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可愛いローズのほの暗い秘密を知った。
『君が側にいることで、かつてのローズを蝕んだ狂愛という猛毒がもう少しで抜けるはずだ。ローズが自分から話すまでは過去に触れないで欲しい』
ああ、ローズの過去がそんなに黒いものならば、もう二度と触れない。
片時も離れることなく君の側にいるよ。
刀剣様は、ローズの迷いや不安の象徴でもあるのか?
『時々、黒い記憶の欠片がローズを襲うが、君達がいれば大丈夫だ
ただ……君の不安にローズが呼応してしまう。それが続く限り、私はローズに会いに来ることができる。そしてフォンテの王も諦めない』
ローズは、刀剣様を慕っている。
刀剣様の好きなお菓子を供え、偲んで泣いていたことも……。
これからは……私が自身の不安を払拭しローズの不安を取り除く。だが、そうすると刀剣様は消え、ローズはまた泣くことになるのか?
『だったらさぁ〜、ローズの寝台の周囲に結界を張らないで欲しい。ローズが私にに会えない原因の一つだからね、それ……』
「そ、それは……」
やはり、思考を読まれている。
『ローズに名付けられた特別な存在の僕に対して意地悪はやめて欲しい』
特別な存在! いや、刀剣様であろうと認めることは……。
『そんな、ギリギリしないでよ。君にお願いがある。
ローズの体調は良くない、この数日は目を離さないで看てほしい』
「治療として、何が有効でしょうか?」
『私の長い記憶だと……古典的だけど氷嚢や氷枕で冷やすことが効果的かな? ローズも高度医療を受けながらもよくそうしていたみたいだ』
刀剣様が、不意に周囲を見回した。
『……まただ……ローズの執事も凄いラナだね。そろそろ、お別れかな?』
刀剣様は、ローズを抱きかかえる私達に優しい眼差しを向けた。
『ローズと最強のラナ。共に幸せに! それが我々の願いだ』
刀剣様は、スッと踵を返し歩き始めた。
「刀剣様、お待ちください──」
「ラムセス様!! マイ・レディ!! しっかりしてください」
刀剣様を引き留めようとしていた私は、必死の形相のヒースに肩を掴まれていた。
「……ああ、ヒース。私は大丈夫だ」
「フォード卿、失礼しました。意識が遠のいた気が致しまして……」
「ヒース、心配をかけた。どれぐらい私の意識は遠のいた?」
「数秒です」
数秒? 私はローズの寝台の横に膝をつき、ローズの手を握りしめていた。
ローズの熱は高いが、幸せそうに眠っている。
私は、ローズの頭と首と脇に氷魔法を展開した。
冷傷に注意しながら、氷から水になる0度を維持した。
それにも関わらず、その晩からローズは高熱に見舞われた。
辛そうに寝返りを繰り返し、ローズは身体をゆっくりと起こした。
「ローズ、どうしたの、眠れないの? 苦しい?」
「骨とアザが痛くて……骨の置き場が無いと言うか……」
「熱が上がっているからかな?」
私は寝台に上がり、座った姿勢のローズを背中から抱きしめ、ローズを腕の中におさめた。
私はできる限りの治癒魔法を展開した。
幾重もの魔法陣が寝台を包み、ローズの全身にも無数の魔法陣を展開させた。
「ローズ、この姿勢は?」
「楽です。でもセス様の手と足の感覚が無くなってしまいますよ?」
「大丈夫だよ。もっと寄りかかって楽にして」
私はローズに冷えたハーブティーを少し飲ませた。
「セス様、私、素敵な夢を見ました」
「どんな夢?」
「美しい浜辺で、刀剣君がいてセス様がいて……ふふっ……幸せな夢でした」
ローズは嬉しそうに微笑んでいる。
そうだよ、刀剣様の前で誓ったよ、僕と君は共に幸せになる。
同じ思いで嬉しくなった。
「あんな良い夢なら何度でも見たい、白い浜辺の砂には宝石が混ざっていて、刀剣君がいて、セス様がいて、セス様が素敵な言葉をいくつも──」
まさか、ローズは全て夢だと思っているのだろうか?
「ローズ、僕からの結婚の申し込みと、君の承諾は夢ではないよ」
「あれ、今が夢かな?」
「ローズ、ではもう一度、いや何度でも、君に結婚を申し込もう」
「ふふっ……だって、今も視界がキラキラして……きれい……」
ローズは、微笑みながら眠ってしまった。
身体は熱く、手足の血管から血がにじみ出て鮮明な紅斑が皮膚にひろがり、痛々しさを増していた。
私はローズの血管にも修復術を展開した。間に合わない……うっすらと浮かんだアザはすぐに色を濃くしひろがってしまう。熱が下がらない。
刀剣様の「この瞬間のローズを大事にして」という言葉が重くのしかかった。
「ヒース、ローズに安定術を」
「マイ・レディの意識を掴むことができません」
ローズの意識がない。
「もう一度、ダグラス医師を呼んでくれ、陛下に連絡を」
ローズ、僕を置いて逝かないで! 私は心の中でそう叫び続けた。
ローズの周囲には、何百何千もの魔法陣が輝いていた。
※
朝の光と冷気で目が覚めた。
良く寝た、目の奥が痛い、喉がカラカラ……。
私が身体を起こそうとしたら、セスが手助けしてくれた。
「セス、さま……あれ?」
座った姿勢の私は、セスに背を預け抱きかかえられている。
なぜ……ベッドの上でこのような状況に?
「ローズ、気分は?」
「はい、大丈夫です」
「痛いところは?」
「頭が、北極? 昨夜は冷たくて気持ちよかったのに……今は北極にいる気分?」
「そう、頭が北極……くくっくく……少しの間、冷やすのをやめよう……。
今、温かいお茶を淹れるね、白湯がいいかな?」
セスはベッドから出てお茶道具をいじりはじめた。
う〜ん? とても寝た気がする。多幸感に包まれていたような……。
セスの顔色と髪色が悪い。
時々、目覚めるといつもセスがいて、全身にセスを感じた。やたらと視界がキラキラしていたような……?
この感じだと、もしかして数日たっている? いつからの数日? ぼや~。
私は、少し立ってみようとブランケットをめくった。
あっ、足が脱水気味で細い。
ナイトドレスの裾を少し持ち上げてみると、足のアザが少し枯れ始めている。
この感じは一難去った気がする、良かった。
危惧していた難病は……何とかしのいだのかな?
私は床に足を下ろし立とうとした。
「ローズ、無理しないで」
セスが飛んできた。
「おはようございます、セス様」
「ローズ、おはよう。今朝は調子が良いのかな?」
「はい、スッキリと身体が軽く」
「そうかぁ、それは良かった。でもまだ一人で歩いたりしないで……ああ、まず寝台に戻って、水をゆっくりと飲んで……」
私はベッドに戻され、水を飲んだ。
「美味しいです、ありがとうございます」
笑顔のセスが、無言で何度も頷きながら静かに涙を流した。
あ~、心配をかけてしまった。
「セス様、ありがとうございます。ご心配を──」
「ローズ、気にしないで……いつものローズに会えて私が泣くほど嬉しかっただけだから」
「セス様、ありがとう」
私はセスの涙をそっと指で掬った。
私が苦しい時にセスが側にいてくれたことが嬉しい。
私の回復をセスが喜んでくれることが嬉しい。
セスがハッと表情を変えた。
「そうだ、ローズ。僕の結婚の申し込みを覚えている?」
覚えている。何度もプロポーズされたような、あれ全部現実だ。
私が「夢?」と言うたびに、懸命にセスは言葉を重ねたてくれた。
「はい、全部覚えています、何度もありがとうございます」
「よかった、夢ではないからね。陛下に書類を用意してもらおう」
「成人まで結婚できないのでは……」
「ああ、だから婚約の書類を交わそう、婚約式の日程も決めよう」
婚約式? ほぉ〜、貴族にはそんな儀式が……結納のようなもの?
「ローズ、刀剣様の事を覚えている?」
そ、そ、そうよ……ハク!
私、ハクに会えたのに眠ってしまって……。
あっ、二人は険悪だったはず……その後、大丈夫だったかな?
「いつもは……刀剣君はあんな意地悪じゃないの……」
「ああ、ローズには皆がいつも優しいだけだよ」
あっ、何かあった。
「刀剣君にまた会えるかな?」
「ああ、たぶん会えるよ。ローズ、横になる?」
「いえ、本当に気分が良くて、朝食をセス様と一緒にいただきたいです」
「わかった、ランスにスープを用意させよう。固形物はもう少し様子を見よう」
「はい、セス様」
国王陛下と話し、ハクに会ったその夜から、私は3日ほど高熱にうなされていたらしい。その3日間、私はセスの腕の中で過ごしたわけで……話しを聞いているうちに赤面がとまらず、詳細は割愛してもらった。
その後、私は日ごとに回復した。
最後まで悩まされた微熱も3月下旬にはひいた。
セスは絶えず私に寄り添い、全てにおいて甘く優しい言葉をかけてくれた。私が病気・結婚に関して不安に襲われることはなかった。
今回、私の風邪と難病もどきに対して、セスはいくつもの治癒魔法を使ったはずだ。治癒魔法なのに魔法陣がキラキラしていた。私には想像できない高度な魔法なのだろう。
今年になって喘息はずっと鳴りを潜めている。1日2回の王命治療だけでここまでコントロールできるなんて、筆頭魔術師であるセスはやはり凄い人なのだろう。
私の風邪が治ってもセスは出仕する気配がないけど……良いのかしら?
あと二話で完結です。
最終話までお読みいただけると嬉しいです。




