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「私の命に代えてもローズを守ります」
『君は賢く強いラナなのに、ローズに対しては間違っているよ』
セスは悔しそうに顔をしかめ黙ってしまった。
『君さぁ~、命に代えて守っても、君がいなくなった後はどうするの?
寝ないのは勝手だけど、ローズに気づかれ、心配されているよね。以前、君が倒れて目覚めない時、どれだけローズが泣いたか知らないの? ……浅はかだよ』
いやっ、それは……言い過ぎでは?
それに私が泣いたことをセスは知らない……あっ、ハクが睨むぅ。
「確かに私はローズがいないと何もできない愚か者です──」
「セス様、やめて! そんなことないからっ!
ハクもどうして悪ぶるの……ハク、どうして? せっかく会えたのに」
セスの自虐が痛い……私はこめかみに手を当てて俯いた。
「ローズ、私は大丈夫だ。君さえいれば……」
『ローズがいなくなったら、君はどうなる?』
「ローズが……いなくなったら……?」
『君の力が定着しないのは、君の完璧主義とローズへの甘えだ。
ねぇ~ローズを大事にして、今のこの瞬間のローズを大事にして』
ハク……私、長くないの?
ハクの表情に変化はない。
……考え過ぎかな……そうよ、症状だって壊滅的に進んでいない。アザを気にしなければ、まだ風邪をこじらせただけかも。
『君はあの約束を果たさないつもりなのか!?』
えっ、あの約束?? 約束が多すぎて……どの約束?
「いえ必ず、今はローズにふさわしくなるために──」
『そう、よくわかった。ローズは僕とここで暮らす。
君は「ふさわしく」なってから迎えにくればいい』
貝の気持になれず口を挟んだせいか……私はハクと暮らすことになったらしい。
それはそれで嫌ではないけど……どうして?
セスは目を見開き強い否定の色を目に宿し、ゆっくりとハクに礼をとった。
それからセスは私の前に進み出て、私の左手を取った。
「ローズ、君との大事な約束を果たしたい」
セスは私の左手を持ったまま、跪いた。
どの約束かな?
「ローズ。夜の王宮の庭、スノーマンの前で約束したのを覚えている?」
“ローズ、君がこの世界と適合して、我々が召喚目的を果たし、筆頭魔術師に就任したら、ローズに正式に結婚の申し込みをさせて欲しい”
“セス様、異世界召喚を正しく終わらせて、筆頭魔術師に就任してください。その時、セス様の気持ちが変わらず、もう一度同じ言葉をいただけたら……”
あの時のフワフワした気持ちが一気に蘇ってきた。
「君を愛している。私の妻になってください」
あ~、どうしよう、凄く嬉しい。
でも、今のってハクに言わされた感じがする。
「セス様、今、無理にそれを言わなくても」
「無理じゃない。ずっと、毎日、一日に何回も君に結婚を申し込みたい気持ちだった。筆頭魔術師就任の裏にローズの涙があったから、安易に踏み出せなかった」
そういうと、緊張気味だったセスの表情が緩んだ。それと同時にその場の重い雰囲気が少し和らいだ。
「ローズ、今度こそ間違わない、迷いは消えた。
ローズ、君に私の愛を捧げる。僕の妻になって欲しい」
セスは本気だ。でも、筆頭魔術師の妻? 私なんかで良いのかな?
「私、とにかく病弱で体調に波があって」
「知っているよ、僕が全力で君を支えるよ」
「病弱の分、気が強くて可愛げがなくて」
「そうだね。時々、ローズは可愛い小悪魔になってしまうね」
「私は何も返せないし」
「ローズ、僕は君がいないとダメだといつも伝えていたけど、まだ足りない?」
「いえ、足りています」
「喧嘩したとき、仲直りの仕方がわからないし」
「……くくっくくっ……そうだね、ローズと喧嘩ができるなんて楽しみだよ。
毎回、僕から許しを請うから、ローズが許してくれるまで何度でも」
なんか笑われている。
「ローズのおかげで、僕は色彩を取り戻したよ。
僕はローズの喘息発作予防・緩和術を難なく展開できる筆頭魔術師になれたよ。
魔力制御もローズのおかげで進んでいるよ」
そう言われてしまうと……そこに関しては、そうだと言えるかも……。
「君がいないと、食事も睡眠も僕には意味がない」
いやいや、食事と睡眠は別よ、人として必要よ!
私は人として女性として、セスの愛に上手く応えられるだろうか?
「この先、長い目で見たとき、出産する自信がないの……」
「ローズ、大丈夫だよ、二人で仲良く暮らそう」
いや、実は、たぶん、妊娠・出産はできる。洗脳されているだけ……。
そうはいっても出産は簡単ではない。無理して出産して弱い体質を引き継がせたらどうしよう。
「この先、子どもが欲しくなったら?」
「ローズが出産するなら、ローズ専属の医師と複数のベビーシッターを手配する。僕は筆頭魔術師を退任して君に付き添う」
退任って……。
「ローズ、養子を探して、二人で慈しみ育てるという道もある」
「えっ、でも血筋とか?」
「フォード家は親戚筋から優秀なラナの要素を持った子を養子にすることは珍しくないから安心して」
「ローズはそんな先のことまで……僕が10歳も年上だから不安なの?」
「いえ、そんなことは」
私に近づこうとしたハクをセスが手で制した。
ハクは溜め息をついてから言った。
『ローズ、何度も言うけど、君次第だよ』
どうしよう……。
ダメな理由ばかり探すのに疲れた、この手を取りたい。
それに……この優しい手を振り払うなんて、もう私にはできない。
「ローズ、僕は少しでも君にふさわしくあろうと……吸入薬の複製に成功してから、せめて魔力が定着したら、この思いを伝えようと思っていた。遅くなってごめんね」
セスは私の左手薬指に唇を落とし、私を見つめた。
「ローズ、大好きだよ、僕と結婚しよう」
そうだ、セスはいつも私の欲しい言葉を先回りしてくれる。
「はい、セス様」
「ローズ!!」
次の瞬間、息が止まるほどの強さで抱きしめられ、セスと唇を重ねた。
「ローズ、どうして泣くの? もう一人で泣かないで、これからは涙の理由を全て僕に教えて……」
「色々と不安で、でもそれ以上に嬉しくて……。
私、色々な意味で大きな一歩を踏み出せた気がします。嬉しい」
「僕も嬉しいよ」
セスは、私を横抱きにした。
「僕だけのローズだよ。僕は君の特別になれたかな?」
私は頷いた。自分でもわかるほど頬が緩み、気恥ずかしさから視線を逸らそうとした。
「僕のローズ。こっちを見て、僕だけをみて」
セスの息がかかる距離、色香をはらんだ視線、耳元で囁かれる甘い言葉。
どうしよう、甘すぎて溶けそう。
あ~、本当に「今、死んでもいい」と思えるぐらい幸せかも、夢かな?
眠い、こんな大事な時なのに眠い。
「君の16歳の誕生日に婚約式を18歳の誕生日に結婚式を挙げよう」
ねぇ、セス様、幸せすぎると眠くなるのかな?
「ローズ?」
セス、ありがとう。
ハク、ありがとう。
※
私の結婚の申し込みをローズは幸せそうに承諾してくれた。
とうとう、君の特別に近づいた!!
あ~、私は何を恐れていたのだろう。
王妃に望まれるローズにふさわしくなろうと、空回りしていた。
君が望む言葉を探して恋愛小説を読みふけったというのに……直情的な言葉しか紡げず、それを君は笑顔で承諾してくれた。
「ローズ?」
ローズは、眠ってしまったのか? まさか!!
『安心して、眠っただけだよ、熱があるのに無理をさせたから』
「刀剣様、ローズについて教えてください、病気の事、好きな事、嫌いな事、名前、家族について……何でもいいので……」
『ローズは過去のことを何も言わない、だから私はローズの記憶を覗き見ることしかできない。そこからわかったことを君に伝えるよ。
ローズはね、僅かな美しい記憶と膨大な黒い記憶を持ち、その全てを封印して生きていたようだ。さらに、召喚のショックを本当の名前と共に再封印した』
ローズ本来の凛とした雰囲気の裏には黒い記憶の封印が……ローズが自分の名前を封印したのは、召喚のショックを封印するためだったのか。
『君も気づいていたよね、ローズの心にある“厚い障壁”の存在に』
そうだ、ローズは考えを悟らせない。
『本来、私は召喚された者の名前と迷いがないと、召喚された者に接触できない。
過去に召喚された者が名前を明かさないという事はなかった。そのせいで、私はなかなかローズに話しかけられなかった。ローズが迷って泣くときは君とフォンテの王がいつもローズの側にいた。
私が接触の機会を諦めかけたころ、ローズの心が悲鳴を上げた。ローズは自分を守るために、召喚されてからの記憶や感情を封印しようとした。その時、封印の扉が開いて過去の闇に取り込まれそうだった』
「それは、襲撃で私が深手を負った時でしょうか?」
刀剣様は頷いた。
『ローズと呼んでくれる人がいないと気づき、「もう無理」と叫んで君とのことを全て夢にして封印しようとした。
私は、そこをついてローズとのコンタクトに成功した。その時にローズが私に命名したことで、その関係を確固たるものにした。
ローズは、私という存在を疑わなかった。その上で召喚されたことを一切嘆かなかった。そして、君達がいつもローズを守っていた。
話が長くなったね……。
君がローズという名と溺愛を与えたことで、ローズは過去の闇に取り込まれなかった。無事に適合した。
君は何度もローズを救った、ローズを守り、助けてくれてありがとう』
「過分なお言葉をありがとうございます」
可愛いローズのほの暗い秘密を知った。




