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階段を降り装飾が美しい玄関ホールを通り抜けて外に出た。
ガラスのひさしが張り出しているのに気づいた、車寄せのようだ。
シャランシャランと不思議な音が聞こえ、そちらに目をやると二頭立ての馬車が近づいてきた。全身に鎧を付けた馬が近づくにつれて鈍色の細身すぎるシルエットに違和感を覚えた。
「えっ、この馬? 本物の馬ではない?」
「ローズの世界では生きた馬でしたか? これは精巧緻密な機械馬です、魔術と魔石の両方で動くハイブリッドになっています」
生きた馬と表現されても……馬にハイブリッドって?
これを馬車というのだろうか? 馬のフォルムを残す必要があるのだろうか? 箱馬車に動力を積んで自動車のようにした方が、簡単だったのでは?
車高が低くステップ無しで乗りやすく、皆が着席すると車体が少し浮いて動き出した、まるで新幹線のような静かな滑り出し、速度も出ている。車輪は飾り?
近世・近代ヨーロッパに似た世界だと思っていたが、実は近未来だったのだろうか、馬車に乗るだけでも驚きと疑問が止まらない。
馬車は、屋敷の前庭を抜けて装飾の美しい大きな門を越えた。広い道に出るのかと思ったが、整備された道の脇には木立が茂っていた。夏の避暑地を進んでいる感覚に陥った。
窓の外に白いものが舞っている、雪? なごり雪?
あっ、次の雪!
ーー次に雪を見るとき、私はどうなっているのだろうーー
前回の美しい雪に、次の雪も穏やかな日常のなかで眺めることを願った。
今、この雪は白く切なく寂しい。
降る時と場所を間違えて、消えていく私みたい……。
次の雪、あるのだろうか? 終わりの雪になるかもしれない。
次の雪があるならば……美しいと感じたい。
雪の降りが、強くなった。
「サリ、ローズにコートとグローブを」
「かしこまりました」
「少し調整します、寒かったら教えてください」
「……はい……調整?」
道を遮る大きな扉が見えてきた。
機械馬は減速せず、衝撃なく扉に吸い込まれた。その先には、雪景色が広がっていた。
「雪国に転移したのですか?」
「いえ、今見えているのが結界の扉を越えた本来の景色です」
「少し、理解が追い付かないのですが……」
本当の季節は寒い冬本番と説明された、そういえば12月と言われたような……。
セスが、扉と門に段階的に結界を張り、屋敷のある門の内側を常に快適気温に保っている。門から扉がその調整区域だと説明された。
セスの気温結界術は秘匿されているため、街に出るときは力を弱め、その季節ごとの服を身に着けてカモフラージュしているらしい。
セスが常に快適な気温を保っているから、喉の調子が良いのかもしれない。
これ以上考えるのはやめよう、今の私には正解を導けない……。
街に入ると、機械馬の引く馬車を何台も目にした。
進むにつれて、古い町並みの残るヨーロッパの都市を思い出した。かつての友人とセレブごっこと称し、年に1回ヨーロッパの都市を選び高級ホテルに7日間ほど滞在して、買い物・食事・お茶・オペラ・観光・観戦等を楽しんでいた、懐かしい思い出だ。病弱で引きこもりな私をナナちゃんは、よく連れ出してくれたなぁ~、それも海外に! ナナちゃん元気かな?
馬車が止まった、ここって……。
眼前に広がる光景は、何度も訪れたことのある世界一美しい広場と称されるグラン・プラスに似ていた。
一年前、一瞬だけ移住を考えたチョコレートの国に時間軸は違うけど戻ってきたと思いたい、勝手すぎるがそう思うだけで、雪を見て冷えた心がホッとした。
「ローズ、馬車から降りたら私から離れないと約束してください」
私は、静かに頷いた。サリとは一度ここでお別れらしい。
黒のフードローブを羽織ったセスがヒラリと馬車から降り私に手を差し出した。
笑顔のセスに手を取られ私は馬車を降り、広場中央に進んだ。
視界の全てが美しい絵画のようだ、雪化粧した広場、弱い日差しが差しはじめ積もった雪がキラキラと風で宙を舞う、人が街に出始めている。
広場に面するカフェやレストランが、テラス席のストーブを付け、大きなパラソルを開き、椅子やテーブルを並べている。懐かしい光景だ……。
セスに連れられ、広場、それに面する建物、歴史あるパサージュ、魔石取引所、オペラ座等を歩いて回った。
オペラ座近くの人気のレストランを予約したとセスに案内された。
レストランの建物2階に案内され、アールヌーボー調の設えに心が躍った。美術館の中で美しいものを鑑賞している気分だ。案内された席の正面の窓から、雪をかぶりより白くなったオペラ座前の広場で子供たちが遊び始める様子が見えた。
用意された席の近くに控えていたサリに、コートを脱がされストールを肩にかけられた。なぜこんな席の近くで……クロークとか使わないの? その間、セスは落ち着きなく私の周囲をうろうろしている、この大人は……。
「ローズ、座って、昼食を始めましょう」
「はい」
レストランオーナーからの挨拶とメニューの説明、ソムリエからワインの説明が続いた。
私は、それをテーブルに飾られた花を見つめて聞いていた、目だけでガーベラの花びらの枚数を数え始めて15枚のところで、セスから声をかけられた。
「姫、まずは泡でよろしいですか?」
セスの姫呼びが復活している。
「はい」
「姫、前菜はどれにしますか?」
あっ、聞いてなかった。
「少しずつ盛り合わせるというのは難しいですか?」
「大丈夫、そのようにオーダーします」
「姫、お肉とお魚は、どちらにしますか?」
「お肉にします、おすすめは?」
「このお店は、鴨が美味しいと評判です」
「では鴨にします」
「鴨に合わせる姫のお望みのワインは、白ですか赤ですか?」
「華やかな赤でお願いします」
「姫の仰せのままに」
セスは軽く笑い、希望をレストランオーナーとソムリエに伝えてくれた。
前菜は、冷たいもの温かいものを別皿仕立てで時間差でサーブされた。
絵のように前菜が盛り付けられた、綺麗なお皿だった。
鴨に合わせた透明感のあるルビー色のワインの美味しさに感激し、食が進んだ。
でも、もう食べられない苦しいと鴨を少し残してしまった、無念だぁ。
一瞬、負けた気になったが、パティシエからデザートの説明が始まり、鴨を残して良かったと思った、デザートは別腹ではない。胃に関しては、15歳をいまだに実感できない。
デザートも盛り合わせにしようとセスが言い出したが、もうその余裕はない。丁寧にお断りして、フルーツグラタンの小さいサイズをお願いした。
最後にコーヒーをいただいて、贅沢なランチが終わった。
人気店なのに他のお客様の気配が無いことに気づいた。もしかして貸し切っているの? とハッとした時に「お嬢さま、お化粧室にまいりましょう」とサリに声をかけられ、考えが途切れた。
化粧室を出たところで、セスにコートを着せられフードを目深にかぶせられた。エスコートされて階段を降りレストランを後にし馬車に乗り込んだ。その際に「フォード公爵さまぁ~」と黄色い声をいくつか耳にした。
「セス様、お知り合いの方が?」
「いいえ、知り合いはいませんよ」
「あちらの方もそこの方も、セス様の名前を呼びながら馬車に近づいてきました、用件だけでも聞いてーー」
「ローズ以外に優先することは何もありません」
「この馬車は新春福袋ワゴンのように女性に囲まれています。そのうち手が伸びてきそうで怖いのですが……」
「ローズ、怖がらないでください、さぁ出発しましょう」
「お嬢様、大丈夫ですよ」
機械馬がリィ~ンと優しい音で鳴くと、人が離れていった。シャランシャランと馬車は進み始めた。




