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立会人が署名を終えて隣室へと移動し、叙爵の間は閑散とした。
「ラムセス、未成年後見人選定と爵位授与の儀が無事に終わったな」
「陛下、私の意向を反映していただき、ありがとうございます」
「身上監護権の委嘱には、皆も驚いていた――」
キラキラの笑顔の陛下とセスが、各裁判所長官と歓談している
私は、各種書類に署名を求められた、あまりの多さに綴りの不安は消えた。
署名に慣れてくる頃には、昨夜の説明を思い出した……。
未成年後見人に不測の事態が生じた場合を考えて身上監護者を別に定めた。
公爵家当主にすることで、そう簡単に私の縁組が進められないようにした。
次々に色々な説明をされたけど、なんだか外堀を埋められているような……。
何の外堀かが分からない? 気にしすぎかな?
身分取得後の生存戦略について、一人でゆっくりと考えたい。
ホテルの居住権を得た事だし、憧れのホテル暮しを検討したいなぁ~。
晴れやかな笑顔のセスが、近づいてきた。
「ローズ、立派だったよ」
「セス様、これからもよろしくお願いします」
「本当は身上監護権だけでなく婚約の権利も欲しかったけどねっ」
「…………」
「エティエンヌ公爵。この度、執事に就任致しましたヒースクリフ・ラナ・ベルナションでございます」
ああ~、新しい執事さん。王立劇場や王宮に来た時も色々と手配をしてくれたヒースと呼ばれていた陛下の白銀の側近、私が異世界から来たことを知っている人。
私の執事なんて嫌かな? せめて事前に意思確認されていれば良いのだけど……。
「よろしくお願いします、なんとお呼びすれば?」
「ヒースとお呼びください」
「ヒース、この人事に不満はないですか?」
「ございません」
あっ、失言した。この人事は王命だった!
「変な質問をしてしまいました、私の事はローズとお呼びください」
「それは……フォード卿はお許しですか?」
「えっ? 許すって何を……」
「ローズ、そんな……」
なに、この沈黙……。また、私の失言?
セスが何とも言えない表情になった。
「ラムセス、ココ、どうした?」
意外にも沈黙を破ったのは国王陛下だった。
だが、事態は変わらなかった。
国王陛下は自分だけが「ココ」と呼ぶと言い張った。
セスは「ローズ」は自分とローズで決めた大切な名だから他の人には使わないで欲しいと残念なことを言い出した。今さっき、正式なファーストネームがローズと登録されたのでは……?
ヒースは今まで通り「レディ・カグヤ」と呼ぶ失礼は避けたいと懇願した。
私は、エティエンヌ公爵やご主人様という呼称は避けたい。
血統もなく未成年で公爵位なんて……エティエンヌという家名を一時預かりしているだけだ、私自身か高貴なわけではない。
貴族の令息・令嬢をロードやレディといい、その使用人たちはマイ・ロードやマイ・レディと呼んだと何かで読んだ記憶がある。
未成年だし「マイ・レディ」でと告げると、ヒースは「かしこまりましたマイ・レディ」と美しい笑顔で跪いた。なんとか解決した。
「マイ・レディなんて……他の呼び方にすべきだ。
私は、マイ・ローズと呼ぼうかな? これを機にローズがセスと呼べば……」
セスの呟きが聞こえてきた。
目眩をおこす前に私は、国王陛下に一任した。
「エティエンヌ公爵家に仕えるものは、ココをマイ・レディかマダムと呼ぶこと」
国王陛下はそう発言し、爵位を示すリボンバッジを付けた私を隣室の立会人の前までエスコートした。
九名の立会人である高位貴族から、一人ずつ挨拶をされた。私は、国王陛下の横で笑顔で立っているだけだが、皆さんの挨拶が長く気が遠くなり始めた。
最後の一人の話が、特に長かった。
立会人の前で瞬きをせず表情筋が微笑みという形で固まった私は、セスによって宴席会場から助け出された。
「ローズ、瞬きをして、はいパチパチ。息を静かに吐いて……そう……歩ける?」
「……はい」
「ヒース、ローズの昼食の手配を頼む」
「かしこまりました」
セスに手を引かれ自室に着いた私に、ヨハン、サリ、ミヤがお祝いの言葉をくれた。
「「「エティエンヌ公爵の栄光は、フォンテ国の繁栄と共に!」」」
「フォンテ国の繁栄と共に! そして皆さんの安寧と共に!」
私は、少しアレンジして笑顔で返した。
リビングに書類机や椅子が増え動線が変わっていた。
「マイ・レディ。私は、これよりこちらにて執務させていただきます」
「よろしくお願いします。狭くないですか? 書棚とか他にも必要なものは?」
「大丈夫でございます」
サリが、近くにきて一呼吸おいて言った。
「……お召替えを」
「サリ、私の事は今まで通りに呼んでください」
「ですが、お嬢……、大変失礼いたしました」
「サリ……」
何処の誰かも分からない私を『お嬢様』と呼び側で助けてくれた人達だ。
「フォード家の方達、王宮の方達も今まで通りにお呼びください」
「ローズは、自分の立場を自覚した上でそれを望む?」
「はい」
「陛下が『エティエンヌ公爵家に仕えるものは、ココをマイ・レディかマダムと呼ぶこと』と仰られた。
ヨハン、サリ、ミヤは、エティエンヌ公爵家に仕えているわけではない、ローズの希望もある今まで通りで」
確かに、呼称、呼び方は、重要だ。今まで考えたこともなかったが、この世界で色々な呼び方をされて自覚したことがある。
ローズと呼ばれると、迷子の15歳の甘えた少女の気分になる。
ココと呼ばれると、一年前の感覚が戻って強気の35歳の気分になる。
お嬢様と呼ばれると、優しい人たちに見守られている気分になる。
レデイ・カグヤやマイ・レディにも特別な感情を持つようになるのだろうか?
人の名を呼ぶだけで相手に気持ちを届けることが可能なのかもしれない。
「お嬢様、お召しかえを」
「はい! サリ、ミヤお願いします」
※
「ヒース、ローズが着替えているうちに少し話を」
「はっ、フォード卿」
「ヒース、執事の話を受けてくれたことを感謝する、暫くはヨハンがヒースを補佐する」
「はい、精進致します」
「私に万が一何かあった時は、ローズの身の安全を頼む。
一見、ローズは親しみやすく元気に見えるが、ローズが笑顔でいても決して無理をさせないでくれ、第三者の接触には注意してくれ」
「かしこまりました」
そう言いながら、私が一番ローズに無理をさせているのかもしれない。
「まずは、人見知りが強いローズがヒースに慣れるようにローズの側を離れないでくれ」
「フォード卿がいらっしゃる時でも、マイ・レディと行動を共にしてよろしいのですか?」
「ああ、私の至らない点をフォローしてくれ」
「かしこまりました」
ヒースが結界を張った。
「マイ・レディは、召喚のショックから回復なさったのですか?」
「ローズは召喚に対する謝罪は受け入れてくれたが、ショックの程度や回復具合は正直なところわからない。召喚術に直接関わらなかったヒースにならローズは警戒しないかもしれない」
「警戒?」
ヒースは20歳だ、ローズと歳も近い。話しやすいはずだ。
「陛下と私は、ローズの実績と未来を一方的に奪ってしまった。ローズは瞬時に召喚術を拉致という言葉で言い換えたんだよ。召喚翌日にはローズは静かに死を望んだ。その要求に応じられないと答えると、何も要求しなくなった。
持病の事も隠していた、警戒というか信用されていないようだ、それだけの事をしてしまったからね」
「ですが、バングルを」
「あれは、御守りとして渡したんだ」
「マイ・レディは、いつもフォード卿の手を取り……」
「それは、不意に消えてしまいそうなローズに私が縋っているようなものだ。ローズは、屋敷を出て行こうとしたこともあったからね。今後、ローズが陛下や私の手を振り払うことが無いとは言えない、そんな時でもヒースにはローズの側にいられるだけの信頼を得て欲しい、ローズを頼む」
「全力を尽くします」
「ヒース、ほかにまだ気になることは?」
「フォード卿、睡眠をお取りください」
「私は、ショートスリーパーだ問題ない」
「では、マイ・レディの周囲で展開している空気洗浄術を私にもお教えください」
一人になりたがるローズに、全ての事に興味を示さないヒースを執事に就ける。陛下のその判断に驚いたが……。ヒースに何かが起きている?
「ヒース、喜んで教えよう」
「ありがとうございます」
ローズ、君の味方が増えたよ。




