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「「お嬢様、ご無事でございますか?」」
「え……ええ、ご無事よ、たぶん。なんだか熱烈な告白を受けたような気がするのだけど……」
ただでも麗しすぎて眩しい美形男子に、見つめられて至近距離であの声で『綺麗だ』『好きだ』と囁かれ、意識が遠い世界に行きそうだった。
指先を舐められ、チョコレート息の囁き……なんだか凄かった!
攻撃を受けた気分だ。
なんとか堪えて、やっとの思いで瞬きをすると『ローズのチョコレートを取ってしまってごめんね、怒らないで』とオドオドしながらセスが私の手を拭いていた。
恋愛沙汰に疎い私でも、クラクラした。
囁き攻撃の次は、ギャップ攻撃?
「お嬢様、少しお時間をよろしいですか?」
「はい、ヨハン。何でしょうか?」
「旦那様は、他人にも自分にも興味が無い方でした。それが、お嬢様を抱きかかえて戻られてからは、目に熱が灯りました」
「はぁ? それは多忙すぎてドライアイなのでは?」
「お嬢様! 今の旦那様しかご存じないので分かりにくいかもしれませんが、旦那様は初恋を拗らせてしまったようでして……」
「初恋? 陛下に対しての初恋が拗れたの? で、私は身代わり・当て馬的な?
……そのような理解でよろしいのですか?」
「「お嬢様……」」
「ヨハン、サリ、二人して残念な人を見る目をしないで欲しいのだけど」
「これは困りました……。お嬢様、これだけは申し上げておきます。
陛下と旦那様は、同級生であり親友です。それ以上でも、それ以下でもございません。旦那様は、何よりもお嬢様を一番に思っておいでです」
ヨハンの力説が恐い、サリも強く頷いている。
「はい、承知しました、感謝しております。
それにしても、セス様は、恋愛経験が豊富みたいですね、先ほどの色香に私はクラッとして勘違いしそうになりました。色々と気を付けます」
「「お嬢様!」」
「サリ、これは由々しき問題です。あの旦那様が思いを寄せた姫は、旦那様より無自覚というか……」
「はい、ヨハン様。私の嫌な予感が当たりました」
「あのっ、他にもチョコレートって?」
「はい、お持ちします」
「こちらの世界に来て初めてのチョコレートです、楽しみです」
「お嬢様! 旦那様に怒っていると仰ったのは「本当にチョコレートの事だったのですか?」」
「はい」
「「お嬢様……」」
私は、別に怒っていない。
セスのあの言葉、半端ない熱を帯びた瞳。あまりにも突然でセスの色気に当てられて驚いた。今までのように上手くかわすことができず、途中で俯いてしまった。
セスは始めから真摯だった。
セスの罪悪感や義務感から、私に優しくしてくれているのは理解していた。
それでも……人に慣れるまで時間を要する私が、こちらの世界にきて10日程度でセスを優しくて可愛い人だと思えるようになった。
その矢先に、あの熱い告白だ。
とにかく、驚いた。この展開は私の生存戦略のシナリオには存在しない!
あまりのことで、うまく対応できず焦ってしまった。
それを隠したくて「怒っている」ことにした。
シナリオを変えるつもりもない。
私はセスの言葉を受けることは出来ない、その資格が無い。
今を生きると決めても、私の未来はそう長くないのだから、無責任に将来を誰かと誓うことは出来ない。拉致されたから生活全般の面倒をみてもらうレベルとは、明らかに違う。
元の世界でも、恋や愛を封印していた。
それに……。
本当に陛下との間には、親愛や友愛だけなのかしら?
セスは複数の人を同時に好きになるタイプなのかしら?
私は一人、首を傾げた。
強い日差しで目が覚めた。
毎晩、天蓋を下ろすのを頼み忘れてしまう、いい加減に学習したい。
朝の吸入を行う、吸入薬のカウンターは残48。
部屋から廊下に出る扉は、朝開けたら夜まで閉めない。
この、広い部屋では、扉が開いていようが困ることはない。
今朝は、まだ扉が閉まっている、逆に開放感を感じる。
部屋に置かれたトルソーに今日着る予定の豪華なドレスが着せられている、サンダルもアクセサリーもセットされている。
ずっと夢のような生活をしているせいか、生きている実感が薄れてきた。
それに反して、お嬢様と呼ばれていると何となくその気になって、振る舞いが上品に変化してしまうから不思議だ。
丁寧に今を生きよう。
コンコンコンコン
「お嬢様、おはようございます」
「おはようございます」
「本日は、プレデビューでございますね。私どもも頑張りますので……」
「えっ、デビュー? デビュタント?」
「デビュタントは16歳からです。王立劇場は、王宮での夜会に次いで格式の高い場です。
デビュタント前に、まず王立劇場か王宮茶会に参加することをプレデビューと言います。デビュタント前の令息令嬢が社交を学ぶ場となります」
かなり格式高いところだった。
どうりでセスがドレス選びに立ち会ったのね。
「プレデビューは、ドレスコードに厳しくないのですか?」
「ドレスの形は自由です。家格によって許される色が変わってきます。特に黒系は、最上位の格付けとなります」
「そう、そうでしたか……」
話しているうちに、朝の着替えが終わった。
今日は、ピンクグレーのボードネックのストレートラインのノースリーブワンピース、グレーのストール、黒のミュールにした。
サリは、今日のドレスに合わせる髪飾りを決めかねて、頭はその事でいっぱいのようだ。
コンコンコン
「ローズ、おはよう」
「おはようございます、セス様」
「ローズ、バングルをはめさせて」
「あっ、はい」
「食事にしましょう。ローズ手を」
「はい、セス様」
セスにエスコートされ朝ダイニングに着くと、国王陛下のような人影と、知らない人影が見える。
昨日、『ローズ嬢、明日劇場で』と聞いた記憶が……幻聴だった?
「ローズ、今朝もお客様がみえていて……」
「はい、私がご一緒してもよろしいのですか?」
「……ああ、陛下がもう一つのスィートエッグトーストを食したいと」
「ローズ嬢、おはよう」
「おはようございます、国王陛下」
「ローズ嬢に紹介する、宰相のラロール卿だ」
「ローズ様、はじめてお目にかかります。宰相をしております、ハンセン・モル・ラロールと申します」
「おはようございます、ローズでございます」
「ハンセンとお呼びください」
「ローズ嬢、私の事はアレックスかアレクと呼んでくれ」
「…………」
朝から、濃いなぁ。
宰相は強面でセスよりかなり年上に見える。50歳手前だろか? 宰相にしては若いような……この国は、みな短命なのだろうか?
国の重要人物が、集まっているけど、セキュリティー大丈夫なのかしら、ここ?
「ローズ座って、ローズは好きな物をランスが来たら伝えてね」
「……はい」
はい、と答えたものの……皆と同じものを食べたほうが無難なのでは?
「料理長のランスでございます。
本日の朝食の説明をさせていただきます。陛下と宰相におかれましては、フルーツサラダの後にスィートエッグトーストをご用意させていただきます。付け合わせをお決めください。
旦那様、お嬢様はいかがいたしますか?」
「私は、ローズのいつもの朝食と同じものを」
「私も、それをお願いします」
「まて、ローズ嬢のいつもの朝食とは?」
「陛下、ローズは特別な時にスイートエッグトーストを食べるのです」
「でも、ローズ嬢は涙を流したと……」
「だからといって、毎日はーー」
朝から熱い、若いって凄いなぁ、国王陛下とセスの仲良い口論を聞きながら、私はバングルの石を数え始めた。目の端でランスとヨハンが相談している。
ヨハンが告げた。
「旦那様、お嬢様のいつもの朝食に、希望する方にスイートエッグトーストをお付けするという形でご準備させていただきたいのですが?」
「陛下、ラロール卿よろしいですか?」
2人が頷いて食事が始まった。
決めたっ! 私は、空気を目指そう。




