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身分? この国の身分構成は王族・貴族・平民だったはず。建国は古く、長く続いた絶対王政が先の内乱で崩れて民主制になりかけた。それを目の前の二人が活躍し現在は絶対王政を維持しているようで、専制君主制になりかけている。私見だけど……。
私の余命は短いかもしれないけど、まだ明日は生きられる。『今を生きる』と決めたのだから、冷静に慎重になろう。
「私の身分取得と後見人選定についてという理解でよろしいですか?」
「そういうことだ」
「先日、セス様が後見で未成年のうちはこちらで保護していただけると伺いましたが、それは私の身分を定める事が前提ですか?」
「正式に後見人を定めるには、ローズ嬢が何処の誰かを決める必要がある。
仮に身元不明人を後見するにも、最小限の名前と身分と生年月日は裁判所が定めている」
名前かぁ、確かにそれはそうだ。
「ローズは、以前の世界では特権階級にいたのでは?」
「いいえ、経済大国の一般市民でした」
「ローズ嬢は、貴族と平民のどちらを望む?」
「陛下、今はローズの後見人と身分をこちらで定めましょう」
「ローズ嬢はそれでよいのか?」
まただ、前の時と同じでグダグダと、嫌な雰囲気になる?
10年後、もし10年後があるとしたら、静かに暮らしたい。平民として市井に紛れて暮らすとしても、おそらくこの黒い髪は目立つ。
今決めなきゃいけない事か? そもそも私に選択権があるのか?
「どうぞ、お好きになさってください」
「ローズ嬢の意思を確認したい」
「お任せします」
「それでよいのか?」
だから何なの? グダグダと……。
「国王陛下、意思なく召喚した者に、今になって『意思を確認したい、それでよいのか?』と私の意思を尊重しているような物言いは、はなはだ理不尽で不愉快です。
一般市民の私が、ダメなりにも私の意思と努力でコツコツと長い時間をかけ作り上げた生活基盤は、召喚された時点で全て崩壊しました。
私は、勝手に召喚されこの世界に閉じ込められた事実に対して、拉致・監禁等で国家賠償請求権を行使したい。ならびに私有財産・生涯獲得賃金の喪失に対しての賠償請求訴訟を行いたいところです」
言い始めたら止まらない、私こんなに怒っていたの? 何に怒っているの? 全てに怒っているのかな?
「法律に明るくない私は、泣き寝入りするしかないのです。
誕生日も偽り、身分も偽り、身の置きどころの無い偽りの世界で生きるだけです。希望どころか意思を持てる状況にありません。
国の最高権力者が、その権限で異世界召喚を認めたのですから召喚された者をどう扱おうが誰も咎めないでしょう。召喚直後に『生きているのか?』『召喚した者については好きにせよ』等の発言がありましたね、皆がそれに従った。あの時のように、当事者である私を抜きに進めればよろしいのでは?
召喚直後に遺棄さながらの言動をとられた方が、今さら私に何を? と理解に苦しみます。
この偽りの世界では、私の意思など初めから今だってどこにも介在しないのですから……どうぞお好きになさってください」
拉致犯の親分の話を拒絶と静かな怒りと嫌味で終わらせた。
言い切った感がある。破れかぶれってこんな感じだろうか?
今度こそ不敬罪かな? 私からみた真実だ。とてもじゃないけど「新しい身分をありがとうございます」なんて言えない。
あ~話し過ぎた、咳が出そう。
怒りと憎しみを封印すると決めて、今を生きると決心し、凪いでいたはずの心はどこへ行ったのだろう、私の決意と覚悟はもろすぎる。そして、この人……私、苦手だ。向こうも私に対して引っ掛かる何かがあるんだろう。そうだとしても、そんな事は私の知るところではない。
突然、異世界に召喚された事が理不尽極まりなく、自分ではどうすることも出来なくて、まだ理解できなくて、認めたくなくて、考えないようにして、忘れようとしているのに、それができなくて途方に暮れているのに……歪んだ現実を突きつけられて、過去の記憶を掘り起こされて、感情を揺さぶられて、苦しすぎる。
なぜ私の心は壊れない、なぜ涙はこういう時に流れないの?
私、不敬罪で監禁されるの? 道端に放り出されるの?
もうどうでもいいよっ。
「帰りたい」
どうでもいいと思いながら帰りたいという言葉が出るのね、わたし。
「帰れないのに、バカみたい」
「ローズ……」
なぜセスが泣きそうなの?
なぜ国王陛下は黙っているの?
だから食事の同席を遠慮したかったのに、この沈黙どうするの?
「お嬢様、ランスがスィートエッグトーストを改良したので明日の朝にお出ししたいと申しております。いかがいたしますか?」
ヨハン、今それを聞くの? えっと……明日?
「……明日も朝食をこちらでいただけるのならば是非お願いします」
「かしこまりました」
ヨハンが、この場の緊張を崩し始めた。
「お嬢様、お化粧直しにお部屋へ戻りましょう」
えっ、直すほどのお化粧してないのに?
でも、サリ素晴らしい。今度こそ美しい嘘と信じて良いのかしら? ありがとう。
私は立ち上がり、拉致犯達に頭をさげて退場した。
部屋に戻るとサリは何も言わずにアクセサリーをはずし、いつものミュールに履き替えさせてくれた。
「ありがとう……」
その先は言葉の変わりに涙が出そうで続けられなかった。
「いいえ、お嬢様。今、ライム水をお持ちしますね」
ケータイを取りイヤホンを探し再生をタップし、外が見える席に座った。
ここが異世界なら、ここで窓辺に妖精とか使い魔とか現われるのでは? 普通の猫でも鳥でもいいから遊びに来ないかしら?
数日の読書によると今の国王陛下になって不敬罪の適応は無かったはずだけど、こんなのは国王陛下の気分次第だろう。
通り魔拉致監禁犯達が後見人になってあげる身分を選ばせてあげるよって、なにそれ、ふざけるなっ!
次々に黒い感情が怒りに変換されていく……落ち着こう、こんなことに感情を使うのはもったいない、無駄だ。
最悪のシナリオだけは考えておこう、収監されたらそれに応じるだけだ。
今のうちに水ガゼボをもう一度見に行こう。
ガゼボまでの道順がわからない、サリが戻って来たら教えてもらおう。
コンコンコンコン
「ローズ?」
「旦那様、お嬢様はライム水を飲まれ、ガゼボをもう一度見たいと仰っていたのですが、眠ってしまわれました。寝台までお運びした方がよろしいでしょうか?」
「ローズは、泣いたり怒ったりしていなかった?」
「お嬢様は、いつも通り静かにお過ごしでした」
セスとサリのやり取りが聞こえてきた。私、寝てた……。
寝たら少しスッキリした、外が暗い……うっ、こちらの世界に来てから規則正しく早寝早起をしていたのに残念な気持ちだ。
「ローズ、起こしてしまいましたね」
「…………」
「ガゼボに行きますか?」
「はい、でも……」
お洋服シワシワ、髪ボサボサよっ。
「ローズ動かないでください」
セスがブランケットで私を包み、抱き上げた。
えっ、いきなり高身長の人に横抱きされるのは怖い、視線が高い。
庭の誘導灯の先にあるほんのり青白く光るガゼボに着いた、私を抱き上げてからここに着くまでの間、セスも私も何も話さなかった。




