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この国では、初対面の人の腕を掴むのが礼儀なのだろうか?
そして、友達という言葉の概念が元の世界とは違うようだ、気持ち悪い。
うわっ、香水が強い。
先ほどの嫌な感覚が蘇ってきた。
「うっ……ごほっ……ごほっ……ひゅー……」
セスが、私を引き寄せた。イレーヌの手は離れた。
「気安くローズの名を呼ぶな! ローズに触れるな! ローズ、ごほっ……」
「マイ・レディは私が……」
なんだか、セスの怒りが激しい。怖いし、寒い。
ヒースが私の肩にそっと手をあてて、セスと宰相親娘から私を遠ざけた。
私は、吸入薬を握った。
「イレーヌ! なんて失礼な事を――」
「だって、ローズ様の友達に――」
「ローズの友達がなんだっ?」
冷たい風が強く吹いた。
「ローズの友達だと? ごほっ……ローズの苦手な香水をつけて、強引に公爵家当主であるローズの手を掴むとは、甚だ不遜で不敬だぞっ、ラロール侯爵令嬢! ごほっ……」
「そんなぁ~」
「イレーヌ、言葉を慎みなさい。エティエンヌ公爵、大変申し訳ございません。フォード公爵、私の至らなさで……後日改めて謝罪致します。本日は失礼いたします」
「お父様、なぜお父様が頭を下げるの?」
「イレーヌ、口を開くな!」
セスと宰相の冷たい視線を受けイレーヌは、事の重大さに気づいたのか、自分の無知さを薄っすら自覚したのか、やっと空気を読んだのか、とりあえず口を閉じた。遅かったね。
あの方が、引っ込み思案なラロール卿のご息女なのかな?
この国の令嬢教育には問題があるのでは? 令息も皆、あんな感じなの?
そもそも、私この国の同年代の人と接触してなかった。
何なの、友達友達って? 「はじめまして」「ごきげんよう」とかからなのでは?
この国の「友達」と「引っ込み思案」の意味を後で調べなくては。
「ごほっ、ごほっ……」
「マイ・レディ、吸入薬を使われては?」
「ヒース、息が吐けるし喉も鳴ってないから……ごほっ……大丈夫です」
咳をしながら、『何人もココに対して無礼を働かないように公爵位にする』と爵位授与の前に国王陛下から説明をうけたことを思い出した。
実際は、悪意しか向けられていないような。公爵位がなかったら、もっと酷い目にあうの?
早く、拝領したホテルの改装は終わらないかな? そこで少し一人になりたい。
また優しい風が吹き始めた、きっとセスだ。
風と一緒に、優しい笑顔のセスが近寄ってくる。
「ごほっ、ごほっ……ローズ、大丈夫?」
「セス様の方が?」
「ローズの苦しみよりは軽いから、ローズ歩ける?」
「はい。……あっ、もしかして共有って?」
「ローズの苦しみを我々は共有しているから、少しはわかるんだ」
あ~、そうか……。
カゲに気を取られて、心と病の共有とやらを軽視していた。
私が、咳をするたびに咳をしていたの?
さっきの手の痛みも国王陛下もセスも共有しているの?
心と病の共有って、どの程度? なんか、嫌だなぁ~。
適合とやらを急ぐべきなのかもしれない。でも、どうやって……?
「なんだか、ごめんなさい……こほっこほっ……」
「ローズ、共有によってローズの苦しさに早くに気づけるから、喜ばしいことだと思っている。だから、気にしないで欲しい。さぁ戻ろう」
二人で軽い咳をしながら自室へ向かった。
自室に戻るはずが、違う部屋だった。
部屋替え? 前の部屋も豪華だったが……この部屋は、サロンダイニングと同じ白に金装飾で天井が高くて、自分がちっぽけな存在だと感じさせる広さだ。落ち着かない。
白いファブリック素材のソファーに座った。
「ローズ、実はね……今朝、ローズの寝室に入った際に微量な魔力を検知した。それが何か分からなかったから調べさせた。その最中にミヤが不審なメイドの出入りに気づいて取り調べたところ、ローズを害するために深夜に魔毒を発生させていたことが判った。
そのバングルのサファイアとダイヤモンドには、魔力を込めてある。それが、ローズを守っているからローズに健康上の被害は無いはず。ただ空気や匂いに敏感なローズだから、寝起きが悪かったのはもしかしたら……。気づくのが遅くなって申し訳なかった」
魔毒と言われても……どの程度の致死性や危険度なのか検討もつかない。
私には香水や柔軟剤やタバコの匂いの方が怖い、何度も痛い目にあっている。
それにしても、凄い御守りだ、これ。
御守りというものを親は妄信した。私は、御守りよりも処方薬を信じた。
これは御守りというより高性能な超小型空気清浄機だ、なんて凄い。
返さなくて良いのかしら?
「今、ローズのいた客間を洗浄している、終わるまでこの部屋を使って欲しい」
「あの? この御守りをこのまま私がつけていてよろしいのですか? お返しした方――」
「……うっ……」
うっ? セスのこれ、確か前にも……?
「マイ・レディ、それはマイ・レディのためのものでございます」
「……そうだよ、ローズ」
「こんな高性能で綺麗な御守りを長期間にわたってよろしいのですか?」
「ローズ、君を守るために、その……ずっと身に着けて欲しい」
「はい、では、ありがとうございます」
私は、二本のバングルに手を添えた。鈍い金属音がカチカチと小さく鳴った。
「お嬢様、お召替えを」
広いリビングから、広い部屋のようなクローゼット兼ドレッシングルームに移動した。新しい服が増えていた、というか服が入れ替わっていた。
服は一回しか着ないの? 愛着という概念がないのかしら?
「サリ、あの黒とネイビーのシルクシフォンのドレスは?」
「あれは、フォード邸に戻しました」
「妙にパジャマが増えているような?」
「旦那様が、今朝お嬢様のパジャマ姿を見て、そのぉ~」
「そのぉ~?」
「可愛いからと申されて、パジャマをいくつも手配しまして」
「……そう」
数日前まではパジャマが欲しかった。今はもういい、洗い替えに2セットあれば……。あっ、自分で洗っていないから、何も言えないかぁ。
ミヤが壁を背にして俯いている。
「ミヤ、そんな離れたところで?」
「レディ・カグヤ、気づくのが遅れて申し訳ありません」
「ミヤのお手柄ですよ、私は何ともなかったし大丈夫です」
色々な立場や責任があるのよね、きっと。
私は夕食前のお着替えかぁ~、ご飯を抜いてパジャマに着替えて横になりたい。
今後、食事を2回にして、お着替えは朝一回じゃダメなの?
週に一回ぐらいパーカーとかを着てゴロゴロしたい、一人になりたい。
私、なんでこんなに毎日朝から晩まで人に囲まれているの?
「サリ、私はもうあのお部屋には戻れないの?」
「フォード邸のお嬢様のお部屋ですか?」
元の世界の部屋ではなく、フォード邸の部屋を思い出している事にハッとした。
「そう、あのお部屋……」
「旦那様に聞かれてみては? きっとお喜びになりますよ」
「そうかしら?」
私の家ではない、戻りたいとか帰りたいというのは不自然なのかもしれない。
ここは人が多くて、思惑がうごめいて、気が抜けなくて……疲れた。
※
『君を守る』そう言いながら私は、ローズを守り切れていない。
今日まで寝室の魔毒にも気づけなかった。今日だけでも、何度もローズは敵意に晒された、白い腕に傷まで負った。私が付いていながら情けないことだ。
ローズは、自分の立場・外見を理解しながら争いごとを避けようとした。争いを嫌う柔軟なところは評価するが、それでは公爵位を与えた意味がない。
ローズは、悪意に敏感だが、決して怒らない感情を揺らさない。
今だって、魔毒の危険が迫っていたことを説明しても冷静だった。
共有しているのに、ローズの心の揺らぎを把握できないのがもどかしい。
「国王陛下がお見えになりました」
「ラムセス、ココは執拗な友達攻撃を受けたと聞いた。ココの腕は大丈夫か?」
「ローズに怪我を負わせてしまい申し訳ございません。
ローズの怪我ですが、記録後にヒースと私で手当ていたしました。最初の令嬢は特に悪質でした。ローズの友達と勝手に名乗り、意図的にグローブをはずし爪を立てて……」
「そうか、あれはそういう経緯だったのか。痛かったぞ、咳も出た。ココの喉の方は大丈夫なのか?」
「はい、吸入薬を使うほどの大事には至りませんでした」




