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シャランシャラン シャランシャラン
馬車はスムーズに動き出した。
「今日は天覧だから、王宮魔術師が劇場一帯の気温を上げている」
「はい」
「ローズに声をかける人がいても、陛下以外には返事をしないでね」
「はい」
「私から絶対に離れないでね」
「はい」
「花やプレゼントを差し出されても受け取らないでね」
「はい」
子供の頃の気分になってきた。
大扉に近づいたらしい、ロシアンセーブルのショールをかけられた。暖かい。
この世界には、動物愛護団体はいないのかしら? 可哀そうに、何匹のセーブルが……ご冥福をお祈りします、暖かい。
今日は、雪は降っていない。
次の冬の雪は難しいけど、この冬の次の雪は見られるだろうか?
セスからの諸注意が終わり外を見ていると、セスが話しかけてきた。
「ローズ、まだ専属メイドを付けてないけど、不自由はない?」
「不自由なことなんて……何もありません」
専属どころか、常駐メイドを減らして欲しいのだけど……。
「ローズ、朝食の時に話題に上った学園の事を説明しておこう。
この国では、貴族は15歳から3年間王立アカデミーの普通部に通う。その3年間の通学を『学園に通う』ともいう。ローズの学力は、普通部の上の大学部相当かもしれない。そのうち試験を受けて欲しい」
「試験……」
「アカデミーには、飛び級や自宅学習制度もあるから、ローズには無理をしないで欲しい」
「はい」
「ローズは、同年代の友達が欲しい?」
「いいえ、特にそんなことは……」
その答えを聞いたセスが、暗くなってしまった。
今度は、何だろう?
王都に入り、馬車は減速した。
王立劇場に近づくにつれ豪華な馬車が増え、渋滞が起き始めていた。
馬車を降りて、劇場に向けて歩き出す人達もいる。
皆、ドレスアップして楽しそうだ。文化・芸術が華やぐのは平和の証だ。
「ローズ、時間は気にしないでください、あと窓を開けないでね」
「はい」
劇場前の五つの門のうち、左二つの門へ馬車が吸い込まれ、右二つの門から空馬車が出てくる。
本格的な渋滞にはまりかけたころ、劇場の警備兵がフォード家の馬車に何か合図した。
今まで閉まっていた劇場の正面の中央門が開き、そこへ誘導された。
フォード家の馬車が中央門を通ると、その門は閉まった。
「ローズ、この門は王家とそれに関わる者の専用門なんだ」
「王家に関わりある……どこで分かるのですか?」
「金色の機械馬だよ、王家の許可がないと使えない色なんだ」
「そんな、しきたりが……」
「正面の扉を使うのも、同じ意味だよ」
正面の扉が開き、扉から車寄せまでレッドカーペットが敷かれた。
そこに、馬車が横付けされた。
「ローズ、私から離れないでね」
「はい」
セスは、ヒラリと馬車から降り、振り返り馬車の中の私に手を差し伸べた。
いつものように、セスの手を取り、馬車を降りた時だった。
「公爵様ぁ~」
「公爵様、こちらを向いてください」
「冷徹魔術師様~、その女性誰ですかぁ~」
「きゃ~、公爵様と一緒に女性が~」
「わ~、正装なんで素敵~」
と、黄色い声とどよめきが起きた。
眼の端に、女性達が映る。新春福袋セール会場に並ぶ女性達を思い出した。
「ローズ、大丈夫?」
「はい、セス様」
セスのいつもと変わらない声にホッとした。
正面扉前の階段をゆっくりと上った。
その時、ひと際大きい歓声が背中で上がった。
「ローズ、止まって」
セスに従い振り返ると、再び開いた中央門から立派な馬車が入ってきた。
馬車が止まり、国王陛下が降りてきた。
今まで見たことも感じたこともない威厳ある国王陛下の姿だった。
「国王陛下~」
「きゃ~、陛下ぁ~」
「我らの陛下!」
劇場前広場の人々から歓声があがる。
「セス様、国王陛下が国王陛下に見えます」
「ははっ、ローズは何に見えていたの?」
「…………」
セスが? セスに? 想いを寄せる一人の男性に見えていた、とは言いにくい。
真相は分からない、慎重に振る舞おう。
陛下が近づいて来た。
「フォード卿、ローズ嬢、ようこそ王立劇場へ」
「「ご招待いただきありがとうございます」」
「ローズ嬢にこちらを」
陛下は、側近に持たせたゴールデンローズのブーケを手にして私に差し出した。
「陛下ありがとうございます、ローズが喜びます」
あれ? 貰っても良いの?
サリが私の手のクラッチをサッと引き取り、セスはエスコートの手を離した。
私は、軽く膝を折り両手で受け取った。
周囲が、ざわめく……。
「王家の金色の薔薇よ~」
「国王陛下ぁ~」
「フォード家の馬車で来て、王家の薔薇をもらうなんて……」
「あの方が、異国の姫か……」
「みて、あのバングル……」
「国王陛下ぁ~」
「フォード公爵様ぁ~」
色々と聞こえて、よくよく聞きたいのに……。
「ローズ、すぐにブーケをサリに預けて、それか私が……」
「あっ、そうですね。セス様の方がこの薔薇も映えますね」
やはり、陛下からのブーケをセスは欲しかったのね。
「美しいブーケですもの、どうぞ」
私は、ブーケをセスに差し出した。
本当は国王陛下だってこうしたかったはずだ。
「ローズ、私はそのブーケに興味があるわけでは……」
「……そうですか……」
何がいけなかったの?
私は、この差し出した手をどうすれば?
「お嬢様、その色の薔薇はドレスに映えます」
「そう? ……品の良い薔薇よね」
「お席に着くまで、右手でその位置でお持ちください」
「はい」
「サリ、その青い星の小物入れを私が預かろう。ローズ手を」
このクラッチ何のためにあるの? そんなに大事なの、これ?
セスに至っては『小物入れ』になっている、しかも中に何も入ってない。
陛下が、扉の前で振り向いて劇場前広場の人々の歓声に軽く手を振って応え、場内へ足を進めた。
本当に国王陛下みたい……。
国王陛下は、劇場の責任者らしき人と軽く談笑しながら進んでいく。
セスに手を引かれ、陛下の後ろに続いて王家専用控室に入った。
「ラムセス、ローズ嬢、改めてようこそ」
「「お招きいただき、光栄にございます」」
「是非、楽しんでくれ」
「「ありがとうございます」」
国王陛下と、手順を踏んだ挨拶をしたのは初めてだ。
国王陛下は、側近と近衛に警備の確認をしているようだ。
王家の控室は芸術品でもある、内装や調度品についてセスが説明してくれた。
「ローズの部屋の調度品も少し買い足そう」
「いえ、あのお部屋には全て揃っています」
「ローズ、本当に何でも言って欲しい、猫足の家具に入れ替える?」
「いえ、シンプルな家具も好きなので」
「家具の色を変える? ローズの好きな色は?」
「色、色ですか……?」
控室の前室が賑やかになった。
近衛たちが、サーベルに手をかけた。
陛下の側近が告げた。
「陛下、宰相のラロール卿が、お見えです」
「ご息女の具合が悪くて、来ないと聞いていたが……」
「それが……、そのご息女もおみえで、お目通り願いたいと」
「上演前はダメだ、幕間のホールでの挨拶にしてくれ」
「かしこまりました」
「陛下、開演時間です。お席へ」
「わかった」
陛下の後に続き、警備に囲まれ、控室奥の扉の先の隠し通路をとおり、ロイヤルボックスへ陛下が入った。
その瞬間、歓声が上がった。
その後ろにセスと私が続いた。セスにも歓声が上がった。
二人とも人気者なのね。
陛下が、軽く手を挙げると歓声は止み、陛下が着席すると、セスに促されて私も席に着いた。観客達も着席した。赤色と金色の内装が豪華で美しい劇場だった。
開演前の静寂が訪れた。
上演を告げる鐘がなり、照明が落ちた。
幕が揺れ始めた。
あ~始まる、答え合わせの時間が始まる。
やはり『バレエ・花のワルツ』は、『バレエ・くるみ割り人形』だった。
もしかしたら衣装・振付け等が多少変わっているかもしれないが、受ける印象は同じだった。全幕を観たのは、一度しかないけど……。
非日常的な美しい舞台を見ていると、色々な感情や記憶が浮かんでは消えた。時々、涙ぐみそうになる不安定さを自覚しながらも、シナリオ通りに美しい舞台が進むにつれて心は凪いでいった。




