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「ココの部屋の事だが……。現在、あのメイドを取り調べているが黙秘している、単独の短絡的な犯行ではないのかもしれない。この部屋は国賓用の部屋だけあってセキュリティーが以前の部屋より勝る。記録を」
陛下の側近が、記録術を展開する。
「この部屋を正式に未成年被後見人ローズ・カグヤ・エティエンヌの部屋とする」
陛下の発言内容が記載された書類が仕上がり、ヒースの手に渡った。
「はっ、確かに」
「ココは、ヒースに慣れたか?」
「なんとも言えません、マイ・レディの私に対する態度に変化はありません」
「ローズの場合、そういったところを表に出しません」
「黒目黒髪の姫は、強い感情を隠してしまうからなぁ~」
「エティエンヌ家人事だがヒースの希望は、何かあるか?」
「マイ・レディに年齢の近いご学友や侍女は不要かと思われます。まずは、しっかりした身元のメイドを数名、専属警護官を数名用意する必要があるかと存じ上げます。また、フォード家執事ヨハン殿、侍女長サリ殿の存在は大きく、マイ・レディは困惑すると目でお二人の位置を確認しております。そう言った意味では、王宮メイドのミヤ殿も同じような存在かと」
「そうか……」
「陛下、私からもよろしいですか?」
「なんだ、ラムセス」
「ローズの身分を理解できる令嬢が少ないことが今日判明致しました。しばらくの間、同年代の者をローズの側に置くのは反対致します。ローズの助けになるどころか、害にしかなり得ません。
ローズは人見知りというより、先を読み気を回し過ぎて疲れています。その結果、人を遠ざける傾向が強いように感じます。距離感を保てる者を周囲に配置すべきかと」
「そうだな、もうココを一人にすることは出来ない。配慮しよう」
ローズが着替えてリビングに戻ってきた。
また深く考え事をしている顔だ、すぐ心が離れてしまう。
私は、ローズに駆け寄った。
「ローズ、手を」
「はい」
「陛下がお見えだ」
ローズは、陛下に頭を下げた。
「ココ、腕と喉は大丈夫か?」
「はい、大丈夫です。私の至らなさで、国王陛下にも不快な思いを?」
「大丈夫だ、ココに瑕疵はない」
「ココに失礼な行いをした令嬢たちの家から謝罪が来ている。安全の確認が取れ次第、謝罪の品を後で部屋に届ける。礼状等は不要だ。
未成年後見人である私の許可なく、今後一切ココに近寄る事、話しかけることを禁止した。また、怪我を負わせた令嬢の家には、それ相応の処分を下した。他に、ココから何かあるか?」
「いえ、何もございません」
「今日の夕食は皆でとろう。ココの爵位授与と進学のお祝いをしよう」
「ありがとうございます」
ローズは、小さく笑った。
ローズ、君は王宮に来てから笑っていないね。
ローズが心から笑うと、陛下も私もわかるんだよ。私達を幸せに包んでくれるあの笑顔をしばらく見ていない。
祝いの晩餐後、陛下は政務室に戻られた。
ローズは、室内の調度品を眺めている。
「ローズ、室内装飾や調度品に興味があるの?」
「はい、絵画等の平面な物より、立体の造形物の方が好きです」
「この部屋は気に入りそう?」
「このお部屋は、美しいお部屋ですね」
ああ、こうやってローズは私にまで気を遣う。
この部屋を気に入らないと言わず、ローズは嘘をつかない代わりにこうやって綺麗な言葉で質問をかわす。
「この部屋は、正式にローズの部屋になった。変えてもらおうか?」
「少し広くて……」
「ローズ?」
ローズは何も言わなくなってしまった。
調度品を眺めているようで、一点に定まって動かないローズの視線は何を見ようとしているのだろう?
私は、調度品の前に立ちつくしたローズをそっと抱きあげてソファーに座った。ローズは以前よりも軽くなっている、何があった?
ローズは何も言わず抵抗もせず私の腕の中でぼんやりしている。
「ローズどうした?」
「セス様、疲れました」
「そうだね、ローズにはずっと無理をさせているからね」
「セス様、私はもうあのお部屋には……」
「ローズ?」
ローズは何も言わずに、私の腕の中でそっと目を閉じた。
私は、サリに目を向けた。
「お嬢様、おやすみの準備をいたしましょう」
ローズは静かに目を開け私の腕をほどき、いつもの凛とした表情で、いつものように「おやすみなさい、セス様」と小さく笑い寝室に向かった。
このままローズが消えてしまうのではないかと私は強い不安に駆られた。
「ローズ……」
その小さな背に向かい私はローズの名を呼んだが、ローズの耳には届かず振り返らなかった。
私は急いでサリを呼びとめた、サリはローズをミヤに託し戻ってきた。
「ローズはこの数日で痩せたようだ、何が負担になっているか分かるか?」
「フォード邸でお過ごしの時より食が細く、お菓子は全く召し上がりません」
「王宮に慣れてもらう良い機会だと思ったが……」
「旦那様、お嬢様はフォード邸にお戻りになりたいようでございます」
「ローズがそう言ったのか?」
「先ほど『私はもうあのお部屋には戻れないの?』と仰っていました、旦那様にお聞きくださいと、旦那様はお喜びになるとお伝えしたのですが……」
ローズを連れて帰ろう、いや少しローズと話そう。
※
私は、身体と髪を洗浄魔法で洗われ、あとは寝るだけのはずなのに……。
「レディ・カグヤ、本日のパジャマはどれになさいますか?」
「疲れを取りたいからビタミンカラー?」
「このレモンイエローはいかがですか? レディ・カグヤにはお似合いになります、服ではお選びにならない色ですがパジャマでチャレンジされてみては?」
服で難しい色はパジャマから? 毎夜パジャマを選ぶとか未知の領域だ。
「それにします」
可愛い色だ、春色のパジャマだ。
戻ってきたサリが、真っ白な大判ストールを肩にかけてくれた。
「お嬢様、すぐに横になられますか?」
「いえ、まだ。少し本を読もうかと……」
「旦那様が少しお話をなさりたいと」
寝室のティーテーブルに寝つきに良いとされるハーブティーが入れられた。
「ローズ、パジャマは気に入ってくれた?」
「はい、ありがとうございます」
「ローズ、フォード邸に戻る?」
さては! サリ、何か言ったのね。
「でもセス様は、王宮というか国王陛下の近くの方が色々とよろしいのでは?」
「そんなことはない、フォード邸に戻っても今まで通り側近の仕事はできる」
へぇ~、側近の仕事していたんだぁ~。
私がフォード邸に戻ると、白銀の執事ヒースはどうなるの?
そうだ、私はこういうところで立ち止まってしまう。
この数日で目まぐるしく多くの事が変わって、私は何も変わっていないのに、私を取り巻く環境が大きく変わりすぎて、どうしたら良いのか分からなくて……。
困惑に折り合いを付けられない私が、道に迷いずっと立ち止まったまま疲弊して、これ以上もう疲れないように必死で心を凍らして息をひそめて……。
「ローズ、私達の方で色々と決めているが、決定後に嫌だったら嫌だと言って欲しい。それを想定して色々と手を打っている。我々が勝手にしている事に、ローズが我慢したり責任を取る必要は無いんだよ」
「自分でもどうしたら良いか分からなくて、何もできなくて何も考えられなくなって……」
私は、セスから目をそらした。左腕の二本のバングルを右手で触りカチカチとなる鈍い音で心を落ち着けた。
「ローズ、君は一人じゃない。一人で抱え込まないでくれ」




