21
また、強い日差しで目が覚めた。
ケータイをゴソゴソ探す……。
そうでした、ここはホテル暮らしのような異世界でした。
異世界召喚といえば召喚された者は勇者とか聖女の担い手で、ほぼ無休・無給で働いて名誉と裏切りが折り重なって、ハッピーエンドに見合わない苦行を強いられるものと思っていた。
それが無いだけ良かった、私それ無理だから。
まず朝の吸入、吸入薬のカウンターは残49。
えっと……昨日の整理をしなくては、国王陛下に悪態をついた。
その後、ガゼボで寝て終わってしまった。
もともと15歳の頃は……よく眠っていたような、それにしても寝すぎのような。
召喚された直後は音楽聞いてもなかなか寝付けなかったから、その反動で睡眠負債の返済がはじまったとか? この世界に慣れてきたとか?
慣れは油断に繋がる、それが昨日の悪態に繋がった。
一晩たったら、不敬罪で収監されるのは嫌になった、避けられますように!
もう遅いかもしれないけど……また今日から、今から慎重に生きよう。
良く寝たせいか、泣いたせいか、太陽の出ている時間のせいか、昨夜の孤独感は薄れていた。
人と関わらない方が孤独感は薄れる。
昨夜のような涙を流すのはもう嫌だ! 一人にしてもらいたい。
セスに看取ってもらうつもりだったが……。どうしよう、考えがブレ始めた。
あと49回吸入薬を使った後……どうなるかわからない。
発作止めが無い状態で、喘息発作をやり過ごしたのは幼い時しかない。
一晩に何度も、今度こそ息が止まると思う苦しさが続く。なんとか治まった時は脱力感と睡魔に襲われて、椅子に座ったまま気を失うように眠る。そして数時間後には、だるさを引きずったまま1日がはじまる。
明日こそ喘息発作で死ねますように! と毎夜祈った。
祈っても祈っても願いは叶わず、苦しかった。
あの恐怖が戻ってくるのかな? 怖い!
コンコンコンコン
「お嬢様、おはようございます」
「おはようございます」
サリとの挨拶で今日が始まった。
「お嬢様、今朝のお召し物はいかがなさいますか?」
「今朝もお任せします、ボリューム控え目で」
「かしこまりました」
シルクタフタ素材のサックスブルー色のミモレ丈のタイトワンピース、白ファーの半そでボレロを合わせた。グレー色のブーツ、髪と服にロシアンブルー色のリボンが飾られた。
「お嬢様、どうかなさいましたか? お気に召しませんか?」
「なんだかフォーマルというか、このままお出かけできそう」
「旦那様が、肌が隠れるようにと」
「そう?……そうなの……」
「爪はどうなさいますか?」
「あっ、消えている」
「昨夜、旦那様がお嬢様に洗浄術をかけた際に……」
何かな、その洗浄術って?
「爪は、透明に近いつやつやなグレー単色で」
「かしこまりました」
コンコンコンコン
「ローズ、おはよう。今朝も素敵ですね」
「おはようございます、セス様」
セスにエスコートされ朝ダイニングヘ向かった。いつもの朝ごはんテーブルに……国王陛下の幻が見える気がする。思わず立ち止まった。
私、とうとう心が壊れた?
「ローズ嬢、おはよう」
喋った! 幻ではない。そして笑顔、爽やかな笑顔だ、その理由は? その前に、昨日の私の不敬もどきはどうしたの? 今から、昨日の続きなの? 慎重に……慎重に……うるうるの爪でも見ようかしら?
「ローズ、大丈夫だから」
何が、どう大丈夫なの? 不敬罪が大丈夫なの?
セスの優しい笑顔の意味がわからない。
まって、昨夜……と泊ったの!?
国王陛下とセスは、お泊り会だったの? 私の予想は当たった、2人の間には愛がある。応援すべき? 見守るべき?
いやいや関わらない知らない気づかない、鈍感力って大事よね。鈍感力、鈍感力……。
あー、でも知りたい!
国王陛下が、泊ったのか、一度帰ったのかだけでも知りたい。
「おはようございます、国王陛下」
「陛下が、ローズの言うスイートエッグトーストに興味を示されて、朝食を一緒にと。さあ、ローズはこちらへ」
セスの説明では、私の知りたい答えは得られなかった、う~。
今朝は、フルーツサラダから始まった。
改良されたというフレンチトーストが出てきた、付け合わせはスモークソーセージとグリル野菜。甘味と塩味が絶妙~。
「お嬢様、控えているランスがお嬢様の感想を伺いたいと」
えっ、陛下やセスには聞かないの?
「大変美味しかったです。長く卵液に浸けて、焼くときに無塩バターを増やしたのですか?」
「はい、お嬢様、その通りでございます。お好みはどちらでしょうか?」
「今朝の方が、味が染みてカリフワで私好みの美味しさでした。一昨日、いただいたのも涙を流すほどの出来の良さでしたけど……。ありがとうございます」
「我々厨房は、お嬢様のために努力いたしますので、何なりとお申し付けください」
「そ、それは嬉しいです、いつも美味しい時間をありがとうございます」
ランスは頭を下げ、嬉しそうに厨房に戻った。
大丈夫だろうか、陛下や雇い主のセスに何も言わずに……。
「美味しい時間かぁ~」
「そうです、まさに美味しい時間ですね」
国王陛下の呟きにセスが応じた。
2人の間に無駄な言葉は不要のようだ、私には理解できないが何かを共感し確かめ合っている。
朝食は、無事? に終わった。ここから食後のお茶が始まる。
気が重い……ダイニング横のソファー席に移った。
「ローズ嬢は、オペラとかに興味はある?」
陛下が、さらりと聞いてきた。
ベクトルが変わった! いつもと違い、答えやすい質問だ。
「はい、オペラだけでなく舞台上演を鑑賞するのは大好きです」
「ローズ嬢は、観劇好きかぁ」
「ローズ、明日から冬のオペラが開幕するから観に行きますか? フォード家はボックス席を持っているからいつでも行けますよ」
「それは、魅力的ですね」
日本では、オペラ・バレエ・ミュージカル等のチケットは高価だった。しかも、上演日数も少なくて即時完売で入手困難だった。
その点、ヨーロッパの名だたる劇場やホールでは、高品質なものを安く楽しめた。幕間のロビーホールの華やかさに驚いた。出演者リストが発表され、それを見ている関係者や役者・ダンサーの卵達。ワイングラスやショットグラスを片手に歓談している人達。みなドレスアップしていた。
セレブごっこ旅行では、チケットは現地調達だったが、観劇用のドレスワンピース・靴・アクセサリー・バッグ一式をスーツケースに入れていた。
それが、ボックス席なんて……行きたいなぁ。
気づくとセスが真横に座っていた、私の手を取り私を覗き込む、目と目が合ってしまった。
あっ、セスの目は黒でなく濃紺、ネイビー色だったのね。
「ローズ、毎日でも一緒に行きましょう。
フォード家のボックス席は角度が良くないかもしれない、新しくもう一つボックス席を用意しますね」
「ラムセス、ローズ嬢とロイヤルボックスを使っても構わないぞ」
「陛下、よろしいのですか?」
「明日、正式に王立劇場のロイヤルボックスへ招待しよう。初日と楽日は恒例の天覧上演だから警備もシッカリしている」
「陛下、ありがとうございます。ヨハン、ローズの準備をしてくれ」
「かしこまりました」
えっ、速い展開だったような……。明日、招待って?
私はその招待に含まれたの? 観劇は大好きだ、しかもボックス席なんて一生の思い出になる。でも国王陛下とセスの仲を邪魔してはいけない。
でも、行きたい!
でも、苦手な国王陛下と一緒のボックスかぁ、私はやめようかな? でも、鑑賞中は話さずにすむ。でも、慎重を期すべきだ。
喘息が悪化してから人が集まる劇場は諦めていた、発作が落ち着いている今なら、ボックス席なら何とかかる? でも、逆にそんな席で発作が起きたら?
あ~でもでもが頭を回る。
「ローズ……?」
「私も、よろしいのですか?」
「当然だ、ローズ嬢を正式に招待する」
「ローズ、行こう」
もう断る必要ないよね、劇場に行っていいよね。
「はい! 是非、喜んで」
私の手を取っていたセスの片手が、私の髪を優しく撫で耳の横で止まった。セスに見つめられながらセスの温度が耳にも伝わってくる。なに?
「ローズ! また笑ってくれましたね」
そういうセスの優しい笑顔が、あまりにも素敵すぎて、私はどうしたらよいか分からなくなり目をそらした。
あっ、国王陛下と目が合ってしまった。金色の目だ。
国王陛下は瞬きせず黒目がちにこちらを見ている、あっ視線を外されたかも……気にしない。




