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 幕が上がってから、ローズの視線は舞台から離れない。

 ボックス席の貴族たちの目は、ローズに釘付けだ。


 それに気づいた私は、思わず青い星型のローズの小箱?を握り潰しそうになった。


 ローズが、また舞台に小さい拍手を送った。


 パサッ……


 舞台に夢中のローズの肩から、ストールが落ちた。

 ローズの視界を邪魔せずにローズの顔を隠すようにストールをかける方法を考えていたら、サリが私の手のストールを取りローズにかけ直した。


 フォード家のボックスの方が、観客の視線を避けられたはずだ。予想より注目を集めるロイヤルボックスは考えものだ。


 陛下が王家の薔薇をローズに贈った。

 ローズの存在は、明日いや今夜には、王都中の貴族に知れ渡るだろう。

 宰相のラロール卿ですら、ローズに近づこうとする。

 色々な貴族が寄ってくるだろう。


 刀剣との適合が何を意味するかは不明だが、ローズがこの世界に馴染みこの世界を受け入れる事を意味するのならば……。

 ローズには、この世界の色々な事象を知ってもらう必要がある。


 私とローズには歳の差がある。ローズが同年代の友達が欲しいと学園に通い始めたら、令息達だけでなく令嬢もローズに群がるだろう。


 ミリッ……


 私が、学園の講師になったところでローズを守り切れるだろうか?

 もし、ローズが誰からか好意や悪意を向けられたら、ダメだっ、絶対ダメだっ。

 学園に通わせてはダメだ!


 メリッ……


 ローズと歳の近い侍女を探そう。もうそれで許してもらおう……。


 そんなことを考えていたら、ローズの小箱をサリに取り上げられてしまった。



「ラムセス、ローズ嬢? 第一幕が終わった、控室に戻ろう」

「……はっ、はい。陛下」


 陛下の声で、舞台の幕が下り、観客席が明るくなっていることに気づいた。


「ラムセス、いつものように幕間の歓談後に帰るか? 今日はどうする?」

「ローズ次第ですが、ローズが二幕を望むのならフォード家のボックスに移ろうかと」

「どうしてフォード家のボックスに?」

「これ以上、ローズを衆目に晒すのは……」

「ああ、注目されているな。正装のラムセスの横に美しいローズ嬢、一幅の絵のようだ」


 ローズは、綺麗な姿勢を崩さずに、ぼんやり会場を眺め余韻に浸っているようだ。

 時々、こうしてローズの心は離れてしまうことがある。


「ローズ嬢、楽しんでいるか?」

「ローズ?」


 ローズは、陛下の言葉にも私の声にも反応しない。

 私はローズの肩に軽く手を添えた。

 ローズは、幕の降りた舞台と客席を見ながら、静かに言った。


「素晴らしいです、そして美しい劇場ですね」

「国が誇る劇場だ」

「皆さんが幕間を楽しんでいますね、いい景色です」


「ローズ、控室に戻ろう。二幕はどうする?」

「はい! 第二幕の花のワルツが楽しみです」


 ローズには、二幕を観ないという考えは無いようだ。


 控室に戻るとサリに手を取られ、ローズはパウダールームへと消えた。


「今日の観客は、舞台を観に来たのかロイヤルボックスを見に来たのか? 王としては、見られるのには慣れているが……」

「今日ほど、人の視線を意識したことはありません」

「ラムセスは今まで気にもしていなかったからな、ローズ嬢は堂々としているな」

「ローズは、舞台に夢中で気づいていないかと」

「ははっ、たしかに。

 警備の問題がある、ローズ嬢にはこのままロイヤルボックスを使ってもらう。

 我々も二幕を観ていこう。ヒース、その場合の退場の手順は?」


「はっ、陛下、フォード卿に申し上げます。

 第二幕終了後、カーテンコールの幕開きと同時に、演者も観客もロイヤルボックスの陛下へ拍手を送ります。陛下がそれに応え、演者に拍手を送ってください。それにより観客は、陛下と演者に拍手を送ります。

 その際にご退場いただき、速やかに馬車へ移動していただきます。陛下が乗車された馬車が走り出すまでは、観客席の扉は開きません」

「わかった。ラムセス達も同じタイミングで出ろ」

「陛下、ご配慮いただきありがとうございます」


 ローズが戻ってきた。青い星の小箱を気にしている。


「ローズ?」

「クラッチバッグが少し歪んだような?」

「あっ、ローズそれ……、気に入っていたのですか?」

「はい、セス様の瞳色で綺麗で……強い力をかけた覚えがないのに?」


 ローズ! 私を試しているのか?

 こんなに大勢の前で、そんな可愛いことを言わないでくれ、抱きしめたい気持ちが……。身体が熱い、悶え苦しむとは、こういう事か? ローズの星の小箱を歪めた罰だろうか?


「ラムセス大丈夫か? ローズ嬢、私の修復魔術で直そうか?」

「いえ、貴重な魔術をそんな……大丈夫です、気のせいです」


 側近が「陛下、そろそろギャラリーホールへ皆がお待ちです」と告げる。


「ラムセス達はどうする?」

「ローズ、ギャラリーホールへは?」

「人が多いところは苦手です。許されるならば、私はこちらに一人で残ります」

「陛下、我々はこちらに残ります」


 ローズは人見知りだが、寂しがり屋ではない。一人になろうとする。

 ローズ、私はそれが無性に寂しいんだよ、だから君を離さない。


「セス様、陛下とご一緒しなくてよろしいのですか?」

「ローズ、離れないと約束しましたよね」

「……はい」


 陛下が、控室を後にした。



「旦那様、お嬢様、お飲み物の用意ができました」


 ローズは、ライム水の注がれたグラスに口を付けた。

 私は、そのグラスになりたい……ローズと触れていたい。

 私は、冷えたミネラルウォーターを飲んだが、熱が取れない。


「お嬢様、楽しんでいらっしゃいますか?」

「はい、雪の精のコールドが幻想的で美しくて。サリは?」

「私は、衣装に目がいってしまいーー」


 ああ、楽しそうに話している。可愛い。


「セス様は、印象に残ったシーンはありましたか?」

「……シーン? どれも、……興味深かかったよ……」


 私は、瞳をいつもよりキラキラさせて舞台を観ているローズの綺麗な横顔しか記憶にない。曖昧な返事をしながら星の小箱に修復術を施した。



 第二幕が終わり、陛下の退場は手順通りに進んだ。

 陛下が劇場中の歓声と拍手を受け、演者と観客に拍手を返した。

 ローズも興奮気味に拍手を送っている。

 私の心に感動が満ちてくる。

 こんなに、感情を隠し切れない幸せそうなローズが見られるなら、毎日でも劇場に通おう。


 カーテンコール中の歓声を背に、陛下をはじめ私達は、ロイヤルボックスを後にして出口へと向かった。


 人気のない、正面扉の前のホールに差しかかった。


 その時……。

 私の喉に違和感が走った。喉がつまる……。

 前を歩く陛下が振り返った。


「ラムセス、大丈夫か?」


 緩く首を絞められているようだ、ハッとしてローズを見た。


 私の右で、凛と前を向いているはずのローズが、俯き足取りが重い。


「ローズ!」

「お嬢様!」

「……セ……ごほっ……ひゅー……」


 顔色を無くしたローズの足が止まった、私から手が離れ、喉に手をあて、かろうじて立っていた。


「……ぜーぜー、ごほっごほっ……ひゅー……ぜーぜー……」


 私は、ローズを抱き上げた。

 フォード家の馬車はまだ正面に来ていない、馬車まで走った方が早い。


「陛下、大変申し訳ありません。こちらで失礼します」

「待て、ラムセス。同じ馬車に乗れ、王宮の方が近い。医者もいる、ごほっ……」


 陛下も私も、軽い咳が出始めた。

 近衛に緊張が走る。同行している魔術師が「攻撃魔法は確認されません」と告げる。


 なんだ、いったい……また治癒魔法が効かない。

 ローズの息が浅い、数分前まであんなに幸せそうだったのに、今は肩で息をしている。熱は無いが、呼吸困難に陥っている、苦しいだろう……。


 何度も治癒魔法を試みるが、ローズの息が弱くなる。


「ああ、ローズ……こほっ……」

「ラムセス、急げ。早く馬車に」


「旦那様、お嬢様のドレスの隠しポケットの中の……」

「何か知っているのか、サリ」

「ラムセス早く、同じ馬車へ」


 中央扉前に待機していた王家の馬車に足早に乗った陛下が、ローズを抱く私とサリを手招きして乗せた。側近のヒースが最後に乗った時「馬車を出せ、早く」と陛下が声を上げた。


 近衛騎馬隊に囲まれて、馬車は走り出した。



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