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「ローズ、食事にしよう」
「はい、セス様」
「ローズ」
「えっ……」
セスは私の名を呼び私を抱き上げてダイニングテーブルに向かい、私を横抱きしたまま席に着いた。必然的にセスの膝とセスの胸とセスの両手とテーブルに囲まれる形になった。
唯一残されたのは上だけだ、見上げるとそこにはネイビー色の瞳がある。
身動き取れない、少し動こうとするもバングルがカチカチと小さな音を立てるだけでセスは動じず、笑顔を向けてくるだけだ。
なに? 何が起きているの?
セスが、私に水を飲ませようとする。
「あの……」
「水は要らないのかな? ジュースにする?」
「あの……」
「飲み物は後にしようね、前菜から? はい口を開けて、ローズ」
「えっ……」
「ローズ、ほら口を開けて……具合悪いの?」
セスが、私を覗き込む。あ~~、もうキラキラおめめが……。
シッカリしなくては、35歳だった私。
「体調は戻りましたから……」
「ローズ、もっと口当たりの良いものにする?」
「セス様も食事をなさってください」
「ローズの食事が終わったらいただくから」
「そうではなくて……セス様と同じものを一緒にいただきたいのです」
「ローズ……」
何を不思議そうに考えているのですか?
お願い、離して! 一人で椅子に座らせて!
あっ、理解してもらえたようだ優しい笑顔になった。
「ローズ、ローズが僕の膝の上で僕の手から一口食べたら、僕もローズと同じものを一口食べるから、一緒ですよ」
この人は、涼しい顔をして堂々と何を言っているのだ……。
眩暈がする、こちらが恥ずかしくて、顔が赤くなる。
「ダメです」
「ダメって……ローズ……一人で食べられるの?」
「はい」
私は、ペットか何かに格下げされたのか?
ミヤは、目を見開いて引き気味だ。私も引く~。
サリの肩は揺れている、サリが助けてくれない……。
セスは立ち上がり、私を椅子に座らせた。
私の目の高さに、ネイビーの視線が来る。
なんだか、心臓が痛い。
「ローズ、ゆっくり食事をしよう、無理だったら私に任せて欲しい」
何を…… 何を任せるの……?
セスは、隣の席に着いた。
カトラリーを落とそうものなら、またセスの膝の上に戻される気がした。私は、慎重にフォークやナイフを動かした。食事が終わるころには飼い主モードから普通のセスに戻っていた。
食後のお茶は、眠りに良いとされるハーブティーにした、スペアミントの香りが優しかった。
セスに、おやすみの挨拶をして寝室へと向かった。
その晩、寝巻着にとナイトドレスとパジャマが用意されていた。
私はパジャマ派だ、久しぶりのパジャマは安心感が違う。
「「どうぞ、お休みください」」
サリとミヤが退室した。
一人になってホッとした、まだ横になりたくなかった。
胸痛が引かない、喉の奥がゴウゴウしているそのうち咳が出そう、喉の状態が良くない。眠りにつくどころか、横になるべき状態ではない。
吸入薬を使った、カウンターは残46。
吸入後、寝室を見回した。新しいホテルにチェックインした気分になった。
フォード家の客間は広い一室で、バス・トイレとクローゼット以外は仕切りがない。寝室・リビング・ダイニングを家具の置き方でエリア分けしている。窓と外壁を兼ねている大きな板ガラスを生かすためだろう。あれはガラスだろうか? アクリル等の樹脂系だろうか? 第三の素材、魔法ガラスだろうか?
王宮の客間は、リビングダイニングと寝室に分かれている。ゴシック風の先の尖ったアーチ窓が連なるリビングは美しかった。
今いる寝室の窓はリビングのそれと比べると細身だが閉塞感はない。寝室の壁紙やファブリック類の柄を楽しめる。自分の部屋の一部に取り入れてこんな風にと考えたが……帰還できない事を思い出して、考えるのをやめた。
私は、静かにベッドに座って長い一日を振り返った。
気まずい朝食・タラソテラピー・美しいドレス・金色の機械馬・美しい劇場・懐かしい演目・喝采・王宮・病気の告白、盛りだくさんの一日だった。
ココ・カグヤ。
私がチョコレートの国でホテル従業員達に呼ばれていた愛称だ、偶然だろうか? あの国王陛下に問いただすのも面倒だから、偶然にしておこう。
今ごろになって、セスの膝の上で一口ぐらい何かをいただいても良かったかもしれない、と不思議な思いが浮かんだ。疲れているのかな?
明日は……セスに人として扱われるだろうか?
喉が落ち着いてきた、静かに横になった。
あ~、今日は仰向けで寝るのは無理かぁ、苦しい。
横向きになった、よし! 眠れそうだ。
吸入薬を握りしめたまま私は眠った。
※
ローズは、あの感覚のない指で食事をはじめた。食事を進めるうちにローズの指の感覚は戻りはじめたことを自分の指で確認できた。ローズは、バランス良く少量の食事を綺麗に食べ終えた。食後のお茶もいつものように過ごしていた。
顔色の戻らないローズの側を離れたくなかったが、ローズの就寝の時間だと退室させられ、用意された客間に入った。
『おやすみなさい、セス様』ローズの声が、まだ私の耳で心地よく遊んでいる。
ローズ、君は病気で苦しくても笑顔を作れるんだね。
私は、自分の無力さに泣きたくなった。
「陛下が、おみえです」とヒースが告げた。
「陛下、私にまで過分な配慮をいただきありがとうございます」
「ラムセス挨拶はそこまでにしてくれ、ローズ嬢は眠ったのか?」
「はい、まだ顔色は優れませんでしたが……」
明日には、いつものローズに戻って欲しい。
「ローズ嬢の気管支喘息について、内密に医師と魔術師にすぐ調べさせる」
「陛下、ありがとうございます」
「ラムセス、あの吸入薬を複製できるか?」
「今夜はローズが吸入薬を手放さないので、明日検証しようかと……」
あの吸入薬がどういう物なのか、明日、色々とローズに聞かなくてはいけないことがある。
ローズは、なぜ大事なことを言わなかった。
大したことではないのか、むしろ誰にも言えないほど重要な事なのか……。
「刀剣に変化は無かった、明日にでもローズ嬢に刀剣を触ってもらおう」
「刀剣がローズの力になってくれると良いのですが……刀剣は今どちらに」
「召喚の間にある」
「ラムセス、最低でも4~5日は滞在してくれ。
その間に、ローズ嬢の後見人選定、爵位の授与、王立アカデミーの試験を受けてもらう。先代筆頭魔術師ランカスター卿にも連絡がついた、近日中に登城可能だ」
「陛下、ランカスター卿が召喚した者は?」
「ああ、ランカスター卿と辺境で暮らしている」
「ローズ嬢から召喚についての質問は無いままだったな」
「はい、ローズは召喚について何も聞いてきません、それだけでなく全てにおいて無関心です。そういう意味では、今日のローズは珍しく感情豊かでした」
「ラムセス、ローズ嬢に召喚に至った経緯や召喚後の話をしよう」
陛下は、ローズに召喚の全てを話すつもりだろうか?
猜疑心の強い陛下が、急にローズを深く信用したのか?
「陛下、このような時に不謹慎ですが、私はローズをいずれ妻にと考えております」
「そうだな、婚約の印のバングルがローズ嬢の左手首にあった。ローズ嬢にちゃんと説明したのか?」
「いえっ、御守りとして渡しました」
「それでは、私のも渡そう」
「陛下、何を仰っているのですか?」
冗談かと思ったが、真剣な強い意志を感じる冷酷王の表情に驚き、私は言葉を逸した。
「ココ・カグヤ」
「陛下?」
「ローズ嬢はココ・カグヤだ、あの吸入薬を見て確信した」
「陛下、ローズの本当の名をご存知なのですか?」
「いや、本当の名ではない。
ローズ嬢に最終確認を取りたい、それまで待ってくれ」
「かしこまりました」
私の知らないローズを陛下は知っている。
その晩は、色々な思考が交錯し眠ることができなかった。




