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「……おそらく、それは私です」

「やはりな」

「ローズ、ココと呼ばれて……」


 セスが発言途中で考え込んだ、……まさか解決した呼称問題が再び……。


「国王陛下は、時見の書で私の存在した時間軸から得るものはありましたか?」

「ああ、あった。伝統を遵守しながらも多様性を受け入れた共存共栄を学んだ。

 ココが雪を見ながら『私は、まだ全てを諦めない』と言い放ち覚悟を決めた強い目に驚嘆し、私は為政者としての覚悟の弱さを改めた」


 セスが、ハッとした顔になった。


「陛下の『まだ全てを諦めるな』はそこから……」

「ああ、絶望的な状況において印象深い言葉だった。そして、ココは何一つ諦めなかった」


 あの時の私は、他界した祖父母が憑依したかと思うほど神がかっていた。

 あの時、一つでも上手くいかなかったら移住する覚悟で臨んでいた。

 そのココは、今の私とは別人と思って欲しい。


 ココ・カグヤの謎は解けたけど、私が召喚されたことに関係がある?

 召喚したのはセスだ、二人の結びつきが強くて陛下の思いとセスが共鳴した。いや陛下の思いもセスに向いている。うんうん、単なる偶然かな。


 この重い空気、何とかならないかなぁ?


「国王陛下、今その時見の書は?」

「国家の危機を回避し役割を終え眠りについたというか、消えた。ココに見せてあげることは物理的にできない」


 いや別に見たいわけではない、この雰囲気を打破して欲しいだけだ。


「ココ、召喚後に喘息発作が出たとき、なぜ我々に言わなかった。もう少し頼ってくれても……私は、国王なんだが……いや、責めているわけではない」


 えっ、ぼやき? 聞き違い? 『召喚した者は好きにせよ』と言い捨てておきながら、頼られると思うの?

 私、根に持っているんだよね、このフレーズ。


「ローズ……」

「はい」

「ローズは、ローズと呼ばれるのとココと呼ばれるの……その、どちらが?」

「…………」


 ローズと呼びながら……やはり、そこ。


「私はココかココ・カグヤと呼ぶ、ラムセスはローズと呼べば良い。ココはそれで良いか?」

「はい」


「ローズ」

「はい、セス様?」


 セスが破顔した。……何かが回復したようだ。



 朝のお茶が終わり「昼食後に二人で召喚の間に来てくれ」と言い残して陛下は政務室へ向かった。


 私はセスに連れられて客間に戻るための廊下を歩いている。


「ローズ」

「はい」


 このやり取りは何度目だろう、視線を逸らすと「ローズ」と呼ばれる。でも、話は続かず見つめ合う形になってしまう。セスの瞳からはなにも読み取れない。これは修行?


 私は、人の機嫌を取ったりしない。というかできない。

 良かれと思っても、相手にとって必ずしもそうではない事を知っている。

 わざわざ拗れるような事はしない、冷たい人のままでいい。


 セスの仕事は、結局分からない。

 頭脳と魔術の腕を見込まれて、側近についているらしいが…公設なのか私設なのかも不明だ。在職中なのかも不明だ。


 筆頭魔術師というのは、公の仕事では?

 内定と言っていたけど、その後に正式な就任や辞令発令とやらは?

 触れないでおこう。



 王宮の私が使っている客間へ戻った。


「旦那様、お嬢様、おかえりなさいませ」


 フォード家の執事ヨハンが迎えてくれた。

 優秀なヨハンが来てくれた、私は静かに長い息を吐き肩の力を抜いた。

 あ~助かった!


「旦那様、遅くなりました。

 旦那様とお嬢様がご入用と思われるものをお届けに上がりました。

 お嬢様が以前からお持ちだった私物も念のために持ってまいりました」

「ああ、ヨハンありがとう。屋敷に変わった事は?」

「大丈夫でございます」

「このまま王宮に数日滞在する、サリをローズに付ける」

「かしこまりました」


 王宮に滞在するの?

 そもそも、私には帰る場所がないのよね。虚しいなぁ。


「お嬢様、体調はいかがですか?」

「お騒がせしました、もう大丈夫です」

「ランスからジャムを預かっております」

「もしかして……イチゴの?」

「はい、ごろごろイチゴジャムでございます。アップルシナモンジャムは開発中とのことです、1日1度はこちらに参りますので出来次第お持ち致します」

「ありがとうございます」

「ローズ、それは?」

「これは、紅茶と一緒にいただくと美味しいのです」

「ヨハン、お茶を入れてくれ」

「かしこまりました」


 えっ、またお茶……。



 ※



「これは私のやり方で正式なジャムティーではありませんが……。今度、紅茶紳士に教えてもらいましょう」


 ローズがそう言いながら、私のためにジャムティーを用意してくれた。


「甘い……」

「セス様、甘すぎましたか?」

「ああ、甘くて幸せだ。ローズ、美味しいよ」

「良かったです、イチゴはお好きなタイミングで召し上がってください」

「ローズはあまりお菓子を食べないから、甘いものは苦手なのかと……」

「甘い物も好きですよ、ジャムティーは寒い朝の目覚ましに一番です」


 ローズは、着替えのためサリとミヤに連れ去られてしまった。


 ローズはいつもと変わらない、昨日の喘息発作が嘘のようだ。

 喘息について話すローズは冷静だった、私の方が慰められる有り様だ。


 ローズを助ける存在になりたい。

 そのためにも、君をもっと知りたい。


 陛下は、ローズの事を知っていた。

 異世界召喚術の際に血を提供したのは陛下だ……偶然だろうか?

 陛下が、チョコレートを届けたのも、ローズを劇場に誘ったのも、朝食後のお茶にホットチョコレートを用意したのもローズを知って思っての事だ。


 陛下は、始めからローズの中にココ・カグヤという女性を見ていたのか?

 陛下は、ローズにバングルを贈るのだろうか?


 私の知らないローズを陛下はココと呼ぶ……胸が焼けるように痛い。


「旦那様、何かありましたか?」

「ヨハン、陛下がローズを気に入っている」

「それがどうかなさいましたか?」

「陛下は、私の知らないローズを知っていた……」

「お嬢様は、今さっき旦那様の手を取って戻られたのでは?」

「ああ」

「旦那様は、陛下の知らないお嬢様を知っているのでは?」

「ああ、それは……そうだが……」


「お嬢様は、旦那様のバングルを付けていらっしゃいます。他の方はお付き合いを申し込めません」

「ローズには、御守りとして渡したんだ……」


「そもそも我が国の、結婚の申し込みにバングルを二本贈る起源は……親が我が子の成長を願い、誕生時に二本のバングルを御守りとして贈る。その子が成長し愛するものへ御守りとしてそれを贈ることが始まりでございました。時間を経て、結婚の申し込み、婚約の証へと変遷を遂げたわけです。

 旦那様は、贈ったあと告白をしっかりとなさいました。お嬢様はバングルをはずそうとしないとサリが申しておりました。今は、それでよろしいのでは?

 旦那様は、他の方がお嬢様を気に入ったら、お嬢様の意思に関係なくその方にお譲りするおつもりですか?」


「私は、ローズに選んでもらえる自信がないんだ……」

「陛下も同じ心境でいらっしゃるのでは?」

「ああ、あの陛下が妙に慎重だ……あの陛下が諦めるはずがない!」

「旦那様、お嬢様が結婚できるまであと三年あります、焦らずに深めてください」

「あと三年も……やはりローズを白い布にそっと大事に包んでーー」

「旦那様! おやめください! お嬢様を失うとしたら……それです」

「ヨハン……」


「旦那様、落ち着いてください。陛下の事は考えずに、今までのようにお嬢様に愛を注がれるのが一番です。ただ、お嬢様は愛されることに慣れておられないようですので、愛されていると自覚なさるまでは大変でしょうが、そこは焦らずに」

「慣れていない? あんなに愛らしいのに……」

「旦那様、お嬢様に愛を注いでください。お嬢様が愛に溺れるほどに」

「溺れるほどの愛かぁ」

「今は旦那様の方が溺れ気味で、私は心配でございます」

「ヨハン、そんな……。ヨハン、諫言に感謝する」

「恐れ入ります」


 ヨハンは、私の不安や焦りを諌めてくれた。


 ローズは、サリとミヤと楽しく服選びをしているようだ……。

 クローゼット兼ドレッシングルームの扉が開いているため、可愛い声が聞こえてくる。


 私からのバングルをはずさないローズ、向こうからその声が聞こえる。

 部屋が違っても同じ時間を過ごしている……なんて私は幸せなんだ。


 私は、朝のデータ解析結果を待ちながら、今はこの幸せに浸った。



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