第113話 帰りたい心境
「メルベリさん、今日は楽しんでいってくださいね!」
「是非とも色々なお話を聞かせていただければと思いますわ! 当家自慢のお菓子も持ち込んでおりますの!」
「はい。しかし、色々とお話できる面白い内容があるかどうかは少し……」
疑問が、と答えれば、きゃあという黄色い悲鳴が小さくあがるが、そこは嬉しそうに悲鳴を上げるタイミングなんだろうかと訝しむ。
面々がひな鳥のように囀り、くすくすと小さく笑顔をこぼして楽しむ空間。
慣れない空気に思わず天を見上げればシャンデリアが煌々と輝き、目を細める。
慣れぬ明るさから背けるように周りを見ればお嬢様ばかり。それも、視線を合わせれば熱さを感じる眼差しで見つめてくる。
両隣の女の子から感じる圧も凄い。
特に、アタシをここに誘った女の子……隣にいるライリー=ローレンの眼差しの強さは他よりもギラついている気がする。
同じクラスの子もいれば、他クラスの子もいる。
ただし、比率的には見知らぬ顔……自分のクラス以外の女子生徒が間違いなく多い。
見かけたことがある気がする子たちは、寮生だろうか。廊下ですれ違って時折話す子も見受けられる。
他クラス程度で済めばいいのだけれど、それどころか、間違いなく上級生だろう女性もいる。
……その中に、元ゲーでは主人公を虐めていたはずのヘンリエッタ=クラウゼがいた。
アタシの意図しない介入で虐めは本格的に起こることなく、何故かアタシに懐いてしまった子だ。
主張の激しいツインテドリルが特徴的な子だが、今は壁際の花に徹しているかのような存在感の無さだ。
休み明けてからは初めて見たな、と視線を投げかければ、笑みと共に軽く会釈をされた。
なんでこんなことになったの、とは聞いておきたいが……今は周囲に人が多すぎる。
長いテーブルが2つ分繋がって、参加している人たちの多さではこの部屋一番の規模だろう。10名は超えているようだ。
ここは学園内にある共通の多目的ルームの一つ。
部屋の豪華さからダンスホールになるときもあるという。
元々は貴族系の学生……貴族たるもの、貴族らしい振る舞いと付き合いを称賛するファクトメンバーの面々によって作られた場所らしいが、早々に使われなくなったらしい。
そもそもお茶会専用のルームがあるので、そっち側に人が流れてしまったのだろう。
別に肥やしや物置小屋になっても構わなかったそうだが、普段は学生たちの強い要望から、こうしてお茶会用ルームとして常設されている。
学園内をうろちょろしていた時には知ってはいたが、こうして中に入って女子生徒達に囲まれるとは思ってもいなかった。
テーブルとワゴンなどは最初から配置されている。流石に飲み物や食べ物は無いが、これは他の学生たちが従者によって持ち込み、配膳を行ってくれている。
更に遠くへと目を向ければ、私達の他にも優雅にお茶会を楽しむ集団がいるのだが、ちらちらとこちらを見てくるのは何なのだろうか。やはり他より一段と騒がしいのだろうか。
普段の様子なんて知らない以上、ちょっとそわそわする。
神楽もここに居るかと思って周囲を見たが姿形は見えやしない。
原作ではゼン様がピアノを弾いていたシーンがあり、ここにもグランドピアノが置いてあるのでもしかしたらと思ったのだけれど。
これなら外に飛び出た方がよっぽど良いと思いながら、窓を見やる。
壁際の白いカーテンが、暮れていく外の景色を優しく遮っていた。
どうしてこうなった、とは口に出さないが、現実逃避のように少しばかり記憶を振り返った。
少しだけ時を遡る。
不安がっていた神楽を宥めながら迎えた放課後。
授業中はしっかりと集中するようになっていて、模擬戦の授業でも気が抜けた様子はなさそう、と片手間に学生達に指導しながら見ていた。
放課後になった時点ではすっかり覚悟完了していて、できる範囲のことをしっかりとこなしていきます、とふんすと気合いを入れていた。真っ直ぐと前を見つめて逃げ出さないところは流石は主人公、と感心した。
……揺るぎない決意を持って挑む様は戦いに行くようだが、行く先はお茶会というのがアレだが。
もっとも、作中では性根の悪いお嬢様たちが集まってゼン様と関わりの深い彼女に妬みをぶつけるので、戦いなのだけれど……現時点ではなにか揉め事が起きそうな気配はない。
なんというか、誘ってくれた子の反応が素直に嬉しそうなのだ。
今も、教室の外からこちらを覗き込んでいた子が真っ直ぐに神楽を見つめて小さく手を振っている。
「じゃあ、私は楽しんできますね」
神楽も今はすでに楽しそうな表情になっている。歩いてくる女子生徒に、くすりと笑いながら小さく手を振り返す余裕すらあるようだった。
ここぞという時には本当に強い娘だと思う。
「ええ。どうせなら楽しんだほうがいいもの。ゼン様もそう構えることは無いと仰っていたし。晩御飯も食べてくるのかしら?」
「どうなんでしょう……?」
お茶会でお腹いっぱいになったりするんだろうかと思いつつ、神楽を見送る。女の子に引っ張られるように出ていった。
アタシはクスッと笑ってしまったが、近くで同様に笑った子達が居たようだった。
「メリっちはいかないの?」
「私は誘われてませんから」
声をかけてきた方へと顔を向ければ、出ていく神楽を面白そうに眺めるクラリッサとマリアンネ、そしてこちらにやほーと手をのんきに手を振る長月がいた。
いつものメンバーである。
帰り支度をしているようだが、彼女たちは寄り道の常連だったはずだ。
もしどこか行くなら、混ぜてもらっても楽しいかもしれない。
神楽が出ていった扉からこちらへと視線を向けたタイミングを見て、クラリッサへと話題を振る。
「今日はもう、皆様おかえりですか?」
「はい。ちょっとお休み期間中に遊び過ぎちゃいまして……」
少しだけ照れくさそうにいった言葉。そうなると遊びについていくということは出来なさそう。
この世界ではゲームのような娯楽は無いため、人と人で遊ぶのが一番の娯楽と言っても良い。よって、帰り道に寮へと寄らずにカフェでも良いから屯するのがとても楽しいんだけど。
「メルベリさんはどこかに寄ったりとかは……?」
「今日は特には。神楽も誘われてしまいましたから、すぐに寮に帰っても暇なだけですね」
「そのままクエストにいくんじゃないのー?」
「流石に私もそこまでクエストが好きというわけではないので……」
図書室、というのもまぁありかなとは思う。しかし、今読んでいる本があるが、続きがまだ返って来ていない。
ふーむとお上品に見えるよう腕を組んで考える。
「……でした「でしたら! お話がございますの!」……え?」
誰かがアタシに声を掛けた……と思ったら、私達以外の第三者からの声が飛び出してきた。
全員が目を丸くして声の主に視線を向けていれば、そこには見知らぬ人物がいた。
相手を見れば、高飛車そうなセミロングの金髪っ娘……?
少なくとも、アタシは知らない。これは作中のキャラという意味でも、現実に知り合っているかという意味でも。
知っている? という視線を三人娘に向けてみても、全員が頭を振った。
改めて相手に顔を向ける。視線が交わった以上、どう見ても相手の用はアタシにある。
「どなたかしら?」
「失礼致しました。わたくし、ライリー=ローレンと申しますの」
この世界では、名前の規則性である程度生まれの国を推測可能だ。
この響きだと……。
「ライリー=ローレンさん……シペ帝国の方かしら」
「えぇ。生まれも育ちもシペ帝国でしたわ。今は留学させて頂いておりますの」
「はあ」
そういって完璧な淑女の礼をすると、場の空気が一気に引き締まる。
なんというか、下々の奴らは会話に入ってくるな、的な雰囲気だ。本人が特別意識しているというようには見えないので、無意識なのだろう。
とはいっても、この学園にいるのは基本的に上流階級の子供達だ。
クラリッサ達は空気に飲まれている、ということはなかった。
むしろアタシがおおうと内心引いていた。
「メルベリ様のご武功はかねがね聞いております。是非ともお近づきになりたいと思っておりました。ご友人のご歓談中に割り込んでしまって申し訳ありませんわ」
「いえ、私は特に気にしていませんが……」
ちらりと隣の彼女達へと視線を向ける。
「私達も気にしてはいませんので、お気になさらず」
「そう。ありがとうございますわ」
クラリッサが三人娘を代表して答える。
しかし、シペ帝国でライリー=ローレン……原作では登場しなかったキャラだ。
アタシ自身が本筋とは異なるのでまぁ普通にありえる話だ。
むしろ、神楽に絡まなかったので原作通り、という見方ができなくも無い。
「私に用事でしょうか」
「ええ。もしご失礼でなければ、噂に名高いオリヴィア・メルベリ様と是非ともお茶会をご一緒したいと思っておりまして。本日、ご用事が無いとのことを小耳に挟んだのでこれは行かねばならないと思いまして。おほほ」
廊下の外から様子を伺っていたのだろう。
ということは、用事がアタシに本当にあったとしても、この子とのエンカウントは避けられなかった。
しかし、まぁ……。
「お茶会、ですか……」
「お嫌いですか?」
「いえ。ちょうどよく、友人も誘われておりましたので」
「そうでしたの? では、今日メルベリ様が空いていたのは幸運でしたわ」
他のお茶会に参加されていたら、こちらからお声掛けが出来ませんでした、と優雅に笑う。
一つ一つの仕草が優雅な子だ。
……開拓者であるアランとジェラルとは対極に位置するなぁとぼんやりと思う。彼らはアタシ達よりよっぽど必死に生きているため、上下があるという話ではなく、ただの礼儀の話である。
おほほなお嬢様にご返事は? と尋ねられれば、こう答えるしかないだろう。
「突発的なことでしょうし、ご迷惑でなければ……ありがたくご参加させていただきます」
……神楽にああも言った手前、ここで引くわけには断じていかない。
ため息は飲み込み、笑顔で告げる。
「ありがとうございますわ! ご迷惑だなんてそんなことありませんの! それでは、このあと、準備が出来次第改めてお呼び致しますので、今しばらくお待ち下さいませ!」
そう言って、突風のように現れた少女は、突風を撒き散らしたあとは余韻だけを残して教室から消え去った。
おほほ、という笑い越えがドップラー効果を伴って消えていくかのようだった。
残るのは微妙な余韻である。
なんとなくクラス中から注目もされている気がする。
「……ところでさっき。誰か何か、言おうとしてなかったかしら?」
そう聞くと、長月とマリアンネは無言でクラリッサを見つめる。
ただ、そのクラリッサは慌てたように首を横に振るだけだったが。
そうして、冒頭に戻るのであった。
次の更新は土曜です!




