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マルク・ステードの人生【中編】

本当のマルク・ステードの人生はこうだ。


マルクは王都の救護院で生まれた。

父親はおらず、母が一人でマルクを産んでくれた。さして珍しいことではない。この広い王都では同じような境遇の女性がごまんといる。不倫で、仕事で、強姦で。理由は様々だが、みな、一人で産んでいる。産んでそのまま貧困街に捨てるか孤児院に置いてくる、それが当たり前の流れだった。


マルクも同じ流れを辿るだろう。それが救護院で働く女たちの見解であった。可哀想だが助けることはできない。この不景気な王都では自分のことで精一杯、人に目を向ける余裕なんてない。産むまで面倒を見てもらったんだからそれで充分だろう。皆が皆、同じ考えでそれ以外の考えはなかった。


しかし、マルクの母は違った。マルクを育てるというのだ。女たちは驚愕し、すぐに止めたほうがいい、孤児院に捨ててきなと言ったが、マルクの母は頑として首を縦には振らなかった。


「絶対にこの子は私が育てます。私の子なのだから。」


母はマルクを抱きしめて離そうとはしなかった。女たちは呆れ、世間知らずな母に女一人で育てることなんて出来るわけないと鼻で笑った。しかし、マルクを腕に抱き慈しむ姿を一日、二日と目にした。三日、四日が経つと母はマルクに話しかけ、五日、六日が過ぎると寝不足だろうがマルクが泣くと一目散に駆けつけた。一週間が過ぎても母の態度は変わらなかった。


一ヶ月経って、ようやく母の態度が変わっていった。マルクがあー、うー、と喃語を発し、にっこりと笑うようになったからだ。母は更にマルクを構い、今まで以上に世話を焼いた。嬉しくて嬉しくて堪らない。そんな顔でマルクを見つめている。


そんな母の姿を見た女たちは次第に考え方を改めていった。


「救護院を出たら行くあてはあるのか。」


「金はあるが家はない?王都で働く?」


「なら、ウチの近所に住みな。」


「子も時々なら面倒を見てやるし、仕事も紹介してやる。」


あれやこれやと世話を焼き始める女たちに母はしばらく呆然としたが、嬉しそうに笑い頷いた。その顔に女たちは更に絆され救護院を出る頃には、母のような姉のような、そんな存在に女たちはなっていた。


それからは慌ただしくも幸せな日々が続いた。母はマルクを背負い仕事をし、救護院の女たちも空いた時間に母を手伝った。マルクのために働く母も、マルク自身も可愛がってくれた。歩けるようになったと思えばすぐに走るようになり、周りはヒヤヒヤしながらもマルクの成長を見守った。


しかし、障害なのかマルクの発育は悪かった。同年代の子より体が小さかったのだ。始めはそんなもんだと励まされたが歳を重ねていってもマルクは小さい。母はこのまま育たないのかもしれない。常にその不安は付き纏った。


だが、母が驚き言葉を失うことが起きた。それは母が仕事から帰ってきた時のことだ。マルクは顔を腫らし、鼻血を出していたのだ。母は悲鳴をあげマルクを抱きしめた。が、どこか様子がおかしい。マルクはしげしげと見つめる母に口角を上げた。


「勝った。今日から僕がボスだ。」


何を言っているのか分からず、母はポカンとしていた。だから丁寧に説明してあげた。近所のガキ大将にケンカをふっかけたこと、苦戦はしたが勝ったこと。それによって認められ、近所の子供たちのまとめ役になったこと。


母は開いた口が塞がらなかった。しかし、すぐさまマルクを叱りつけ、子供たちの親に謝りに行ったことは今でもマルクは納得していない。


驚くことにマルクの才能はそれだけではなかった。教えてもいない文字の読み書きや計算が出来るのだ。なぜ出来るのかと尋ねると教会で教えてもらったと。慌てて教会を訪ね、牧師に話を聞くと興奮気味に答えてくれた。


この子は天才だ。ほんの少し文字や計算を何気なしに教えたら次の日には簡単な児童書を読み、また次の日には三桁の計算を披露した。今では教会に来ては所蔵されている本を読み、出入りの商人に頼まれた計算をして小銭を稼いでいるという。


母はマルクが内緒で小銭を稼いだことを叱ったが感謝もした。母に楽をさせたい、その一心で自分ができることでお金を稼いだからだ。

そして、ひっそりと神に祈りを捧げた。この子の才能が他人に利用されず、この子の望む通りに生きられますように、と。


マルクと母の幸せがずっと続いていく。時にケンカし、時に大きな口を開けて笑い、すこし貧しい思いもするが肩を寄せ合い、生きていく。


だが、マルクはどん底に落とされることになる。十歳を迎える数ヶ月前に母は亡くなったのだ。何者かに嬲られて。警察署に救護院の女と向かい、物言わぬ母と対面した。あの美しい顔がわからないほど変形していた。女は母の姿に声を上げて泣いていた。マルクは、泣くことも出来なかった。


どうやって家に帰ったのかも母をどう弔ったかも覚えていない。たぶん、警察署に付き添ってくれた救護院の女と近所の大人たちが手配してくれたんだと思う。話し声が聞こえたから。

マルクはただただ母の温もりを求めるように母と過ごした部屋で母の着ていた服を抱きしめた。まだ母の匂いがする。甘い温かな母の匂い。

でも、マルクを抱きしめてくれる腕はない。マルクを叱りつけてくれる声もマルクの頬で遊ぶカサついた手も、あの優しげに見つめてくれる澄んだ水色の瞳も。もうどこにもない。


悲しみに沈んでいると、部屋の外で喧しい声と足音が聞こえてきた。それは部屋の扉を開け、マルクを見下ろしてくる。扉の外には心配そうにこちらを見ている近所の人たち。


上等な服を着て、汚らしいものを見るかのように見下ろす男がこう言った。


「マルクは死んだ。今日からお前はオリビアだ。」


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― 新着の感想 ―
ん? マルク、男の子じゃなかったんですか? 名前からして男の子だと思ったのですが……。 そういえば、マルクの性別に関することを誰も言ってはなかったですね。
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