106
3月末、私の体調は完全に回復した。
「ヒース、色々とありがとう。それに刀剣君のお菓子をまた用意してくれて」
「いえ、これはフォード卿のご依頼でもあり」
「果物も追加してあげて、あとお茶も」
「かしこまりました」
結局、あれ以来、ハクに会えていない。飴をなめてもダメで、その飴も無くなってしまった。
「ねぇ、ヒース。セス様は出仕しないのかな?」
「マイ・レディの事を優先すると刀剣様とも約束したそうです」
「そう……?」
「ヒース、セス様にお礼をしたいのだけど」
「お礼ですか? 何のお礼でしょう」
「いろいろ、治療していただいたし……」
介護までされている気分なの、見守りとか声がけとか……。
「美しい治療でしたよ、フォード卿に包まれたマイ・レディが無数の魔法陣に包まれて、近づくことも目を逸らすこともできない神々しい光景でした」
それって、なんだか……うら恥ずかしいような……。
「フォード卿の欲しい言葉を言って差し上げたら……?」
あっ、この執事、聡い。
セスは私からの「好き」「愛してる」を待っている、渇望している。
……後で考えよう。
まずは、もう風邪を引かないように栄養をつけよう。
万病予防の規則正しい生活を徹底しよう。
吸入薬は尽きたけれど、セスの魔法のおかげで喘息重責発作を回避できている。
とりあえず難病の危機も去った。それにしても、セスの魔力は凄い!
そして……この軟禁・引きニート生活を何とかしないと……。
休学扱いになっている王立アカデミーの専科というのに通おうかな?
……16歳までに考えよう。
コンコンコン
「ローズ、昼食だよ。準備はできたかな?」
「はい、セス様」
飴色ダイニングルームで静かに昼食が始まった。
「セス様、そろそろ王宮に行きましょう」
「ローズ、どうしてっ……そんなことを言い出すの!」
「だって、私は元気になりました。国王陛下に快気の報告とお見舞いのお礼を」
国王陛下に快気報告を対面で伝えたい。
毎日、王宮から届けられるチョコレートのお礼も言いたい。
エルの紅茶が懐かしい。ミヤにも会いたい。
それに、ホテル・フォンテーヌも気になる。
「旦那様、よろしいでしょうか?」
「なんだ、ヨハン」
「お嬢様の外出を少しずつ再開なさった方がよろしいかと」
「ローズは外出したい?」
「はい。街の景色を見たいです。季節が変わったので……」
「旦那様、よろしいでしょうか?」
「なんだ、サリ」
「お嬢様の身の回りの物を買い足したく、お嬢様と購入予定リストをまとめました。私、一人で見繕うより、お嬢様にご一緒していただけると嬉しいのですが」
セスは「皆が心配する」と私の外出を止めていたけど……怪しいなぁ〜!
それにサリの言う購入予定リストって、なに?
「ローズは外出したいの?」
「はい、とっても!」
「……そう、カゼホや調整区域だけでは物足りない?」
物足りないと問われても……敷地内、屋外に出ただけというか……。
微熱がひくと、セスは少しずつガゼボや調整区域へ私を連れ出すようになっていた。調整区域は広大だった。
王都で消費される大半の食材が、フォード邸の調整区域で生産され出荷されていた。穀物・野菜・果実・花等のほかに、畜産・養殖も手がけ、茶畑もあった。野生の鹿、猪、ウサギ等もいて増えすぎると捕まえてジビエとして出荷するらしい。水源も複数あった。鉱山も所有しているらしい。凄いね、貴族って……別次元でした。
ある日、ひよこを渡されたときは嬉しかったけど、くしゃみが止まらなくなり、取り上げられてしまった。ぴよちゃんとは、10分でお別れだった。う〜。
調整区域は素晴らしいと思う。
でも、お店がない、街並みがない……。
シャランシャラン シャランシャラン
ヨハンとサリの説得により突如馬車に乗って王都を眺めることになった。
行き交う活気ある人々の姿を目にするだけで、自分も元気になる気がした。
「ローズ、今日はまだ馬車から降りないで」
「はい」
そういうとセスは私を抱きしめてしまう。窓の外が、見えない……。
人目のある、この狭い馬車で何をしてくれるのか……。
「まぁ~」
「これは、珍しい」
ヨハンとサリが声を上げ、ヒースが私に声をかけた。
「マイ・レディ、窓の外をご覧ください」
私は無理やり首を動かし、視界の端で窓の外を捉えた。
「あっ、風花」
晴れた日に舞う雪、風花だ。
次の雪! そうよ、次の雪よ……。
「セス様、風花です。雪です!」
「ローズ? 君は以前、雪を見て泣いていたから……」
だから、雪を見せないために抱きしめたの?
あの時……粉雪は細雪となって、セスと見る最後の雪だと思った。
あの時「次の雪も、次の次の雪も……セスと見たい」とそれが叶わない未来を悲観して泣いて、何も知らないセスの腕の中で小動物のように震えて困らせた。
「セス様、あの時はもうセス様と一緒に降る雪を見られないとばかり、それが悲しくて……でも今は……こうやって……あっ、どうしよう涙が……」
誰かと一緒に次の雪を見たいと思ったのははじめてだった。誰かと見る雪がこんなに軽快でフワフワに感じるなんて。
感情がたかぶり涙声になった私を見たセスは、少し困った優しい笑顔を浮かべた。
「ローズ、馬車を止めるから、少し雪を見よう」
「はい」
馬車は王都を見渡せる小高い場所に止まった。
晴れた青空の下にひろがる王都、花びらのような雪が舞う。
「ローズ、これから色々な景色を一緒にみよう」
「……グスッ、あっ、はい……」
「ローズ、もう泣かないで、一緒に美しい雪を楽しもう。
それに、もう閉じ込めたりしないから」
ん? やはり閉じ込められていた……。
ひらひら舞い降りる雪、綺麗だ。そう感じられるのは、今、私が幸せな証拠だ。
幻想的な景色に思わず言葉が漏れた。
「セス様、100年先は難しいけど……」
「ローズ?」
私は鼻をすすり強く頷いてセスの目を見た。
セスと目が合うだけで口元が緩み、口角が上がってしまう。
この人が好きだ。
「50年先まで、雪を見るセス様の隣を独占してもよろしいですか?」
「ローズ! 100年先も一緒だよ、約束して」
「はい、セス様」
100年先、私もセスも生きてはいない。
それでもいい、そうセスが望んでくれるだけで幸せだ。
その翌日から買い物が始まった。
春夏物を用意するためらしい。
服や靴だけでなく、下着・部屋着・ナイトウェアやシュシュまでも全て買い足すらしい。
セスは青色の物ばかりを買うと思ったが、意外にも私に似合う服を探してくれた。ある程度買い揃えたところで、セスは贅を尽くしたドレスを何着もオーダーし始めた。日に3回ぐらい着替えないと一周できないかも、はぁ〜。
4月中旬、セスは午前中の出仕を再開した。
それと同時に私の「王宮とフォード邸、一週間交互滞在」が再開した。
ハクに会ってからセスの魔力制御は完璧になり、青バラはもう出現しない。それでも、フォード邸滞在期間は私も王宮に通った。おそらく、喘息発作を懸念しての事だろう。
ハクに会えない、供えたお菓子が減らない。
王宮の召喚の間は、普通の部屋になっていた。ハク、元気かな?
4月下旬、1月末には仕上がっていたエティエンヌ公爵邸を訪ねた。
白とミントグリーン色を基調にした優しい仕上がりだった。定期的に風通しと清掃がなされていたようで、新築特有の苦手な匂いは消え、埃一つなかった。
「ローズ、どうかな?」
「はい、落ち着きある優しい感じが気に入りました」
「照明だけど、ローズが気に入らなければ入れ替えるから言ってね」
「照明、このままで大丈夫です」
私、ここに住めるのかな?
王宮とフォード邸滞在も、国王陛下とセスは「1日短い」「いや長い」で揉めているよね……。
「セス様、私がここで暮らす日は来るのですか?」
「ここはローズの屋敷だけれども、結婚するまで二人だけでここで暮らせたら嬉しいと思う。どうかな?」
「えっ、二人だけって?」
すでに一緒に暮らしているよね……二人だけとは? 執事・メイドやフットマンがいないと私の生活は成り立たなくなっている。
結婚前とか未成年とか抜きにして、仮に本当に二人だけの生活として……。
家事をどうするの? 食事はホテル・フォンテーヌでいただくとして……久しぶりに家事という概念に触れて気が遠くなってきた……。
突然だけど、少し髪を切ろうかしら?
「ローズ?」
「二人だけで生活となると、家事をするのに長い髪が邪魔になります。少し切ろうかと……」
髪を切っても私の家事スキルは低いけど……家電が無いと掃除・洗濯・炊事は無理です。家電のような魔道具があるのかしら?
「ローズが家事をすることはないよ。
ローズの着替えも入浴も全て僕がやる。食事は僕が作ってローズに食べさせる」
二人だけの生活とは……私が監禁されることなの!?
えっ、やめてぇ! 50年先もセスの隣にいたいと言ったけど、監禁は嫌。
着替えやお風呂なんてやめて〜! 「食べさせる」の意味を確認したくない。
やはり私はペットのままだった……。時々、セスの発言は危ないよぉ。
「ローズ、瞬きをして……そう、パチパチって……息を吐いて……吸って。
僕が生活魔法を使うのをローズは見たことないから不安かな? これでも僕は、すごい魔術師だよ」
知っている、凄い魔術師ってことは……嫌というほど知っている。
「ローズも賛成してくれないの?
ヨハンもヒースも酷く反対してね、サリに至っては『軽蔑します』とまで……」
えっ、他の人に言ってしまったの? 凄く残念だ。
そうよ、良識ある温情派のヒースが一刀両断してくれるはず。
二人だけの生活かぁ、呼吸を整えて想像してみると顔が緩む、あれ?
どうしよう、なんだか楽しそう。
「セス様、まずカーテンとラグマットとソファーを探しましょう。そして、お茶の道具をそろえて、二人だけのお茶を楽しみましょう。
二人だけでお茶をしながら、この家の足りないものを探して、少しずつそろえましょう。
目標は私が成人するまで……最高の逸品をみつけるまで妥協しません」
「それでは、時間がかかってしまう」
「セス様、それが良いのです。時間をかけて私らしい家にしたいのです」
今が一番楽しい!って思えるセスとの一瞬一瞬を重ねたい。
「私だけでは成し遂げられないから……セス様、協力してください」
「ローズ、喜んで協力するよ」
「時間をかけて、セス様と一緒に家具を探すなんて夢のようです」
セスが顔を赤くし、キラキラの笑顔を浮かべた。
「ローズ、僕はすぐにでも君と結婚して、二人だけで暮らしたい」
セスと出会って半年弱、共有が切れて3カ月。私は、もっとゆっくりこの甘々に浸りたい。
「はい、早く二人だけで暮らせるようにこの家を住みやすくしましょう。
もどかしくても丁寧に日々を過ごせば、それが積もってキラキラの思い出になって、人を支えてくれます」
「キラキラの思い出とは、刀剣様が言った『僅かな美しい記憶』に通じるの?」
うん? ハクとセスは、どんな話をしたの……。
ハクに褒めてほしいなぁ「ローズ、幸せに向かって進みはじめたね」って。
「はい、キラキラの思い出は美しい記憶となり、生涯の盾となります」
「ローズ、僕も君の盾になろう」
セスのキラキラ笑顔がいつもより輝きをます。
「ローズ、大好きだよ」
セスの優しい腕に抱き締められ頬を寄せあった。
僅かでも人に深く愛された記憶は最強の盾となる。
祖父母に愛された記憶が何度も私を助けてくれた。
だから私もセスの盾になれるように、セスを全力で愛することだけを考えよう。
どちらかが先に死ぬ。
残された方が、その先に進めるだけの盾をセスにも私にも用意しよう。
不器用で不格好であろうと、セスを愛して、セスから愛されよう。
平日の午後は、王家・フオード家御用達のお店だけでなく王都中のインテリア・ファブリック・家具店巡りが続いた。
変装をやめた、ローズ・カグヤ・エティエンヌとして生きるしかないのだから。
それでも、ふとした瞬間、私はバングルに目と手をやり考えてしまう。
カチカチ
私の生存戦略は、いったい何だったのだろう。
穏やかを目指し、現状維持につとめ、今を丁寧に生きたつもりだけど……穏やかとは正反対の毎日だ。
カチカチ
とりあえず生存できそうだし、次のフェーズに進もうかな?
長生きしたい。
一日でも長生きしてセスと一緒に日々を重ねたい。
そんな思考もセスの言葉で途切れる。
「ローズ、王立劇場用のドレスを決めよう」
「えっ、先週、そのドレスは決めたかと……」
「陛下と話し合って、レセプションは主催として王家のドレス。上演初日は主賓としてフォード家のドレスになったから……、午後のドレス合わせは陛下も立ち合うからね」
富と地位の象徴だと、布をふんだんに使ったドレスはもう嫌! とは言えない。
服は好きだ、贅を尽くしたドレスって凄いっ! 重いけど、試着で体力を消耗するけど……姿勢がピシッとなり気品を漂わせるほどの威力がある。
「あと、エティエンヌ公爵家のボックス席を用意したから、その分の服の用意を」
自分専用ボックスは嬉しい。大変に喜ばしい……。
「セス様、非公式で劇場に行く時は、少しラフな感じでその時の気分で選べば?」
「非公式といってもローズはローズだよ」
えっ、それは肯定なの……それとも否定?
「マイ・レディ、人目がある時は公爵家当主としての振る舞いが求められます」
「お嬢様のお召し物は皆の憧れであり、新しい基準にもなります。ラフにするにしても入念に用意すべきです」
「サリ、ミヤ、手伝ってくれる?」
「もちろんでございます、お嬢様」
「レデイ・カグヤ、おまかせください」
「ローズが着こなす服は売れるらしい、新進デザイナー・メゾンの服も着てほしいと陛下が仰ってね。ローズにしかできない仕事だと思って……ローズの装いを僕だけでなく皆が楽しみにしているよ」
私の振る舞いが、衣料品・宝飾品・家具の売り上げに貢献しているらしい。
逆に香水・シガーの売り上げは低迷しているらしい。
「では、この前見つけた可愛いショップの服も候補に入れて良いですか?」
「あの、前衛的な?」
「はい、ゴスロリパンク風というか、一度着てみたかったから」
「あれは、僕の前だけにして欲しいなぁ、少し扇情的だから」
セスと二人きり限定の服が増えているような……。
そういえば、先日。黒のオフショルダーのドレスを着て飴色ダイニングで食事をした。あの日を思い出して二人とも赤くなりながらぎこちない食事になってしまった。ヨハンとサリは空気に徹しながらも優しい目で見守ってくれた。
フワフワと心地よい優しさに満ちていた。
私はセスと一緒に丁寧に生きよう、穏やかな日々を重ねよう。




