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活気ある街中から、人気のない上品な街並みへと景色が変わった。
しばらくすると馬車は止まった。衣料品と宝飾品を中心に取り扱う高級メゾンだと説明された。こちらの世界に来てから私に用意された下服類は、全てこちらのメゾンの物らしい。
人目を引く豪華な建物だが、人を遠ざけるような屈強な警備員とドアマンが立っていた。
メゾンオーナーの恭しい出迎えを受けて、入店した。
「フォード公爵、本日はお越しいただきありがとうございます。本日は何をお探しでしょうか?」
「彼女に似合うものを全て、ドレス・装飾品等のオーダーもお願いしたい」
「かしこまりました、先に採寸を致しましょう」
私は、別室に連れていかれサリに服や靴を脱がされ、お店の人に採寸された。
足にブーツ痕やむくみはなく、おぉ健康な15歳の足だ。
採寸が終わり、とりあえず元の服を着直した。
通された華やかな応接間には、飲み物とデザインブックが用意されていた。
いくつものデザインブックを見ているだけで、心から楽しめた。
デザインブックから気に入ったものを選び注文する方式らしい。その際に、素材・色・丈等をカスタマイズできるらしい。
「ローズ、デザインブックの中に欲しいものはない?」
「どれも素敵で……もう少し考えさせてください」
この数日、選んで着て選んで着てを繰り返した。いまだに袖を通せない服が、クローゼットに眠っているはずだ。
服以外にも、靴も、帽子も、アクセサリーも……お腹いっぱいです。
それに、寿命の問題があるから、先々の服は要らない。
強いて言うなら、ラフな部屋着やパジャマが欲しい。
「ローズ、服を後にして、先にアクセサリーはどうですか?」
「お連れのお嬢様は、素敵なパールをなさっていらっしゃいますね。
パールは仰々しいデザインになりがちで若い方が遠慮しがちですが、そのカジュアルなデザインは、時間と場所を選ばずに楽しめますね」
「ローズ、それは?」
「以前から身に付けて……親戚から贈られたものでお気に入りです」
「ローズ……」
そんなやり取りをしていると、目の前に数々のアクセサリーが並べられた。
目の前の宝石たちがキラキラしすぎて、眩暈がしてきた。
ワインを飲み過ぎたのか、眠いような……。
セスが「ローズ、ローズ」と呼んでいるような……眠い。
※
「ローズ、ローズ?」
宝石を見ていたローズが返事をしない、ローズは静かに目を閉じてフラッと身体を揺らした。
私は、急いでローズの身体を支えた。手袋越しでもローズの身体は熱かった。
「屋敷にもどるぞ、馬車を回してくれ」
「かしこまりました」
私はローズをコートで包み横抱きし急いで馬車に乗り、屋敷に向かって馬車を走らせた。
腕の中のローズは熱い、こんな華奢な身体でこんな高熱に耐えられるのだろうか……治癒魔法をかけても効かない。
今朝、私の指先がピリピリと痛み、急いでローズの部屋へ向かった。
ローズは本ではなく刺繍道具を手にした、ローズの心境の変化だと察した。
ヨハンの言うように、このままだと私の前からローズが居なくなることを暗示しているようで、また心に冷たい霧を感じた。
ローズが『手を離してください』と……解放してくださいという意味だろうか? 閉じ込めているつもりはないんだ。私は、ローズを失う恐怖に震え、取り乱してしまった。
ヨハンに連れ出され、落ち着くように叱責された。
朝食でローズは、スイートエッグトーストを嬉しそうに味わっていたが、手が止まり涙を流した。
召還されてからローズは一度も泣かなかった、そのローズの心が崩れた。懐かしい味と言い、泣いたことを詫びた。
ローズは、深い望郷の念とそれが叶わない寂しさで、涙を流せないほどの悲しい日々を過ごしていたのだろうか? 溢れた涙はなかなか止まらなかった。
時折見せるようになっていた小さい笑顔は、どんな思いで作っていたのだろうか? ローズは、無理をしていたのか?
私は、ローズに笑って欲しくて、いつもと違う景色を見せようと思った。ローズの意思も確かめずに外出したが、それは私の一方的な押し付けに過ぎなかった。こんなに熱を出して……。
「ローズ、いつも君の寂しさや悲しさに気づけなくてすまない」
「…………」
「ローズ!?」
「……セスさま? 」
「ローズ、気がついた? ああ良かった、もう少しで屋敷に着きますからね」
「あれ? ……ご迷惑をおかけしたみたいですね……申し訳ーー」
「ローズ、こんな時まで気を使わないで……君は、いつもそうやって私や屋敷の者の前で気を張って……すまない」
私の腕の中で、ローズは再び眠りに落ちた、ローズの身体が熱い。
やっと屋敷に着いた私は、ローズの部屋の寝台にローズをそっと寝かせた。
腕の中からローズの熱と重さが消えてしまい、大きな喪失感が襲ってきた。
ヨハンに促されて渋々自室に戻り、着替えてからローズの部屋に向かうと、ダグラス医師がローズを診ていた。
「旦那様、お嬢様は疲労と緊張で一時的に熱を出されただけかと……」
「何かの病気が隠れている心配は?」
「ずっとお部屋で過ごされていたお嬢様をいきなり街に連れ出したとか、身体が適応できなかったのでしょう、もともと弱い体質なのかもしれませんね」
「ローズは『環境の変化に弱く、人見知りが激しく、慣れない環境で無理をするとすぐ熱が出る』と言っていました」
「なんですと! 旦那様は、それを知っていて急に連れ出したのですか?」
「うっ……本当に可哀想な事をしてしまった……ああ、どうすれば……?」
「明日、もう一度参ります。お嬢様の生活プログラムを少し考えましょう」
「是非、お願いします」
医師が退室すると、サリが私に頭を下げた。
「旦那様、お嬢様の体調不良に気づけなく申し訳けございません」
「サリ、一番の原因は私だ、むしろ私こそすまない」
「ローズの着替えを頼む、私にも看病をさせてくれないだろうか」
「かしこまりました」
私は「簡単な食事をして戻る」とサリに告げ、ローズの部屋を後にした。
※
友人のナナちゃんと、年1のヨーロッパ旅行の4日目、今日もセレブごっこは続いている。
『昨日行ったブランド街にまず行こう、フロントにタクシーお願いしてきた』
『ナナちゃん、まだ買うの?』
『もともと日本で買うより安いのに、さらに今はセールだよ、買う!』
『ナナちゃん、スカラ座のバレエって明日だよね?』
『そう、明日も楽しみだね。あっローズちゃん、タクシーきたみたい行こう!』
ローズ……?
『ナナちゃん、私ね不思議な夢をみたの、私が西洋風の大きなお屋敷で過ごしいて、ローズって呼ばれて……ナナちゃん?』
ナナちゃんが、いない?
「ナナちゃん?」
「ローズ?」
どこ?ナナちゃん、どこ?
やだ、涙が出てきた。
「ローズ? ローズ大丈夫だよ」
「あっ……」
「ローズ、 うなされていたよ」
「セスさま? ……ナナちゃんは?」
「ローズ、夢をみたんだね、泣かないで……大丈夫だから」
私は、ベッドに軽く腰掛けたセスに抱き起こされ、セスの肩に背を預けた。セスの手が私の背中を優しく擦ってくれている。
その手が冷たくて気持ちよかった。
夢だったのは、ナナちゃんの方か……。
「ローズ、怖い夢だったの?」
「楽しい夢でした。それは懐かしく楽しい夢、でも一人取り残されて……」
「ローズ、大丈夫だから」
背中を擦る優しい手が私の髪をなで私を強く引き寄せた、私の耳はセスの鼓動を拾った。
セスを見上げると、私の涙をセスの唇が拭ってくれた。ん?
「……セス様? ずっと付き添ってくれたのですか?」
「ローズは高熱を出したんだよ、側にいるしかできなくて……」
セスは片腕でサイドテーブルのグラスに水を注ぎ、私の口元にそれを寄せて飲ませてくれた。
水が喉に染み渡り、喉の乾きを実感した。
「ローズ、もう少し水を飲んで……、……何か軽く食べられそう?」
私は、首を横に振った。
「ローズ、明日いっぱい話そう。今は眠って、側にいるから」
「おやすみなさい」
「ローズ、おやすみ」
私は、おやすみなさいと言ったあと目を閉じた。
目を閉じたまま考えた……今さっき、セスは私を抱き寄せて何をしたの?
私ドキドキするのだけど、セスの鼓動を聞いたせい? 熱のせい?
色々気になるけど、今日はもう眠ることにした。無心になろうと念じた。
視線を感じながらも、気にしないことに全力を尽くした。
この際、寝たふりでもいいと思った。




