第116話 敵情視察のお楽しみ
空き教室というより、空いている講堂だろうか。薄暗闇の中、段々となった机と椅子が並び、下には巨大な黒板がある。
ただ、暗闇であったのは僅かな間で、パチリ、とクラウゼが部屋のスイッチを押したことにより、魔道具による灯りが部屋を満たした。
この光栄宮学園は在籍人数が多いというわけでもないので、高校時代の教室と比べるならそれは広いだろうが、前世の大学教室と比べると極端に横が狭い。
ここの教室は使用したことが無いが、扉を閉めると外からの音は一切届かなくなった。
静かな空間の中で、クラウゼが何故か精神を整えるかのような呼吸音だけが聞こえてくる。
ただ、それも直ぐに落ち着いたようだ。
アタシはすぐ傍の壁に寄りかかったが、クラウゼは背筋をピンと伸ばしたまま、こちらに向き直る。
「それで、クラウゼ。どうしてアタシがお茶会に誘われたのか、何か知ってたりする?」
「お茶会に誘われること自体は、予期していました」
「そうなの? 正直、アタシは参加してもいいか聞く側であって、招かれる側じゃないと思うんだけど」
「それはオリヴィアさんの自己評価が低すぎるだけですわ」
「そうかなぁ」
クラスメイトと積極的に話すわけじゃ無いし、授業では学生相手に情け容赦なく剣をぶんぶん振り回しては倒しているので、むしろ萎縮されて遠目で見られているんじゃないだろうかと思っているのだけれど。
そんなことを考えていると、クラウゼが小さくため息を吐いた。
「……オリヴィアさんは、思っている以上に注目されていますわ。お茶会だって、本当はもっと頻繁に起こるはずだったから」
思わず目をぱちくりしてしまう。
「どうしてそんな事がわかるの?」
「勿論、オリヴィアさんが好きな女子生徒を私は集めていましたから。定期的に内輪で今回のようなお茶会はしていたのですよ」
「何してるの? いや本当に」
思わずジト目を向けるが、クラウゼは意に介さずに続ける。
「お姉様は――――失礼、オリヴィアさんは、最初の魔物討伐の授業から人気が急上昇していたのです。私がオリヴィアさんを知ったのはあの図書室の時ですから、その後直ぐですね。その後に起きた魔獣を容赦無く切り伏せていく姿に羨望を心に抱いた女子生徒は少なくなかったようです。凜としたお姿で、一部の無駄も無い動き。それに加えて、メリオトロイ先生を圧勝で下した模擬戦での一幕は、多くの女子生徒の心を奪っていくのに十分でした」
「へ、へぇ……」
最初の討伐線の時、禄に斬りかかることも出来ず、ゴブリン相手に右往左往していたはずなのに無かったことになってる!
特に弱いゴブリンだった記憶があるので、本来なら普段より弱いゴブリン相手になんと情けない、といった評価になってもおかしくないはずなんだけど。
メリオトロイ先生との勝負は駆け引きが上手くいっただけだ。本当の対人経験の差が極端にあっただけに過ぎないので、これもなんだかなぁという所だ。
結果だけ見れば危なげない勝利に見えるが、手加減できるほどの余裕は無かった記憶がある。
こちらに顔を向けて、いたずらをした少女のようにクスリと笑ってくる。
「ですから、お姉様を信仰する派閥が出来上がるのは時間の問題でした」
「あんま嬉しくない……」
「あら? そうですか?」
「ゼン様とかフィオとか、そっちに行くべきでしょ……麗しいか、可愛らしいの二つがそれぞれあるんだから」
「オリヴィアさんは凜々しい、という声はよく上がりますわ」
「っぐ」
意識してそう見せている以上、上手くいっていると喜ぶべきなんだろうけれど複雑な心境だ……。
しかし、女性からの羨望……。悪い気はしないが、出来るなら男子学生からも貰いたいんだけど……。
頭を振って余計な雑念を飛ばすと問いかける。
「それで、アタシを知っている人達で集まって今まではわいわいやってるだけだったけど、昨今何かが変わったと……そして変えた人物は――――」
「「――――ライリー=ローレン」」
そこで声が被る。
蘇るのは、綺麗な金髪っ娘。竜巻のように突発的に現れて、クラス内で暴れ回った元気満々な姿。
今回のお茶会でもアタシの隣に座り、一番積極的に話し掛けてきた子だ。なお二番目は反対側の子である。
神楽に関する話題はアタシが出すもの以外一切出なかったので、神楽のイベントに混ざって何かが起こる、という事は無さそうだ。
「確かに、熱意が凄い子ではあったね」
「はい。私達の集まりにも途中から参加していましたわ、彼女。でも、しばらくしたら様子が変わりましたの」
「様子?」
クラウゼがゆっくりと歩きながら喋る。
「何時の間にか、彼女は彼女で、オリヴィアさんを崇める派閥を作っておりましたの」
「いつの間に」
「本当にそう思いますわ。私達の派閥からも離党者や二股をしている子が出ていますもの。まぁ、オリヴィアさんの話で盛り上がるだけですので、別に厳しいルールとかありませんから、それ自体は良いのです」
ピタ、と止まると少し深刻そうにこちらに向き直った。
「心配なのは、彼女達のあり方や考え方です」
「考え方……」
思想の違いで二つの派閥が出来たってわけか。
思わず腕を組んで唸る。
一人の人物に対して、異なる思想を持つ二つの派閥ってのは厄介毎の匂いしかしない。
こういうのは主人公達や攻略対象であるヒーロー達が担うべきで、アタシのような凡人に起こるべきものじゃないと思う。
「今、ライリー=ローレンの元に集まっている方々は、明確にライリー=ローレンを筆頭にし、より熱狂的なファンが集まっている現状ですわ……ようは、神楽ルカと決闘をした、月影キンコさんのような子達が私達の派閥より多く集まっていると思っていたければ」
そういって一息を吐く。クラウゼも軽く、備え付けの椅子にもたれかかった。
「無論、今日見て頂いた通り、全員がそうではなく、また月影さんのように激発するタイプの方達ではないようですが。向こうへと離脱した方々は、主にそういう、オリヴィアさんへの強い崇拝を持っている方ですわ。ですので、私達はオリヴィアさんに干渉しないという指針で動いていたのですが、彼女達の派閥はそうではないのでしょう。今後も彼女達からのお誘いは起こります。これは確定事項ですね」
「それは厄介な……」
激発しないって事は、何かしらのイベントがあれば――――激発する理由があれば派手に行くということになるじゃあない、とは声に出さずに思う。
思わず天を仰いだ。
とりあえず、今後も接触が増えるというのはよくわかった。
神楽のイベント云々言っている場合じゃ無いのかも知れない。
コレの所為で、本来なら参加出来る原作イベントを見逃す羽目になったら目も当てられない。攻略出来るルートはただ一つ、選択肢のやり直しも出来ない。ゲーム世界であるこの世界に、しかしセーブ&ロードは無いのだ。ゼン様ルート上、見る事が出来るシーンはなんとしても見逃さずに進めたい。
崇拝云々はもう考えない。アタシは遠くからさりげなく見守りたいタイプなので、積極的に崇拝対処に関わりに行くようなタイプではないのだ。後方彼氏面までは行ってない思う。
お姉様が嫌そうな顔をするのはわかります、と小さく言われる。
「お姉様っていわんといて……それはそうと、クラウゼが今日参加していたのはなんで? 派閥が違うんでしょ?」
「私達が厳しいルールを設けてないように、彼女達も厳しいルールは設けていません。今回のお茶会の件でオリヴィアさんが参加されるというのは突発的に決まったようで、それを直前で聞いた私が滑り込ませて貰った、という感じです。元々交流のあった方々が多いので、参加させて頂くのは容易でした。これも、相手の活動の実態をより知るため、心を無にして参加させて頂いたんですよ、ええ。心苦しいと思いながら……」
「それにしては、貴女もいっぱい質問してきたわね?」
「そうでしょうか?」
「ええ。私との位置は遠かったけれど、元気よく質問が飛んできた気がするわ」
よそ行きの声にして、再び、じとじとっとした視線を向けると今度はバツが悪そうに顔を背けた。
「……思ったより、お姉様の話題で盛り上がるのが面白くて……」
「……」
照れ照れと、それでいてえへへと笑うクラウゼ。
可愛い。が、ミイラ取りがミイラになっているように思えるんだけど、気のせいだろうか?
アタシは、さっきより大きく天を仰いだ。
出来れば、天を仰ぎすぎて首が折れる前に、自身の手綱をしっかりと握っていて欲しい、そう思わずにはいられなかった。
次の更新は来週の土曜です!
切った張ったはまだか(




