20
ガゼボに着くと水が発光を止め、天井は消え、後ろに水壁が半円を描いている、水は流れているのに音がしない、どんな仕組みだろう?
セスも私も何も話さない、静寂と闇夜に耳と目が慣れてきた。
星が近い、満天の星が降ってきそう。
有名な冬の星座を見つけた、やはりここは地球だ。
時間軸の違う、私がいた時より少し過去だか未来だ。
私は、誰ともこの感覚を共有できない、本当にこの異世界で一人なんだ。
これを寂しいというのだろうか?
気づかないふりをしていたけど、ここでは私だけが異物なんだ。
そんな私の人権なんて、あるはず無いんだ。
あんなに言葉を繋いでも無駄なんだ。
私は、首の後ろからブランケットを引き上げ顔までおおった。ブランケットの端を掴んだままの両手を顔の前で強く握りしめて俯いた、涙が出ないように両眼を閉じた。
寂しい、誰か助けて!
強い寂寥感と孤独を自覚したとたん、涙があふれた。
その時、セスが私をそっと包むように抱え込んだような気がした温度を感じる、あたたかい。
この人は優しい。
召喚直後に話しかけてくれた。国王陛下に私を押し付けられて嫌だったはずだ、面倒なんてみなくても誰にも責められなかったのに……。色々と気遣ってくれた、今だって静かに側にいてくれる。
もっと素直な子を召喚すればよかったのに、もっと前向きな子を召喚すればよかったのに、もっと健康な子を召喚すればよかったのに、泣いてばかりの私なんかで……。
「ごめんなさい」
※
ローズ、君を元の世界に戻してあげることはできないんだ……、すまない。
ブランケットに隠れるようにして静かに泣いていた少女は、私の腕の中で今は静かに眠っている。ローズはこうやって声を殺して誰にも気づかれないように毎夜泣いているのだろうか?
陛下が近づく気配と同時に、陛下によってローズに音が届かないように結界が張られた。
「ラムセス、ローズ嬢は眠ったのか?」
「はい、そのようです」
「拉致監禁に偽りの世界かぁ……ローズ嬢の表現力はなかなかだな」
「そうですね、少ない情報を冷静に解析し、独特の表現力も持ち合わせています。
ローズは、今までにも帰りたいと一人で泣いていたのかもしれません?」
「ローズ嬢を泣かせるつもりは、無かったのだが……」
「陛下、先ほど少しローズの思いが見えました。
現状を偽りの世界と解し、ローズ自身が今後どうするかを決めかねているように見えました。それだけでも、昼食を共にした甲斐はありました。
召喚直後のローズに次々と色々な事を決断させるのは、今の時点では酷な要求かもしれません。
我々が、ある程度レールを敷いた上で色々な景色をみせ、ローズが安心して進めるようになるまで見守るしかないと考えます」
「来月からの学園はどうする?」
「ローズは、元の世界で16年間、幼児教育を含めると18年間、学校教育を受けたそうです。学園はローズが希望しない限りは不要かと」
「一般市民と言っていたではないか!」
「ローズの国では、全ての国民に最低でも9年間の教育期間が法で定められているそうです。おそらく、ローズは王立アカデミーの大学部でも問題ないかと」
「確かにあれだけの発言は教育の賜物だろう、ローズ嬢は勉強好きなのか?」
「それが勉強嫌いだと、そう言いながら我が家の一般書物庫をほぼ読破しました」
「ラムセス、王宮の書物庫と特別閲覧室を餌にローズ嬢を王宮にーー」
「陛下、餌だなんて……素直にローズを王宮に召せば良いのです。おそらくローズは応じます」
「本当に応じるか?」
「ローズは、はじめから食事に応じてくれました。私と時間を共にすることを許してくれました。本を渡せば読み続け、街に行こうと誘うと応じてくれました。
陛下が、後見人選定と爵位授与の儀にローズを公式の場、王宮に召せば良いのです。ローズは応じます、そうするしかないと解っているのです。
陛下は、ローズに対して特別な感情や戸惑いをお持ちのようですが、その思いが時にローズを傷つけています」
「この私が、戸惑い……?」
「我々の矛盾した態度にローズは違和感を覚え警戒しています」
「違和感? 我々の弱点にもなる、召喚に関わった三人の心と病の共有に気づいたというのか?」
「それには気づいてはいません。なにしろ我々は、ローズから召喚についての質問が無いからと、何の説明もしていないのです。そして逆に我々は、その説明の機会を逸したわけです。
さらに適合や共有の件における我々の焦りが、探るような発言や態度に繋がり、ローズがそれに違和感を覚え不快になっています」
一見、ローズは冷静に対応していた、実際はかなり苦しんでいたんだ。
先ほどの発言は、深かった。召喚や身分制度について何も説明しないで、選択を迫った我々に怒り呆れ、責任の所在が何処にあるかを突き付けてきたのだろう。いや、絶望させたのか?
「仮にローズが共有の事実を知っても、それを利用することはありません」
「ラムセス、断言できるのか?」
「はい、できます。ローズがもっと狡猾で打算的に振る舞える性格であれば、一人で泣くことも無かったはずです」
「……陛下にはローズと過ごす時間を増やすことをお勧めします」
「ああ、そうしてみよう」
「今のローズには辛いことかもしれませんが、ローズの未来のためと信じて……。
陛下、ローズを試すような探るような発言はおやめください。
ローズが嫌がる言動をしないと約束してください」
「約束しよう。ラムセス、今日の私の心は痛かった!
恐らくローズ嬢の心の痛みだろう。こんなにも切ないなんて……可愛そうなことをしてしまった」
そうだ、こんなに寂しくて辛いのはローズの心を共有しているからだ。共有ではなく分け合えれば、少しでもローズの痛みを肩代わりできれば……。
腕の中のローズを壊さないように少しだけ抱きしめる腕に力をこめ、ローズの涙を洗い流すためにローズの全身に洗浄術を施した。
「ラムセス、私がローズ嬢を屋敷まで運ぼう」
「な、なにを! ダメです! 何を言い出すのですか?」
「黒目黒髪の姫が起きている時は、私と距離をとりたがるから……」
「それは、陛下が変な物言いをするからです。陛下であろうとローズに触れることは許しません」
陛下と私は、ガゼボを後にし屋敷へと歩き始めた。
「ラムセス、どうやってセス様と呼んでもらえるようになった?」
「えっ……ヨハンの発言をうけて、ローズがそうすると決めました」
「そうか、ローズ嬢がそう決めたのか」
「『様』はいらないのですが、そのうち……」
「ローズ嬢は、無責任な発言や選択をしないから『様』は取れないぞ……」
「急にどうされたのですか?」
「ローズ嬢は『偽りの名』とは言わなかったな」
そうだっ! ローズは偽りの名とは言わなかった。
「ローズ嬢が、自ら選んだというか認めた名前だったな」
「陛下! そうです『ローズとお呼びください、きれいな名前をありがとうございます』と、確かにそう……」
なぜ、陛下に言われるまで、こんなに大事なことに気づかなかったのか?
ローズにとって、その名は本当の名を隠すための偽りの名ではない、そう判断して良いのだろうか?
「ラムセス、私は始めからローズ嬢を王宮で保護しなかった事を悔やむよ」
「……そのことに私は感謝しております」
私は、腕の中のブランケットに包まれたローズの重みと体温を感じながら、陛下にローズと過ごす時間を増やす提案をした事を後悔し始めていた。
陛下が、召喚直後からローズに興味を持っていることに気づいていた。陛下は大切なものを遠ざける癖がある、冷たい態度や言葉で試す癖がある。
正直なところ色々な意味で陛下をローズに近づけたくない。
適合の件が解決したら、ローズを連れて遠くで暮らそう。
ローズが私以外の人の手を取ったら、私以外の人に助けを求めたら、私はどうなってしまうのだろう?
もし、ローズを失うことになったら……、ローズ、ローズ。
私は、ローズの名を呼ぶことで心に立ちこめた冷たい霧を消した。




