第145話 無手での邂逅者
「とはいえ……」
まぁラブレターが来たのを知らないってのは普通なのかな。
自意識過剰だったかもしれないと少し思う。
そう考えると少し恥ずかしい。
と。
「あ、お姉さま」
お茶会からの帰り道。
聞きなれたその言葉に振り返る。
そこに居たのはヘンリエッタ=クラウゼだった。
初期イベントにて神楽を苛めるはずだった登場人物。
アタシが意図せず介入してしまったため、思いとどまった。が、そのまま、別キャラとの決闘イベントに移行するとは思ってもいなかった。
今はクラウゼの友人関係も元に戻り、時々アタシともお昼ごはんを食べたり、放課後に会ったりする仲である。
意外と情報通、というか立場を考えれば情報が集まる場所にいるようなので、まま助かることもある。
……それと、神楽と話しているところは見たことが無い。
後ろめたさがあるとは聞いているが、さもありなん。
神楽は気にするような子ではないけれど。
綺麗な淑女らしい礼をする彼女にこちらも礼を返す。
彼女以外に人がいない事を確認すると、態度を楽にする。
神楽以外にラフなスタイルを見せることが出来る一人だ。
腰に手を当てて尋ねる。
「こんな時間にどうしたの。もう遅いでしょ」
「お姉様と同じく、私もお茶会に参加していました」
「そうなの? それにしては見かけなかったような……」
同じテーブルにいた人達は頑張って把握しているのだが、確実じゃない。
だいたい会話をしない人は記憶から漏れることもある。
首をひねるアタシにクスクスと笑う。
「今回は別の方達と話をしていたから。話はよく聞こえてました」
「あぁ……やっぱり盛り上がって声が大きくなってたよね、ごめん」
「いえ。私も色々と聞けて良かったです。それに声もそこまでは。周りの人もそこまで気にしては無かったですよ。それよりも……また凄い戦いをされていたんですね」
心配そうな顔をされる。
やっぱり、こうやって心配してくれる人がいるのはありがたいなと思う。
心配させないのが一番なんだけど、ね。
「何とかなって良かったよ、まったく。魔獣が人型じゃなかったら危なかったね」
首をコキコキと鳴らす。
帰り道は人とすれ違わず、静かなものだ。
魔導光が潤沢に使われた学園内。
たまたま窓の外からちょっと遠くに見えた研究棟は、今も暗闇の中で光を放っていた。
きっと残業なのだろう。
「見上げる程の巨体だったんですよね? それは……人型といえるのでしょうか?」
「見た目は人でしょ。首が無くとも、おおむね可動範囲は同じだったしね」
もっとも、それのせいで危ない場面もあったりはしたのだけれど。
「それよりも帰りは大丈夫なの? 馬車とかもう帰ってない?」
「家の者を呼んでいますから」
「おぉ……」
学園が契約している公共? の馬車じゃないのね。
そういうところはお嬢様っぽい。
ゼン様とか、神楽を迎えに来ているけれど普通の庶民じゃやっぱり無理だ。
……と、その時だった。
ピタリ、と足を止めて、ぐるりと周囲を見渡すと、耳を澄ませる。
「でも、お姉様がまだ残っていて良かったです。こうしてお話し出来ましたし……お姉様?」
「……不味ったかな」
不思議そうな顔をするクラウゼの一歩前に出る。
悪い事に、何も武器を持っていない。
クソ、学生生活中は帯剣しなくてもいいからって、寮に置きっぱなしだ。
「クラウゼは、今剣とか、最悪ナイフとか持ってない?」
「剣、ですか……? 持ってはいないけれど……」
気を張り詰めた状態で言う。
「――――魔獣がいるような気がする」
「えっ!? が、学園内ですよ!? ここは!? 流石にそれは勘違いでは……」
「入学式でも襲撃はあったでしょ?」
「あっ……」
とはいえ、クラウゼの狼狽はわかる。
この学園は、立地は魔森林に近く危ない様に見えるが、周囲を常に警備員が巡回しており、学園内そのものは結構安全だ。
よほどのことが無い限り、学園内への魔獣の侵入が無い事が売りでもあった。
いや、安全であったというべきか。
神楽を狙った乱が動き出したことにより、学園内の安全度は下がったと、今後は判断しなければいけないか。本来なら入学式からずっと警戒していなくてはいけなかったのかもしれない。
入学式は手引きがあったから中まで侵入された。
それとは別に決闘の時も魔獣騒ぎも、あれも神楽が入学したから起きた一連のシナリオの中で起こりうる出来事だったんじゃないだろうかとは思ってはいた。
私が噂を聞いた限り、決闘時の侵入は魔森林側から不備があって魔獣が流れ込んだとしか聞いていない。
……神楽がいたから起きたイベントであって、神楽を狙ったイベントではなかったんだろうけれど。
まだ視界に見える範囲には魔獣はいないが、最近ようやくわかり始めたこの嫌な感覚に従って警戒を始める。
「杞憂であれば笑って終わればいい。魔獣だったら、走って逃げてね」
「お姉様なら返り討ちに……」
そうは言いたいけれど。
「――――アタシは、無手だと無力だよ、残念ながらね。出来るのは逃げの一手だ」
異様なほど誰も居ない廊下。
クラウゼが震えながら身を寄せてきた。べちゃり、べちゃりと音が聞こえて来たからだ。
耳慣れていない音のようで、いや、よく聞けばそれは聞いた事のある音。
固い地面の上で、その魔獣がどういう音を鳴らすのかを聞いたことが無かっただけのこと。
音が聞こえてくるその方向からゆっくりと逃げる。
が……見ている先、廊下の曲がり角からぬるりと、水色の物体が――――ジェリーフェイカーが現れるのが見えた。
ということで中途半端ですが、2月からは投稿停止です。
次の投稿予定日は3/4土曜になります、よろしくお願い致しますー。




