第106話 神楽の様子とお土産と
授業を終え、自室に戻る。
普段は神楽と一緒に帰ることが多いが、今日は一人だった。
というのも、休み時間に見かけた人たちと顔見世程度のお茶会をするとお昼ご飯時に聞いたからだ。
イベントの内容を知っているアタシからするとやや気後れするイベント……と思ったが、よくよく考えればそもそもイベントだと知らなくても気後れしそう。
前世でお茶会なんて仰々しいものとは基本縁がなかった。
そんなことが起きるときは通常、会社内で上司達による社内統制のための話し合いだとか、誰かの陰口とか碌なものではなかったし。
友人との語らいも、そういえば死ぬ数年前からしていなかった気もする。
ノリとしては放課後にその辺の店に入って適当に食べ歩きする、ぐらいのほうが気楽で好き。
なのだが、クラリッサ達は面白そう、と顔を綻ばしていた。
彼女たちは光栄宮学園の中ではアクティブな性格に分類されるが、この手の感覚はアタシとは違いそうだ。
神楽は戸惑っていた。
つらつらと考え事をしながら、なんとなく鞘ごと剣を持つ。
留め具がついていることを確認し、それをゆっくりと素振りを行う。
鍛錬というわけではなく、神楽が来るまでの時間つぶしだ。
ここで仮想敵を設定しようものなら汗だくになってしまう。
暇つぶしをしてからしばらくすると、聞き慣れた足音と、ドアをひねる音。
剣をピタリと止め、振り返れば同室に住んでいる神楽ルカの姿が予想通りあった。
「おかえり」
「ただいまです、オリヴィアさん」
お茶会はどうだったのだろうか。
今日は顔見せ程度らしいけれど、チクチクとした辛い事を言われたりしてないだろうか。
そっと、顔色を見てみれば、実に悲しげであった……という事はなく、むしろ楽しげである。
手には行くときには無かった袋がぶら下がっていて、何だか良い匂いもする。
「鍛錬中ですか?」
「んー、そういう感じじゃなくて暇つぶしかなぁ。もう終わるからいいよ」
「続けて頂いても構いませんよ?」
「神楽が来るまで手持ち無沙汰って感じで振るってただけだからね。……何か貰ってきたの?」
「お土産頂いちゃいました」
室内で剣を振るっていても鍛錬中ですか? と笑顔で流してくれる優しい子。アタシがそれに寄りかかりすぎると、常識がどっかにいってしまいそうだ。注意しないと……。
そんな子に初日から何かが起こった、ということは無いようだ。
笑顔で袋を振る様子を見ればわかる。良かったと静かに胸を撫で下ろした。
アタシは剣を片付け、神楽はお茶の用意をするために一度部屋から出て行った。寮にある、お湯を出してくれる魔道具が設置された給湯室へ向かうためだ。
魔法瓶――字の通りに学生寮で貸し出されている魔道具の瓶である――とともに戻ってくれば、神楽は着替えもそこそこにソファへと座った。
「お茶会はどうだった?」
「はい! 皆さんとても優しくて、今日は顔合わせだけをしたんですけど、もっとお話したいなって思いました! 普段、あまりお話をしないような……その、富裕層的な方々だったんですけど、立ち居振る舞いがオリヴィアさんとは違う意味で綺麗でしたね……!」
神楽が夢見る少女的な表情で宙を見る。
両手を握りしめているあたり、想像以上だったようだ。
その後も神楽の話を聞く限り、家柄自慢や当てこすりのような応酬は無く、神楽が色々と聞かれる状態で、簡単な顔合わせだったものの、終わるのが惜しまれるほどだったという。
……やっぱり、知ってるイベント通りにはいかなさそう。
内心軽くため息を吐く。
イベント自体は発生しているのだから、流れというのがあるのは間違いないだろうし、起きうる結果……つまり、魔物討伐実習で、彼女達とグループを組み、魔獣に襲われる……ということ自体は起きるのだろう。
剣はすでに置いていて、今や持っているのはコップだ。
温かいお茶をずずっと飲みながら話を聞いていた。
ソファの対面には神楽が座っていて、身振り手振りで様子を教えてくれる。
それを見るだけで優しい気持ちになれる。
「楽しそうで良かったね」
「はい。興味深かったのは、皆さんよく決闘の話を聞きたがったんですよね。怖くなかったかしら? とか、あの時よく魔法を放てましたね、とか。何時も授業でやってる方が、安全と分かってても怖いと思うんですけど……」
首を傾ける神楽に、自分も合わせて首を傾ける。
そして神楽はぽりぽりとクッキーを食べていた。
お茶会の人達からお菓子をお土産として貰ったものだ。
お店の名前も入っていないながらも、かなり丁寧な包装がされた手箱は開ける前から良い匂いがしていて気になってしょうがなかった。
箱を開けたとき、思わず神楽と一緒に歓声を上げてしまったぐらいだ。
アタシも食べさせて貰った――神楽は一緒に食べようと行ってきたけれど、明らかに神楽向けだからそんなに貰わないことにした――が、これは学生が作るレベルのクッキーじゃない気がする……。
自宅お抱えの料理人とか菓子職人とかが作ってるのかもしれない、と神楽に伝えればクッキーを食べた引きつったような顔になる。
「お抱えの料理人……ですか。うわぁ……本当に想像出来ない……」
研究者の両親を持って、田舎でのんびりと過ごしていた神楽にとっては想像にしがたいだろう。
「みなさんがゼンさんのお家みたいなことなんでしょうか……?」
「いや、あれはこの国でも有数だから流石に無いよ」
「ですよね」
どこもかしくもお抱えの料理人どころか、研究所なんて持っているわけがない。あそこは規模がおかしいから比較対象にしてはいけない。
「光栄宮学園は基本、エリートでお金持ちの来るところだからねぇ。いやでも、本当にこのクッキーは美味しい……」
「カフェも常用するには高いですけど、皆さん普通に食べてますからね」
格差にしみじみとしながらも、クッキーを食べる手は止めない。
「話をもどすけど、お嬢様達って対人授業でそういえば相手したことないかも」
「はは……オリヴィアさんは何時も、かなり向上心溢れる人達に囲まれてますからね……」
「怖がられてそうだよね……普段もあんまり気軽に話し掛けてくれないし……」
「オリヴィアさんは怖そうというより……」
「というより?」
少しだけ神楽が考え込む。
むむむ、と眉をゆがめる姿は可愛らしいけれど、何、アタシやっぱり怖がられてる?
男子学生を跳ね飛ばしたり切り飛ばしたりしてるのは外聞が良くない? いやでも、男子学生だけじゃなくてちゃんと男女平等で吹っ飛ばしてるんだけれど……。
「……何でも無いです! 別に怖がられては無いですから、安心してください!」
「それは良かった。もっと長月並みに気楽に……とはいわないけれど、普通に話し掛けてくれたらいいのに」
クラリッサ達みたいに気楽に話して欲しいものだ。
といっても、クラリッサは微妙に緊張した感じで話し掛けてくるので、そうなるとサバサバとしたマリアンネぐらいか。
「……人気になったらそれはそれで困ります」
「今なんて?」
「何でも無いです」
そんな事を思っていると、神楽がぼそりといったけれど、だいぶ小さい声だったので聞こえなかった。
「明日はお休みですけど、どうされますか?」
「アタシは街いってクエストでも探しに行くよ。学校が始まったけど、出来そうなら休日もやって稼がなきゃ。今は前回の収入で余裕があるといっても、カフェの高いメニューばかり食べてたら、そのうち手が出せなくなるからね」
そういうと、神楽は、あそこは美味しい物ばかりですから、私もいっぱい食べたいものです、と神妙な顔で告げつつ、クッキーをしんみりと食べていた。
……今度、神楽と一緒に、三層パンケーキを半分こして食べよう。
次の更新は明後日の水曜日ですー。




