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マルク・ステードの人生【前編】

マルク・ステードはまだ乳飲み子の時に王都にほど近い教会の門前に捨てられた。ボロボロのおくるみに包まれて。それは温かい日差しが差し込む春の日であった。


教会に併設されていた孤児院でマルクは貧しいながらも懸命に生きていた。ただ、あまり目立つような子ではなかった。みんなで遊んでいても、存在を忘れられシスターでさえ時々いることを忘れてしまうそんな存在の薄い子。


それでもマルクは特に気にすることもせず、ただただ生きることに重きを置いた。僅かでも食べることができ、ある程度身綺麗にし、屋根のあるベッドで眠れる。マルクはそれだけでいいと思っていた。


そんなマルクに転機が訪れる。なんとか資金繰りが難しくなり閉院することとなったからだ。孤児たちはシスターの伝手で他の孤児院へ行くこととなったが、マルクは何を思ったのか孤児院を抜け出したのだ。


食べ物が少なくても、身綺麗にできなくても、屋根の下で眠れなくても、本当は外の世界が気になっていた。自分はこれで十分だと言い聞かせて生きるのは、マルクにはやっぱり窮屈だった。


荷馬車に紛れ込み、食料を盗み食いし、馬小屋で隠れるように眠る。そうして幼いマルクはなんとか王都まで来ることが出来た。ヘマをして顔に大きな火傷を負ってしまったが生きたまま辿りつけた。王都は賑やかで毎日がお祭りのようだった。全てが輝いていてマルクは浮き足だった。


生きるためには仕事をしなければいけない。片っ端からさまざまな店の門を叩いた。パン屋に肉屋に八百屋、魚屋、荷馬車の下働き。いたるところの店を訪ね歩いたがどこの店も門前払いだった。それもそのはずである。孤児で小汚いマルクを快く雇ってくれる店なんてどこにもない。少し考えれば分かることだ。マルクは彷徨い流れて最後には王都の北側に辿り着いた。貧困街であった。


マルクは生きるために食べ物を盗み、なんとか命を繋いでいた。幸いと言っても良いのか、マルクは頭の回転が速く身軽だったために一度も捕まることはなかった。パンもりんごも、屋台で売っているキラキラした飴細工だってマルクには簡単に盗み出せた。


そんな生活を送っていたある日、お優しい公爵夫人が孤児たちに用事を言いつけ、必要な物を与えているらしいという話が聞こえてきた。お金がほとんどだか、食べ物や薬を与えられることもあるらしい。マルクはこれは良いカモだと思い、孤児の一人として紛れ込み、手八丁口八丁で最初に提示された金額より少し多めにお金をもらった。さすがに公爵家の調度品を盗み出せはしなかったが簡単なお使いでお金が手に入る。こんな楽な仕事はなかった。


しかし、何回かお使いをしてもお優しい公爵夫人を見ることはなかった。会ったことのある孤児はまるでお姫様のようだと言っていたが孤児から見たら貴族は誰だってお姫様である。内心、鼻で笑っていた。しかしある日、公爵夫人と会うことが出来た。お姫様、馬鹿が。あれはお姫様じゃない、女神だ。白く美しい肌にほんのりと色づいた花のような頬、薄桃色の唇。ひとたび公爵夫人が微笑めば、みなうっとりとしてしまう。それに、運命だと思った。マルクと同じ亜麻色の髪と湖畔のような澄んだ水色の瞳。こんな特徴が一緒の人間はなかなかいない。もしかしたら自分は公爵夫人と姉弟かもしれないとも思ったが、貴族が王都の近くとはいえあんな貧しい孤児院に自分を捨てるわけはない。不要なら殺すだろう。だから、これは運命だ。


そう思ったマルクは公爵家にたびたび足を運ぶようになった。公爵夫人、いやオリビアにも認知してもらった。


「わたくしと同じ亜麻色の髪と湖畔のような澄んだ水色の瞳ね。」


まるで小鳥のような可愛らしい声で、マルクを褒めてくれた。


「ありがとう、頑張ってくれたのね。」 


そう言って汚い手を握ってくれた。


マルクは今まで生きているなかで一番嬉しかった。幸せだった。世の中はこんなに素晴らしいものだったのか、そう初めて思った。


だから、マルクから公爵夫人を引き離そうとする使用人たちが目障りで仕方がなかった。あまりに目についたのか、下働きの男たちに蹂躙されそうになったが返り討ちにしてやった。でも、こうも邪魔されちゃ公爵夫人との時間が穢される。


だから、夜中にこっそりと公爵夫人の部屋に忍び込み話をした。最初は緊張からか小さく震えていたが、慣れていったのか微笑みながら相手をしてくれるようになった。だから毎晩、公爵夫人の部屋に行った。毎晩、楽しくお喋りをした。


でも、日に日に公爵夫人は弱っていく。目も虚でマルクとも目を合わせようともしない。


「もう来ないでください。」


頭をがつんと殴られたようだった。公爵夫人が拒絶したから。あのお優しい公爵夫人が自分を拒むわけはない。きっと、公爵や使用人たちがあることないこと吹き込んで自分を追いやろうとしている。


どうしたら誰にも邪魔されずに公爵夫人と一緒に居られるだろうか、どうしたらずっとずっと一緒に。悩んで悩んで悩み抜いた時、自分が火傷を負った時のことを思い出した。


とある村の馬小屋に忍び込み寝ていたところ、火事だという声に飛び起きた。近くで火事があったらしい。幸いまだ火の回りが遅くさっと中に入り、さっと出れば銀貨の一枚や二枚は盗めるだろう。そう算段して裏口から忍び込み、失敗して顔に火傷を負った。痛々しい火傷に飛び火したのかと心配した村の医師が手当をしてくれた。そこで聞いたのだ、あの火事は心中だと。


豪農の息子と農奴の娘は愛し合っていた。だが、身分差のために豪農は結婚を認めず、さらに金で雇ったゴロツキに娘を襲わせた。ボロボロにされた娘は泣きながら息子に謝ったという。


「愛してしまってごめんなさい。」


自分が傷ついてもなお、息子を責めるどころか謝り続ける娘を強く抱きしめてこう言った。


「今世で結ばれないのなら、来世で結ばれよう。」


息子と娘はそう各々の両親に手紙を残して燃え盛る炎に焼かれて死んだ。


これだ、今世で結ばれないのなら来世で結ばれればいい。マルクはそう考え、急いで準備に取り掛かった。よく燃える燃料を用意し、拙い字で手紙を書いた。


『今世で結ばれないのなら、来世で結ばればよう。』


寝床にその手紙を置いて、マルクは飛び出した。公爵夫人が待つ部屋へ。心臓が高鳴る。やっと、やっと公爵夫人と結ばれる。いつものように部屋へと忍び込み、部屋に燃料を撒いて火をつけた。轟々と燃え上がる炎を見て、笑いが止まらなかった。


「それでは皆様、さようなら。」












そういうマルク・ステードという人物をオリビアは作り上げた。



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― 新着の感想 ―
って、マルク実在してなかったのー!? そっちの方に驚きました。 てっきり実在するマルクと共謀したとばかり……。 種明かしが楽しみです。
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