46
「ローズ、君は一人じゃない。一人で抱え込まないでくれ」
「私なりに、どうしたら上手く、卒なく、進められるかなって考えているつもりです、これでも。召喚の事、病気の事、誓約書の事、進学の事、特に身分の事が思いのほか人の態度を変えてしまい……どうしたら……周囲が変わりすぎて……私としては……」
もう私、何を言っているのか自分でも分からなくなっている。
「ローズ、屋敷に戻りたい?」
「それも、自分はどうしたいのか? 私はどうすべきか? 考えられなくて……」
「ローズ、先の事を考える前に思いを口にして欲しい。ここでの生活が疲れるなら、私の屋敷にすぐにでも帰ろう。ローズが、思い悩み考えを巡らす必要はない、それは私のやるべきことだ、ローズは考えなくていい」
さすがに何も考えないわけには……。
「一緒に帰ろう。そして僕と一緒に暮らそう、これからずっと」
えっ、なんか違う意味合いが加わった?
これは慎重に考えて言葉を選ばないと……。
「いつも君の側にいて君を支えたい、不安な思いをさせたくない。君を愛している、ローズ……」
セスは、そう言って私の手の甲に唇を落とした。
「ローズ、帰ろう」
今もセスの手から熱情が伝わってくる。私はいつからセスの手を心地よいと思うようになったのだろう?
でも、このやさしい手を安易に取ることはできない。
「ローズ、僕を見て」
ネイビー色の熱をおびた綺麗な瞳だ。
私は、この瞳に恥じずこの手を簡単に取れるほど幸せに育ってはいない。
一生とか絶対という言葉を信じられる環境を私は知らない。
人は嘘をつく、人は変わる、愛は花火のように儚い。
病気持ちの私が悪意ある友人や配偶者に騙されて泣かないようにと、親が私に言い聞かせた言葉だ。
親から離れ疎遠になった今も、その言葉は私を支配している。普段は消えているのに、こういう時にすっと浮かび上がってくる。
私は、この人を信じたい。
この人と一緒にあの部屋に戻りたい。
私は、セスの義務感・罪悪感に付け込めない。
病気の私への同情からの愛はいらない。
私は、愛なんて知らない。
私の心が揺れる。
「ローズ?」
私の心の闇までも包み込みそうな優しい声だ。
ああ、きっと……。
私は、この人を好きなのかな? それも、かなり……。
親にすら愛されなかった私は、人からの愛に応えられない。
私は人の愛し方を知らないのだから、愛を返せない。
この感情を誰にも知られてはいけない気がする。
「セス様、心のこもった言葉をありがとうございます」
「ローズ……」
「後先考えないことが許されるなら……今はただ、私がこの世界に来てセス様に『目覚めましたか?』と言ってもらったあの部屋に戻りたいです」
「ローズ、わかったから泣かないで……」
あ~、私また泣いている、セスの前では泣いてばかりだ。
怖い、この人の近くにいると、今までの私はどうなってしまうの?
「ローズ、涙を拭かせて」
「ダメです」
「えっ」
セスが、少し困った優しい笑顔を浮かべた。
「セス様、その代わりに私が眠るまで私の側にいてください」
「ああ、毎日でもそうしよう」
私の周囲が変わっても、セスには変わらないで欲しい。
そして、これ以上距離を詰めないで、でも離れないで。
「ローズ、今日はこの部屋で眠れそう?」
「はい、側にいてくださいね」
「ずっと、いるよ」
「あの、寝付くまででいいので……」
「わかった、君が寝付くまで側にいるよ」
結局、セスは私の涙を拭き、私をベッドまで運んでくれた。
「ありがとうございます、セス様」
「ローズ、おやすみ」
「おやすみなさい」
私が寝付くまでセスの手は私の手からも離れず、幸せな夜だった。
王宮にきて6回目の朝、よく眠れたぁ~。
王宮に慣れたのか? 魔毒が無かったせいか? 昨夜のセスの優しい手のおかげか? そのすべてだろうか等と考えながら吸入薬を使い口をすすぐ。
カウンターは残40。
コンコンコン
「ローズ?」
「おはようございます、セス様」
「おはようローズ、顔をみせて……」
「はい?」
「よく眠れたみたいだね、涙のあともないね」
「セス様、昨夜はありがとうございました、よく眠れました」
「それは良かった。ローズ、今朝も僕の腕の中でお茶を飲んでくれる?」
えっ、あっ、昨日の朝ってそんな恥ずかしい甘々な状態だったの?
「今朝は、新しいジャムを使ってみたから感想を聞かせて」
キラキラの笑顔でそう言われても……。
サリは? ミヤは? どうしたの?
「さぁ、ローズ」
そう声をかけられたのと同時に、私はセスの腕に捕まった。
セスは私を抱き上げたままソファーに座り、膝の上に私を座らせた。
「ローズ、とうして動くの?」
「えっ、だって……」
「ほら、ローズのカップだよ、熱いから気をつけて」
セスからマグカップを渡された。
柑橘系の香りがした。
「あっ、オレンジマーマレード?」
「これは王宮の厨房からだよ」
「甘苦で、美味しいです」
幸せな時間だぁ。
いつ終わってもおかしくない仮初めの甘い時間だ。少しだけ堪能しよう。
私は、セスに腕の中で紅茶を飲んだ。
「ローズ、陛下との昼食が終わったら帰ろう」
「はい。あっ、ヒースは?」
「もちろん一緒だよ、ローズの執事だからねローズと行動を共にしてもらうよ。エティエンヌ公爵家のことは我々に任せて欲しい、陛下が法廷代理人であり、財産管理人だ。それ以外のことは私とフォード家が責任を持つ。ローズの負担にはさせないからね」
「フォード邸は、王都からどれぐらい離れているのですか?」
「王都と隣接しているから馬車で20分ぐらいだよ、馬だと15分ぐらい」
思ったより近い。
「拝領したホテル・フォーンテーヌはどこにあるのですか?」
「王城の隣だよ、帰りに通るから時間があったら寄っていこう」
えっ……。そんな一等地のホテルなの?
サリとヒースが入ってきて、黙礼した。
「旦那様、お時間です。お嬢様をお離してください」
「サリ、ローズが可愛いから離せない」
色々な意味で、眩暈がしそうだ。
「フォード卿、陛下がお呼びです。至急とのことです」
「……ローズ、朝食までに戻るから」
私は、セスの腕から解放された。
「お嬢様、おはようございます」
「おはようございます、サリ。今朝のこれは?」
「昨夜、旦那様がずっとお嬢様から離れようとしなくて、引き離す条件として陛下がお嬢様との10分程度の朝のお茶の時間を特別に許可なさったのです」
セスが狼だったらどうするの? 私が肉食少女だったらどうするの?
「そう、これは今朝だけですか?」
「はい、ただ旦那様は……何かと、ますますお嬢様から離れないかと」
今朝だけだと寂しい、だけど毎朝だと……微妙だ。
※
「陛下、お呼びでしょうか?」
「ラムセス、ココは大丈夫か?」
「今朝は、いつものローズでした」
「メイドが一部自供した、隣国ミランダの第一王女の手の者ということまで判明した。供述に曖昧な点が多いため、公式ルートで隣国に確認中だ。
おそらくミランダ国第一王女の縁組を断り続けていたのが事の発端だろう。
その経緯があるから、異国の姫と噂されるココと大っぴらに婚約はできない。未成年被後見人という立場にカモフラージュし、王宮にココの部屋を与え内密にお妃教育を開始したと思ったようだ。
ココが、私の婚約者候補と誤解されることは覚悟していたが、こうも動きが早いとは」
ローズは、陛下か私の婚約者だともっぱらの噂だ。
無理な結婚や仕事をさせないためにローズに爵位を与えたが、今では噂通りになって欲しいと我々は願っている。ローズは、王妃候補としても遜色ない身分と教養を備えている。
ローズが、陛下を選んだら……私は、二人を祝福できるのだろか?
「陛下は、ローズに好意をお持ちなのでは?」
「ラムセス、気になるか?」
「はい」
「ココが、ラムセスの手を振り払い助けを求めてきたら間違いなく助ける。今度こそ間違えずに大事にする。ただ、あのココが私に助けを求めるとは想像もできない。それにラムセス、お前がココを失うような失態をおかすことは無いだろう」
やはり、陛下はローズと距離を置く。陛下がローズを思っている証しだ。
「昨夜、刀剣が美しい短剣に変化した件だが、ココにはもう少し伏せておこう」
「了解しました、年始の挨拶の際には、ローズと王宮に伺います」
「待て、私は未成年後見人だ。頻繁にココに会うつもりだ」
「……かしこまりました」
「ラムセス、ココを頼む」
「陛下、ローズのために全身全霊を尽くすことを誓います」




