第117話 手も足も出るけど出ない
次の更新は次の土曜です。
ぐぬぬ、ギリギリ間に合わなかった……。
side - 神楽ルカ
「ありがとうございましたっ!」
時は模擬戦の授業。
戦ってくれた相手に一礼して、少しだけ休息を取る。
その際、一際注目されている女性を流し見た。
そこには、昨日の疲れなど全然感じさせずに相手を捌き続けるオリヴィアさんがいる。
昨日、寮に戻ってから凄くびっくりした。
私がお茶会に行っている間に、まさかオリヴィアさんも別の場所でお茶会に参加していた……なんて。
私が帰った時点で寮にはいなくて少しだけ不安に思っていた……そんな所に、見たことが無いぐらいどっと疲れた顔して帰ってくれば、心配で駆け寄りもする。
何でも、知らないうちにオリヴィアさんが好きな人が集まった派閥が出来つつあるようで、そこのお茶会に突然誘われたらしかった。
あれはある意味形を変えた拉致だよもはや、とソファに崩れ落ちながら言っていた。
肉体的にはともかく、精神的にはかなり疲弊したらしい。
寝るときも、私のお話を楽しそうに聞いてくれていたけれど、普段より随分早めに寝落ちしてしまった。
けれど、今のオリヴィアさんを見て疲弊していたなんて思う人はいないだろう。
今も、体格の良い男子生徒が振り下ろした剣を受けたと思った瞬間、思い切りスライドさせ、腕力の競り合いに持ち込もうとしていた男子生徒は盛大に姿勢を崩す。
そこを見逃すわけが無く、次の瞬間にはオリヴィアさんが振るった剣が相手の喉元に突きつけられていた。
オリヴィアさんが一言二言、アドバイスを伝えると、汗をダラダラと流していた男子学生は、汗を吹き飛ばすぐらいの速度で一礼し、よろめきながら壁際に向かっていった。
そこには、同じように疲れ切っている学生達の姿が男女関係無く見える。
「はい、次の人は?」
と、珍しく、オリヴィアさんの列が途切れている。
普段はオリヴィアさんに教えを請いたい人が大量に出るのだけれど……よく見れば、普段、積極的にオリヴィアさんへと戦いに行く全員が疲れ切って壁にへばっていた。
上級学生は参加するのだろうかと思って見てみると、さっと距離を取ってしまった。上級学生の人達も混じって模擬戦をしているのだけれど、二の足を踏んでいるようだった。恐らく、下級生に手も足も出なかった、という事になるのを恐れているのだろうとは思う。
列が途切れ、ふと周囲を見たオリヴィアさんも気づいたのだろう。その端整な顔を少しだけ困ったような表情へと変えた。
あの表情は、たぶん『ちょっと加減ミスった』だろうか。ついでにまぁいいか、とも思っていそう。
「やっぱり、昨日の疲れが残ってるのかな」
動きそのものに陰りは見えないから、きっと精神的なところだろう。
それはともかくとして。
これはチャンスとばかり、オリヴィアさんの前へと駆け寄る。
「つ、次は私ですっ!」
「……はい、どうぞ」
普段の模擬戦の授業では、あまりオリヴィアさんと戦うことは無い。
何というか、オリヴィアさんへ並ぶ人達が多すぎて、オリヴィアさんとやり合おうとすると時間が掛かるのだ。
オリヴィアさんからも、アタシを待つ時間が勿体ないからいろいろな人と戦った方が良いよ、とは言われている。それに、基本的にはゼンさんやフィオさんから戦い方を教えて貰っているため、オリヴィアさん的にはそこまで干渉はしたくないらしい。
息を落ち着かせて、オリヴィアさんを見つめる。
……緩やかに剣をこちらに向けている。
普段、室内においてある剣よりも細く短いため、オリヴィアさんが構えていると少しだけ違和感がある。
オリヴィアさんは、柔らかい、と感じる姿勢を取ったまま、動かない。苛烈な様子はひとかけらもみせず、何処に撃ち込んでも入りそうな気配すら感じる。
――――誘い込まれている。
「いきますっ!」
そう踏み込んで、相手の剣を吹き飛ばすかのようになぎ払うが、それは綺麗に防がれた。剣が上へとかちあがる。
剣筋は見えている。相手に合わせて振るっているのだろう。瞬きの間に事が終わる…………そんな反撃はやってこなかった。
キィン、という高い金属音が鳴り響く。振り払われた力を利用するように剣を振る。それも、当たり前のように弾かれた。
「っく、やぁ、……てぇい!」
上から、下から、横からに突きも絡めて。
相対していると、恐らくここなら攻撃が通る、という位置が読み取れ、そこを突くのだけれど……わかっていましたとばかりに危なげなく全て止められた。
戦いながら、どういう時にどう攻撃すべきか、防がれたらどう距離を取る、あるいは踏み込むべきかを教わっている感じがする。
けれど、あまりのあたら無さに思わず無茶をしてでも、と踏み込もうとした瞬間には、『踏み込むな』という注意のような鋭い一撃が前髪をかすり、そういう訓練では無いという意思を突き付けられて反省する。
フィオさんからはお行儀悪くいけ、と言われて習った足技を混ぜると、少しだけ嬉しそうな、びっくりしたような表情を一瞬だけして、けれど危なげなく剣の柄で止められる。
通るとは思っていなかったので跳ねるように後ろに下がる。
と。
「行きます」
今度は、オリヴィアさんが攻めてくる!
苦手だと思っていた箇所に的確に攻撃が飛んでくる。しかも、『これを塞がないともう模擬戦は続けられない』とわかるような容赦の無い角度からの攻撃と威力!
時に防ぎ、時に後退も視野に入れていなすように戦うが、反撃する糸口が見えない。
私が戦えるよりギリギリ上の所を掴んだ戦い方だった。
ゼンさんは魔法を絡めた全体的な戦い方を、フィオさんからはインファイトでの戦い方を学ぶ事が多いけれど、そのどちらからも習ったことが無いだろう、と言わんばかりの剣筋。まるでどちらの相手――――フィオさんとゼンさん――――の特徴を熟知しているぞ、と言うかのような。
相手がオリヴィアさんでも、思わずひくり、と喉を引きつらせながら、しっかりと守りの道筋を見つけてはギリギリに剣をぶつける。
耳をつんざくような音と火花が散る。最初は怖くて大変としか思わなかった模擬戦だけれど、気がつけばそんな事もあったかな、と思うぐらいには気持ちは変わっている。……別に、得意というわけではやっぱりないのだけれど。
顔面への攻撃を防いだときは、あまりの容赦のなさに少しだけ泣きそうだった。
腕が痺れ始め、反撃を忘れ始めた頃。
一撃、二撃と続き、繰り返すような三撃目。もしかしてこれはパターンかな、ならもしかしたらいけるかも――――と思った次の瞬間、防いだ横なぎの攻撃が刺突へと変わり、左腕を貫いた……かのような打撃感が走った。
今正に反撃しようとした腕がぶつかり、この模擬戦場を包み込む魔道具によって軽減されたとしても、突きの威力はハッキリとした痛みとなって握力を失う。持っていた剣が、中途半端な慣性をもってオリヴィアさんの横を滑っていった。
「うくぅっ」
「ここまで。……よく入学してからの短期間でここまで強くなったわね」
「……っつハァ、ハァ! あ、ありがとう……ございます……!」
尻餅を付くように倒れ込むと、息苦しさを思い出して荒く息を出した。
褒められている、のは嬉しいけれど、正直それを吟味できる余裕は無かった。
そこから、前の人と同じように大汗をかきつつ、アドバイスを貰うと、壁際の花となっていた同じ境遇の人達へと仲間入りするのだった。
普段クラスでもあまり喋らない人達だけれど、今はお疲れ様、という視線を向けられているので会釈して通り過ぎる。
……何だか、彼ら彼女達と、無言のうちに気持ちが通じ合った気がした。




