18
サリと部屋に戻って、お昼に向けての着替えが始まった。
退場のための美しい嘘ではなく、本当にお召替えだったなんて……。
「サリ、できれば昼食をこのお部屋で一人でいただきたいのですが……」
「お嬢様?」
偉い方がおみえの時に、平行してこちらに運んでもらうのは申し訳ないなぁ。私一人だけの食事時間をずらしてもらうのも厨房は迷惑だろうし……。
「私、今日は昼食を抜いてみようかと」
「旦那様をお呼びして」
サリが、メイドにセスを呼ぶように指示を出した。
「待って! 待ってください……何でもありません」
二人の時間を邪魔しないであげてぇ~! 私は、慌てて止めた。
一人の昼食を断念するしかないのか? 私の心の中で紆余曲折か続く。
いつも昼夕食をとる飴色のダイニングルームの床や壁に同化できる茶系の服にしようとしたが、サリによると陛下がいらっしゃるからメインダイニングルームを使うのでは? と指摘された。
先ほど案内されたメインダイニングの壁と床とテーブルの色を思い出していると、非公式訪問だからいつもの昼夜ダイニングかもとサリが付け加えた。
……面倒になってきた。
「昨日と同じものを」
「お嬢様、一度着た服は陛下とのお席によろしくありません」
「昨日の服を国王陛下はご存知ないから大丈夫です!」
「旦那様が覚えておいでです、ですから新しい服を」
ですから……と言われてもわからない。
「一軍ワードロープの右から二番目で」
「お嬢様、ちゃんとお考えください」
「じゃあ覚えていないけど、一昨日の服」
「お嬢様!」
「サリにお任せします、髪もアクセサリーもお任せします」
「お任せください、靴をお選びください」
「……はい」
サリってこんな感じだったかしら?
銀糸が織り込まれた白色のシルク素材に、ウエストから下がふわっとしたシルエットの膝下丈の袖なしローウエストワンピースを着せられた。あっ、ボリューム控えめと言い忘れてしまった……。でも上品な膨らみで、薄っすらとパステル色の蝶が舞う地紋がフェミニンで可愛い。
髪は、毛先を巻かれサイドでまとめてから前に流された、レトロを感じる。
パールで首と手首を飾られた。
パステル調のブルー・グレー・ピンク・白色のパールをランダムに並べたものを何重にも巻かれた、ボリュームに反して可愛い雰囲気だった。ワンピースの蝶に合わせたようだ。
偉い人との食事だから、少しヒールの高い黒のサンダルを選んだ。
ふと爪が目についた、ネイルアートのされていない爪は、形を整えられていても寂しい。
いつもネイルサロンでシンプルオフィスネイルを施してもらっていた。
今だったら、このお洋服だったら、乳白色のベースに爪先に小さいパールパーツを敷き詰めてもらって、何本かの指に白の蝶の模様を描いてもらいたい。と考えながら爪を見ていた。
「お嬢様、爪に色を付けますか?」
「できるのですか?」
「私の使える魔術は、人の装飾に関するものです。
ただ、陛下がおみえなのでグローブをする時間が多くなりますが……」
「ぜひ、ネイルをお願いします」
サリが、私の手をとり、爪の上にもう片方の手をかざした。
数秒後には、ジェルネイルを施したような、うるうるの爪になった。
クリアベースに爪先中央に銀ラメ・銀箔・白シェルがポイントであしらわれている。上品な仕上がりに驚いた。
「お嬢様、いかがでしょうか?」
「凄いです!」
「お嬢様からケータイに保存されているネイルの写真を見せていただいた際に、爪の装飾に驚きまして少し研究しました。ご期待に添えたのなら嬉しいのですが」
「期待以上です、素晴らしいです! ありがとうございます」
体質なのか、病気のせいか、薬のせいか、私の爪はいつも割れて痛くて伸ばせる状態ではなかった、爪もコンプレックスだった。だから、人前に手を出すのも嫌だった。
主治医の勧めでジェルネイルに出会ってからは、爪の悩みが無くなり、毎月のネイルサロン通いが楽しみだった。
あっ、ネイルの予約日! ネイルのお姉さんドタキャンしてごめんなさい。
美容院もだ、美容師のお兄さんごめんなさい。癒しのヘッドスパが恋しい。
そして主治医の先生、次回の診察予約日に受診できそうもありません。
今さらだけど、会社の無断欠勤も……。ファミレスの未払いも……。
人との関係を減らし週末廃人でも、生きていれば仕事以外にも何らかの人間関係は生じていたんだ。数少ない私と関わった人達が、私の失踪を気に病むことが無いように、元の世界から私の存在自体が消えている方が良いのだけど……。
ここで今を生きるしかないのだから、元の世界を考えるのはやめよう。
「お嬢様? 目を抑えて、どうかなさいましたか?」
「サリ、いつもありがとうございます」
「お嬢様……」
「黒のサンダルをやめて、ピンクベージュとシルバーのサンダルにします」
「かしこまりました」
コンコンコンコン
セスが来た。諦めが悪く、着替えながらもお昼をお断りする方法を考え続けたが、ネイルのおかげで気分は上がった。私は、ネイルを見ながら空気になろう。凪って言葉を思い出した。
「サリ、ローズの目が少し赤いようだが、何がありました?」
「旦那様、お嬢様が急に涙ぐまれてしまい……」
「ローズ、大丈夫? 陛下との食事が嫌でしたか?」
「おい、ラムセスなぜそうなる!」
「陛下、ダイニングでお待ちくださいと申し上げたのに……」
また、この2人が乱入してきた。やはり思い出の部屋なのかな、ここ。
でも今の私は、きれいな爪をみて、大変に心は凪いでいる。
……凪いでいる。
乱入者に頭を下げようとしたら、距離ほぼゼロの正面にセスが来ていた。セスが私の手をとり、私の瞳をのぞき込んでいる。
「ローズ、目が赤い理由を聞かせてください」
「サリがネイルを綺麗に飾ってくれて嬉しくて」
「本当にそれだけですか? 食事の迎えにきましたが……」
「はい、ありがとうございます」
「お嬢様、レースグローブを」
国王陛下が、非公式だから改まらないでくれと発言したことによって、グローブをしないことになった。
その後、国王陛下がダイニングルームまで私をエスコートすると言い出した。セスが驚いた表情を浮かべながらも頷いたため、私は国王陛下の手を取った。
良く分からない展開だが、私は二人の関係の隠れ蓑的な存在に進化したようだ。
いつもの昼夜ダイニングルームに連れていかれ、席に着いた。
私は、目の前に運ばれた食事を黙って食べ続けた。フォーク・ナイフを持つたびにネイルアートが目に入り本当に幸せを感じた。サリは、ネイルサロンを開業するつもりは無いのかしら?
こちらの世界にネイルサロンやエステサロンとかあるのかしら? それは、どんな感じかしら?
「ローズ嬢?」
「ローズ、お茶は何にする?」
現実にもどされた。また、お茶の時間だった。
「ローズ、お茶は?」
「紅茶をお願いします。お花の香りがする紅茶をお願いします」
用意された紅茶は、キームン地方の紅茶を彷彿とさせた。
本当にこの世界の紅茶は、絶品だ!
「ローズ嬢の身分と後見人を正式に定めたい。
まず、異国経由の皇女か高位貴族令嬢として、私かラムセスを後見にと考えている」
何だろう? いきなりすごく重要な単語がいくつも散りばめられていた。しっかりしなくては、経験と書物から得た知識を高速処理しなくては……。




