのかな?
そう、確かに大切にはされている。
心と病の共有・適合の件までの優遇だけなら、セス自らが監視役で張り付く必要もなかったはずだ。国王陛下が、たびたび私に意地悪……じゃなくて様子を見に来る必要はなかったように思う。
でもねぇ~。
私の感情は冷えていった。
私は、この召喚を喜んで受け入れていると思われているのかしら?
仕方のない泣き言を口にしないだけだ。
「大事になんてしなくていいから、元の世界に戻して欲しいのです。元の世界が素晴らしいというわけではないのですが、今が虚しくて……」
両親とはとにかく上手くいかなかった、向こうもそう思うことがあって成るべくして疎遠になった。友人は数人、友人に会う頻度は年一回程度だった。
一人暮らしが快適だった。服を買い、ネイル・美容院・病院に行く、その静かな生活のために仕事を続けるシンプルライフだった。
今、慣れない言語・景色・習慣・価値観・身分・人間関係等の全てが辛い。
周囲が優しくても虚しい。
謝罪して好待遇なのに、いつまでもウジウジと暗い! と思われるのも面倒だし。
実家を出て、一人で過ごしたあの部屋に帰りたい、あのシンプルライフに戻りたい。
いや、帰りたい戻りたいというより、ただ単に、自分の部屋でベッドの上から動かずに時間を過ごしたいだけ、だけど……。
もう、それは叶わない。
「元の世界でも自分の居場所は危ういものでした。それ以上にこの世界には、私の居場所は無いように感じるのです。
召喚されたことによる葛藤が辛く、私の記憶を消して欲しいと思うこともあります」
「ローズ様はすっかり、こちらの世界に馴染まれたのかと……」
「それしかないのです。馴染んでいます、楽しんでいますってフリをするしかないのです。
いつか……フリをしていたら、いつか本当になったという日が来るのを待つしかないのです」
ランカスター卿は黙ってしまった。
困ったなぁ。
「仮に反体制派がエリカ様を拉致し丁重にもてなします。時間がたち、そこで静かに生活するエリカ様を幸せだと思いますか?」
「いや、それと比べられましても」
「同じことです、いきなり連れてこられて戻してもらえなくて、大切にしてあげるから馴染めと言われる……」
人の身になって考える。という概念が、この国には不足している。
「私は、拉致監禁犯という言葉を二人にぶつけました」
「そのようなことを……」
「真実です。その認識に今も変わりはありません、発言の撤回もしません」
「ですが、そのバングルは……」
「えっ、これですか? 御守りということで、セス様が貸してくださいました」
「ローズ様、それは……」
「ランカスター卿は、エリカ様のところへ戻られないのですか? 早く戻ってあげてください。
私の吸入薬の件でしたら急がなくて大丈夫です。
確かエリカ様は心臓が、冬は心臓に負担がかかります。エリカ様の側にいてあげてください。もし、ランカスター卿の不在時にエリカ様に何かあった時、ランカスター卿が後悔するのでは?
エリカ様にお伝えください、お互いにお大事に!と」
ランカスター卿は、深々と礼をとり、何かを決意したかのように退室した。
その姿を見ながら、長生きできてもこの召喚は私の心に暗い影を落とし続けると感じた。報われないなぁ~。
「ローズ、お茶は何にする? お菓子は?」
「紅茶だけで、濃いめの紅茶をお願いします」
「ランカスター卿とは何を話したの?」
「エリカ様のお話です、エリカ様が適合の事実を口にしなかった件について話しました」
それ以上は言えなかった。
「ローズ、悲しいの?」
そうだ、共有している、嘘は通じても感情は隠せない。
「色々と思い出してしまって……、切ないです」
「ローズ」
セスが私の手を握った。
セスも私も黙ったまま、静かにお茶の時間が過ぎていった。




