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『はい、セス様』


 ローズが私にいうその言葉は、私を幸せにするマジックワードだ。

 今までどんな賛辞や賞賛を浴びようと幸せを感じたことはない。誰かを否定することもなかったが、誰かを求めることもなかった。セピア色の静かな心地よい毎日だった。

 ローズの黒い瞳に射抜かれてから、私の毎日は色づいた。初めて幸せの意味がわかった、しかしそれは不安を伴った。


 ローズに出会ってから、自己崩壊を起こした。


 ローズが針を指に刺した時、私は人前で取り乱した。

 ローズが夢を見て泣いた時、ローズの涙を唇で拭ってしまった。

 ローズが劇場への招待を喜んだ時、内心陛下にイラついた。

 ローズが肩を出した黒いドレスを身にまとった時、身体が熱くなった。


 毎回、どうすることもできない理由の分からない衝動に襲われる。


 ローズの事になると際限なく自己崩壊を起こす。

 ローズがいるとき、ローズの事に関する時だけ、私はおかしくなる。

 何かの病だと思いヨハンに相談したが、医師は必要無いと断言された。


 先ほどもローズのドレス一つ決められない自分に呆れた。

『セス様と並んだ時、こちらのドレスの方がしっくりくるのです』とローズが機転を利かせた。

 その時、スッとわかった、腑に落ちた。

 償いだけでないこの気持ちの正体、自己崩壊の原因が分かった。


 私は、ローズに恋をしている。


 人を思い恋するということは、こんなにも心があたたかくて切なくて甘い。

 こんなに私の心が他人に動くなんて、それに幸せを覚えるなんて……。


『セス様と並んだ時……しっくりくるのです』

 そうだ私は、ずっとローズと共にありたい。

 私は、結婚を申し込む意味のあるバングルを無意識に渡していた。

 ローズは、その意味を知らずに『きれい』と笑顔を浮かべた。


 綺麗なのは、君だよ。


 ローズ、私はこの召喚をもう悔やまない。ローズに会えたのだから……。


 私は、目の前で食事をしているローズを見つめた。

 ローズは視線に敏感だ、手を止めこちらを見て言葉を発した。


「セス様、今日の昼食も豪華ですね」

「ああ、ローズ。好きなだけ食べて欲しい」

「はい、セス様」


 あっ……ほらっ、こんなに心がフワフワして甘美だ。


 ローズがフォークとナイフを静かに揃えて置いた。


「ローズ、私の……」

「私の……?」

「ローズ、私の家族になってくれないか?」

「後見ではなく養子縁組ということですか?」

「つ……」

「つ……?」

「…………」


「旦那様、お茶の準備ができました。陛下からチョコレートが届いております」

「ああ……」

「旦那様、少しよろしいですか?」


 ヨハンが私の耳元に手をあてて小声で話し始めた。


「旦那様、はっきりお伝えください。お嬢様は、驚かれ戸惑われると思いますが、旦那様の思いをお伝えください」

「ヨハン、……なんの話だ」

「旦那様自身が、お嬢様に対する気持ちに気づかれて安心しました」

「ヨハンは、気づいていたのか」

「はい。お嬢様を大事そうに腕に抱えて帰られた時には、旦那様の瞳には恋情が宿っておりました」

「ははっ、そうだったのか」


 恥ずかしさと、目に映るローズが可愛くて、私の顔は熱くなった。


「旦那様、思いをお伝えください。拒絶されない限り、また日を改めて何度でもお伝えください」

「ああ、そうする」


「ローズ、お茶にしよう。さあ手を」

「はい、セス様」


 あ~可愛い、そして椅子から立ち上がるローズの姿も美しい、黒いドレスの裾が広がって、2本のバングルが揺れて小さな音をたてる。


 ローズに思いを告げるまで、私はこの心臓の高鳴りに耐えられるのか?


 ローズをソファーに座らせて、私はその左隣に座った。

 ローズは、ドレスの裾を直し、バングルをいじっている。気に入ってくれたみたいだ。


「ローズ、今日もお茶だけ? お菓子は?」

「あっ、今日は是非!チョコレートを」


 ローズが、紅茶を一口飲みプレートチョコレートに指を伸ばした。


 衝動的に私の左手は、チョコレートを持つたローズの細い手首を掴んだ。


「ローズ、綺麗だよ」

「えっ……急に……どうかなさいましたか?」

「ああ、いつも伝えられなくて」

「セス様は、いつも伝えてくれていますよ。服が、素敵とか似合っていると……」

「ああっ、そうだね、そうだったね……」


 恋を自覚する前から、私は必死だったようだ。


「セス様のように麗しい方から言われると……お世辞でも嬉しくなってしまいます、ふふっ」


 ローズが照れて笑った。

 初めて見せてくれた表情に、思わず自分の右手をローズの腰に回し引き寄せた。


「あっ、チョコが溶けて落ちそうです、そうなったらドレスが……」

「そうだね」


 ローズが、チョコレートに視線を向けた。


「ローズ、僕を見て」


 チョコレートを持つローズの右手を私の口元に引き寄せ、ローズを見つめたままローズの指先をくわえ、舐め取るようにチョコレートを食べた。


「ローズ、好きだ」


 ローズの黒い瞳に私が映ったのはそこまでだった。ローズは俯いてしまった。


「ローズ、僕を見てくれないの?」


 視線を外すことがあっても、いつも凛と前を向いていたローズが、耳を赤くして俯いている。

 ローズの赤くなった耳に、私は顔を近づけて囁いた。


「ローズ、君が好きだ」


 ローズの肩が小さく揺れた。

 私は、強くローズを抱きしめ、ローズ耳元で囁いた


「ローズ、好きだよ、私の妻になってほしい」


 思いを告げた爽快さは瞬時に消え、言いようのない不安が襲ってくる、ローズはなんて答えるだろう。

 ヨハンの言う通り今回は色よい返事は無理だろう……。


 腕の中に納まっている華奢なローズは、抱きしめられたままだ。拒絶は感じられない。今は、それだけで満足だ。


「ローズ、驚かせてごめんね。返事は急がないから、私の思いを聞いてくれてありがとう」


 腕の中のローズが、動かない。

 不安になって、ローズを身体から離し、顔を覗き込んだ。

 ローズは、瞬きせずに息を止めて固まっている。


「ローズ、ローズ息をして……」


 ローズは、静かに息を吐き、瞬きをした。


「ローズ?」


 返事がない。


「ローズのチョコレートを取ってしまってごめんね、怒らないで」

「…………」


 ローズは、困惑して返事ができない時に軽く目を見開き、少し口角を上げる。いつものローズに戻った。


 ローズは、元の世界の話をあまりしない。

 結婚していたのだろうか? 思っている人がいるのだろうか? 

 ローズ、もう君を離してあげられない。


「旦那様、王宮から至急の使者がきております」

「わかった、ローズはゆっくりお茶を続けて」

「…………」

「ローズ、怒っているの?」

「はい」

「色々なチョコレートを用意させるから、夕食までに機嫌を直して欲しい」


 私は、ローズをそっと抱きしめ髪を撫でローズの名を囁いてから立ち上がった。


「ヨハン、サリ、ローズを頼みます」

「「かしこまりました」」


 私は、軽い足取りでダイニングルームを後にした。


 

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