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第105話 記憶に無い始まり

「あの、神楽さん、よろしいでしょうか?」

「はい?」


 徐々に長期休日の感覚がなくなり始める週終わり。

 授業合間の休み時間中。

 次の休日にクエストにいってみるかなぁと考えつつ、ふと耳に入ってきたのは何となく聞き覚えのあるフレーズ。

 よくある会話の始まりだけれど……気になって、授業の準備から注意を逸らす。


 声の主達へと視線を移せば、一人の女子生徒が神楽へと話し掛けていた。綺麗なハーフアップで新緑カラーの髪型を持つ友人がいた記憶は無い。

 クラリッサ達とも接点は無かった……と思う。彼女たちはバリバリ動く系なアクティブ女子達だが、声を掛けてきている子はそんな風に見えない。そもそも、あんな子、クラスに居たっけ?


「もしよろしければなんですけど……私達のお茶会に参加して頂けませんか? 決闘の時に見せた凜々しいお姿や最近の魔法授業で目覚ましいご活躍を是非お聞きしたくて……」


 窓際の令嬢ともいえる女子生徒が続けてそういったことで、脳内でポン、と手を打つ。

 これ、イベントのトリガーだったね。

 つまりゲームで実際にあったイベントに出会ったという事だ!

 次の授業の準備を全て止めて、全力で二人に注意を向けた。


 声を掛けてきた女子生徒は、ゲーム中では目元を暗くして顔がわからない感じのモブキャラだったが、現実となったこの世界ではそんな特殊エフェクトが発生する事も無く、ばっちり見える。

 目鼻は整っていて、髪も流れる様に綺麗だ。

 が、可愛さでいえば神楽の方が勝っている。伊達に乙女ゲーの主人公ではない。モブキャラには無い、輝かしさという物を持っている。それに見た目もそうだけれど声の可愛さだって、すずらんが儚げになるような声から覚悟を決めた声まで芯が通っている感があるのだ。

 声優さん凄いってかつては思っていたが、今となっては神楽凄いである。 


 ……それにしては、なんか誘い文句が記憶と違うような。

 女子生徒も何か思い出すように、あの決闘の時のお姿は目に焼き付いて離れませんとか言っているし、細部は覚えていないけれど、凛々しいなんて台詞は出ていなかったと思う。主人公に凛々しいなんていうような状況はゲームでは無かったし。

 でもまぁ途中経過が違うのだし、こうもなるのかな。


 ただ、誘われた神楽は少し引き気味だ。

 

「お誘いは大変嬉しいんですが、私は作法とかそういうのは知らなくて……」


 元々、この世界でいえば都市部から離れた田舎で暮らしていた異常、神楽にはお嬢様方がするようなお茶会の常識は無い。

 お嬢様やお坊ちゃんが多い光栄宮学園なら、たとえ裕福な家庭とそうではない家庭でも、本来は寮生活している相方から色々と学べそうな気はする。振る舞いとか、言葉遣いとか。

 作中なら寮で独りだった神楽は、そういう学べる機会を失っていることもあり、色々とお嬢様たちに追及されてしまったりするイベントだ。

 

 そんな神楽の遠慮するような態度を見て、女子生徒が慌てたように言う。

 何だか記憶にあるイベントより必死な様子だ。

 

「いえいえ! 全然構いません。私たちもそこまで振る舞いに気を付けているようなお茶会ではありませんから! 参加して頂けるなら是非とも!」

「そ、それなら……まぁ……」


 参加してもいいかも、と神楽が言い終わるより先に、被せる様に本当ですか!? と喜ぶような声を上げる。

 

 ……んん? と首を傾ける。

 本当にこんな感じで始まるイベントだったっけ。

 

 何というか、やっぱりなんか違う気がするのだ。

 始まりは同じはずなんだけど、女子生徒のテンションがどうしても記憶と違う。

 あの時は結構、お嬢様感な女子生徒がおっとりした口調のまま、神楽を誘い出すかのように、策略を仕掛ける様に話していたと思うのだけれど……。


 女子生徒は、では、また後日改めて招待状をお送りします! と神楽の手を握りしめていうと、ピューンと音が出そうな勢いで教室から飛び出していった。

 

 やっぱりうちのクラスメイトじゃなかったのか。

 飛び出していく様子を呆然と眺める神楽に、クラリッサが大丈夫? と声を掛けていた。

 あぁ、うん、と返答しつつ、心あらずな神楽と視線があった。

 その視線には、『何が起きたの?』という問いが含まれていたけれど、それを知りたいのはアタシである。


 軽くため息を吐きながら呟く。

 

「……また変な風にイベントが始まらないで欲しいなぁ」


 時間軸だけはおおむね原作通りで、イベントも起きるのに、その細部が異なるというのがもしかしてこの世界の常識的な流れになるんだろうか。

 いや、決闘はそもそも、アタシが苛めイベントを知らずに回避させてしまったからなので違うか。

 一応お茶会事件は起きそうだし、気を引き締めないと。


 授業を知らせるチャイムが魔道具から響き渡るのを耳にして、アタシは思考を中断して慌てて授業の準備を行うのだった。


 

 この時はまだ、このお茶会事件が神楽だけのイベントとして終わるのだと能天気に思っていた。


 

 

次の更新は次の土曜ですー。

そして感想ありがとうございます、すっごいびっくりしました!


追記:突発的に外出中なので、次の更新は月曜です。

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