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「お嬢様、お目覚めください」


 珍しくサリに起こされた。起こされたのは初めてかも?

 今朝は身体がだるい、何となく喘息がくすぶっているのか?

 薬が多すぎたのか? 咳のしすぎで上半身が筋肉痛なのか?


 薬が強すぎる時の、手のワナワナ感や震え、筋肉のツリや張りもない、吸入ペースは変えるべきでないような……。


 サリに、上半身を起こされ、すぐ吸入薬を使おうとした。


「お嬢様、お待ちください! 吸入薬を使っているところを旦那様が見学したいと」


 えっ、そんな……それって、なんか嫌かも。かなり嫌かも。

 サリとミヤとメイド達の表情をみると……。


 言われるがままに朝の準備・着替えを終えて、吸入薬を手に客間のリビングへ向かった。

 すぐに引き返したくなった。


 見知らぬ大人が、偉そうな人達がいる。

 寝室とリビングの間の扉で立ち止まり動けなくなった。


「ローズ、おはよう」

「おはようございます、セス様……」

「ローズ、顔色良くないけど、体調は?」

「眠れたので、大丈夫です」

「ローズ、吸入薬の使い方を教えて欲しい」

「はい……」

「ここにいるのは、医師団と魔術師団だから大丈夫だよ」


 なにが大丈夫なの? 普段、私は人前で吸入しないのに……。

 今まで、喘息を隠していた罰だろうか?


 セスから、吸入薬使用前と使用直後から20分間の肺・心臓・気管支のデータを取りたいと言われた。


 白衣を着た医師が、私に医療用マスクとベストを付けた、計測器が動き出した。

 黒衣を着た魔術師が、吸入薬使用前の肺・心臓・気管支の気の流れを感知したいと手をかざした。


 私は、マスクを外してもらい、吸入薬のフタをカシャと外し、カチッと操作して1回分の薬が装填されたと説明し、マウスピース(吸入口)に口をつけスッと吸入した。


 吸入薬のカウンター残45。


 マウスピースを拭いて吸入薬をセスに手渡し離席した。


 口をすすいで戻ると、再びマスクを付けられた。


 少し離れたところで、吸入薬のマウスピースの薬剤口に残った微量の薬剤を綿棒や接着テープのようなもので取っている人、吸入薬の構造を透視しようとしている人等が吸入薬に群がっていた。刑事ドラマの鑑識班のようだ。


「ローズ、ありがとう」

「いえ、分解しないでいただけるなら少しの間でしたらお預けします」

「吸入薬のデータは取れたから、ローズにお返しします」


 私は、吸入薬を手にしてホッとした。その手をセスが握る。


 黒衣の魔術師が、私の首から胸と背中にかけて手をかざした。


 セスに促されソファーに座ると、セスが隣に掛けた。

 セスは、私の髪を撫でたり、腕や手を撫でている。グルーミングだろうか? 今日も私はペット扱いの日らしい。はぁ~。


「フォード卿、レディ・カグヤに質問をよろしいですか?」


 セスが頷いた。


「散剤、錠剤、液剤でなく、なぜこのような吸入式の薬ができたのか分かりますか?」

「えっ? おそらく……。

 炎症箇所か喉で、息を吸えば気管支に直接、必要最小量を短時間で薬が到達して効率的だから?

 錠剤だと量が多くて、無駄に全身に効きすぎて副作用も多いから?

 飲み薬だと胃や腸で吸収されて喉に効くまで時間がかかるから?

 あっ、でも重症の時は、血管から薬を流します。

 ごめんなさい、医療従事者ではなくて……詳しくは……」

「貴重な医療知識をありがとうございます」


 白衣を着た人が、優しく微笑んだ。


 白衣集団の一人が「吸入を行って20分経過しました」と告げた。

 白衣の医師が、私から医療用マスクとベストを外した。


 黒衣の魔術師が、私の首から胸と背中にかけて手をかざした。


「フォード卿、予定していたデータは取れました解析に入ります。失礼します」


 医師・魔術師団が、ぞろぞろと退室した。

 魔術師団は、黒衣を止めた方がいいと思う。

 私には悪魔宗教団体か闇の結社に見えてしまう、こわっ。


 そんな事を考えていたら、私の手の中の吸入薬にセスの手が触れた。


「ローズ、もう一度見せて」

「はい」

「ローズ、この45という数字は?」

「はい、あと45回使えるということです」

「どういうペースで使うの?」

「なにも無ければ1日1吸入、発作時1吸入です」

「……吸入薬が無くなったら……その……ローズは?」

「どうなるか分かりません」

「ローズ!」


 セスが私を抱きしめた。


「ローズ、すまない。私は何てことを……」


 セスが、震えている。


「別に、私の喘息はセス様のせいではないので……」


 自然とそんな言葉が出て、そこで止まった。


「気にしないでください」とは続けられないが「召喚した貴方達の責任もあるから何とかして」と言う気もなかった。


 私の病気で他人が泣くのは苦手だ。

 私の病気で泣いている人を私が励ますのは最も苦手だ。


「ローズっ」


「ローズ、ローズ……あぁ~私は…」


 セスは私から手を離し頭を抱えて項垂れた。


「セス様、落ち着いてください」

「ローズ……」


 セスが、座り直した。


「吸入薬が無くても意外と大丈夫かもしれません」


 嘘をつくしかない。

 患者本人が、周囲に「大丈夫」と言い続けるのは辛いがそれしかない。


 それに……、可能性は低いがそういう道も残っているかもしれない。

 吸入薬が無くても苦しまない時間軸に召喚された、今はそれを願うしかないのだから……。


「ローズ、質問をさせて欲しい、嫌なら答えなくていいから」

「はい」

「発作は何が原因とされているの?」

「人それぞれです、私は気圧・湿度・気温差、埃、香り、ストレス、疲労等です」

「昨日は何が原因かわかる?」

「分からないです……」

「良くない食べ物は?」

「私には食物による誘因はありません」

「ローズ、吸入薬の代わりになる薬や治療は?」

「薬は色々試して、吸入薬にたどり着いたので……代替は分かりません」

「吸入薬を複製できたら、状況は明るくなりそう?」

「はい、おそらく……」


 やはり複製する気だ。あの特許だらけの吸入薬をコピーできるの?

 いや、しちゃダメでしょ。

 薬剤の内容はもちろん、あの容器自体が特許の塊と聞いたことがある。

 この吸入薬を複製できても、もう一つの吸入薬がないとダメだと思う。


「ココ、喘息とはどういう病気だ」

「「おはようございます」」

「ああ、おはよう」


 いつの間にか、国王陛下が部屋にいた。

 そして、ココ呼び。

 私が、本当の名前を言わないから仕方ないか、なんとでもお呼びください。


 喘息の説明は難しい、両親はずっと「喘息は喉が鳴る病気だから、ひゅーひゅーしていても平気」と私に言い聞かせた。この誤認識が私の喘息を悪化に導いた。


 私は正確な説明のため、救急搬送された時の医師の話を思い出そうと記憶を巡らす。ダメだ、専門的なことは何も覚えていない。最小限の説明にしよう。


「喘息は、何らかの原因で気管支が狭くなる病気です。そのせいで息が苦しく、咳が出たり、喉が鳴ります」

「死に至ることは」

「あります。気管支が極端に狭くなり窒息状態に陥ります、血中酸素が減りチアノーゼを起こし、そこまで行くとわりと短時間で……。

 でも、吸入薬の登場で喘息死だけでなく喘息入院も激減しましたし……」


 その吸入薬が来月には尽きるんだよね。あっ、変な説明になってしまった。

 重い沈黙が広がっている。


 ここには、ヨハンがいない。サリは?

 少し離れた所に立つサリに視線を向けると、えっ、サリ……?

 いつも微笑んでいるサリの表情が硬い。


「ラムセス、ココ、ひとまず朝食にしよう」


 セスは動かない、サリは顔に手をあてて俯いた。

 サリとは距離があったから、聞こえていないと思っていたが……。


「サリ……?」

「お嬢様、申し訳ございません」

「サリ、今の話が聞こえてしまった?」

「はい、お嬢様……」

「サリ、そんなに泣かないで……今までだって私は元気だったでしょ! そこまで重症ではないから……」


 陛下とセスが慌て始めた。聞かれてはいけない内容だったの?

 それならなぜ、結界を張らなかったの?

 いつも警戒を怠らない二人の判断力が落ちている?


 国王陛下がサリに向かって、手をかざした。

 セスが、その間に自分の手を差し入れた。


「お待ちください、陛下。サリには必要な情報です」

「では、誓約を」

「サリ、誓約をお願いできるか?」

「はい旦那様、何の問題もございません」


 さっきから、何のやり取りをしているのだろう。

 空気が、より一層重い。



 陛下とサリの謎の儀式が終わり、王宮のサロンダイニングに通された。

 真っ白な床と壁、金の装飾が眩しい部屋だった。ダイニングテーブル・ダイニングチェア全てが白基調の金の装飾……。


 もっと白い服にすれば良かった。



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