第147話 いや、それは無理でしょう、普通は
走り込んだ先はただの廊下。
ではあるが、他と違う点がある。
そこに向かって二人して駆け込む。
「――あった! 良かった!」
お茶会で食事が出たなら絶対にあるはず!
食器ワゴン。
片付けが終わっていたらどうしようと思ったが、片付け中で放置されていた。
少し前まで誰かが作業したような雰囲気がそこにはあった。
「誰かいないの!?」
クラウゼが叫ぶが、周囲からは静寂しか返ってこない。
「誰もいない見たいね、っと」
普通なら食器を下げる人達がいるはずなのだけれど。
既にここにいた人達が被害にあったのかとも思ったが、周辺の床や壁、重ねられた食器の様子を見てもここで戦いがあったようには思えない。
駆け寄って目的の物を探す。
お皿にスプーン、フォーク……そして目当てのナイフである。
汚れてまとまっていたナイフを数本手に取り、ざっとナプキンで拭く。
片手で構えて、ナイフで空を切る。
風を切り刻むような音が聞こえた。
もう片方の手にて、指の間にナイフを通して持つ。
まるで鉤爪のようだが、別にこのスタイルで攻撃するわけではない。
単に予備として持っていくだけだ。
クラウゼが、その様子を不安そうに見てくる。
「それで本当に大丈夫なんです?」
まぁ気持ちはわかる。
ここに向かう途中だって、アタシの提案に本当にそれで良いのか迷ってたみたいだし。
誰だって魔獣が襲って来ているのに、ナイフを持ってさぁ大丈夫……と安堵出来る訳がない。
アタシだって誰かがナイフ――それも食事用の――を手に取って戦いを挑んでいくと聞いたら正気か? と問いかけそうだ。
だが。
「無いよりマシ!」
「えぇー!」
不安いっぱい、という声をあげるが、仕方が無い。
無いよりマシ。
これに尽きる。
「それにほら、フォークよりマシ! ほら、人がいそうな所までまた走るよ!」
「フォークって何ですの!?」
「ちょっと前にね!」
街中で男が大きいナイフで襲ってきたのをフォークで返り討ちにしたのは懐かしい。
突いた時の抵抗を考えると、フォークは戦闘に向いていなかった。
終わった後には曲がってしまっていたし。
「今の状況って、何なのでしょうか。こんな学園の中にまであんな魔獣が入り込んでくるなんて……。それに普通、こんなに魔獣が学園に入っていたらそこかしこで戦闘音とか……悲鳴とか聞こえるでしょう? 一切聞こえないのは不気味です」
思い返すのは、神楽が模擬戦で月影キンコという女子学生と戦った時。
あれでもまだ学園の外側ではあったが、遠くから悲鳴や騒音は聞こえていた。
なのに今はあまりに静かすぎるのだ。
本件に関しては、現時点で何も情報が無い。
少なくとも原作には無い展開である、というだけしかわからない。
「何もわからないけれど、人がいそうな所まで逃げないとね。もっとちゃんとした武装があるところでも良いけれど」
「はぁい」
最初は動揺していたクラウゼも一見すると持ち直したようだった。
と。
道行く先に不穏な空気。
「なんか魔獣がまた出そう」
どうせ魔獣には人の言葉は分かるまいと、クラウゼと堂々と話しながら駆け走る。
お互い、体力は問題無い。
掛け合う言葉は軽快なままだ。
「そうなんですか?」
「うーん。多分」
魔獣じゃなくて人ならもっと直ぐにわかりそうなんだけど、という言葉は胸にしまう。
走りながらクラウゼが数歩後ろに下がり、アタシは体の動きを確かめるように。
「曲がり角。こういうのは死角だから――――」
次の瞬間、何かが飛びかかってくるのが見えた。
そしてそれは魔獣であると瞬時に判断し。
「ギャウン!?」
キンと響くような音を出してナイフを振るった。
アタシ達が走り込んできたと同時に飛び込んできた犬……のような魔獣を、刃を寝かすようにして一瞬で捌く。
魔獣にしては可愛らしい声……というわけでもなく、かなり野太く耳障りな声をあげて魔獣が倒れ伏した。
相手の勢いと自らの腕の振りで、胴体を横一文字に深々と切り裂かれて魔獣は絶命するだろう。致命傷だ。
魔獣との戦闘は苦手なままなので、今回は上手くいって一安心だ。
「うわ、思ったよりもでかかった。ぶつかったら押し倒されてたかも。それにジェリーフェイカーじゃなかったのも良かったかな」
「……」
「何を見ているの? ホラ、行くよ!」
何故かクラウゼがアタシの持つナイフと、ピクピクと動いている魔獣の死体を異様な目で交互に見ていた。
信じられない物を見たかのような、ナイフ一本でこんな事にはならないだろう普通は、みたいな目であった。
次の更新は引き続き来週の土曜深夜です。




